第28話 かわたれどき

 とりとめもなく記録しておくいくつかのこと。


『プロイセン日報 1991年10月1日版』

 現公のご長男、フリードリヒ公子は九月三十日の記者会見で、「みずからは公位の継承を望まない」旨を発表され――(後略)――


『公室月報 1992年3月号』

 一月二十日に誕生されたフリードリヒ公子のご長男ヴィルヘルムさまのご容態は安定しております。公子はヴィルヘルムさまとおなじ障害をもって生まれたこどもたちのために、治療を研究する国内外の機関に総額一千万マルクの寄付を行いました。

 この寄付は、公子一家の個人名義になっていたクルーザーや宝飾品などを売却した代金でまかなわれます。

 また、国王はあらたに基金を設立し、すべての難病を抱えて生まれるこどもたちのためにその治療費の一部を補助すること、その資金が恒久的に国庫から支出されるような法案がプロイセン議会で審議、制定されることを求める旨を発表しました。


『国際通信 1992年5月12日付発表』

 テパネカ王国で八日、陸軍セベント・アタカウカ将軍によって起こされた政変によって国王夫妻は本日未明、国外に脱出したと推測されます。現在、国王夫妻の行方は不明。アタカウカ将軍は本日正午、声明を発表し、臨時政府の首相に自分が就任することを表明しました。情勢が安定次第、戒厳令を解除し、来年五月を目標に、憲法を制定するための準備議会を招集するとのことです。


『日刊バイエルン新聞 1993年1月25日版』

 日曜に行われた州議会選挙では中道右派の与党第一党は大敗。連立政権を模索することになりました。この敗北は前年九月の国際金融危機に端を発した景気の低迷による失業者の増加が原因のひとつであると分析されています。

 注目点は極右政党国粋党が三議席を獲得。与党第一党のカール・マルセル党首、および中道左派野党各党は国粋党の移民排斥の主張を取り上げ、遺憾の意を表明しました。

 国粋党は1991年に起きたフリードリヒ公子のクルーザー強奪事件に関与していたとして一部の党員が実刑判決を受けており――(後略)――


                 *


 我々は薄明るい場所を歩いている。もう一歩進めば夜が明ける、曙光が射すと信じている。そのむこうに佇む者、あるいは物、もしくは未来の曖昧な姿を見極めるために歩き続けている。

 しかし、ほんとうに夜は明けるのだろうか?

 明けなくともよい。私にとっては光も闇も大差はない。だが、おおくの人間にとってはおおきな違いだろう。

 かわたれどきの時間を、夜明けに向かって歩いているつもりが、たそがれどきの時間を、闇夜に向かって歩いているのかも知れない。

 私のような者にとっては大差ないと分かってはいても、私でもつぎの一歩が良き明日に繋がっていることを、心の何処かで期待している。

 けれども、われわれの歩みは、いつだって曖昧だ。


 まあ、歩みとは言うが、私に歩く足はないがね。

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