さて、生きようか。
落翊
ただ、いつか。
いつだって痛みがほしいと、叫んでいる自分がいる。
それは時折目に見えるもので、自らの作った傷に安堵する。
また或いは目に見えないもので、物語や他人の言葉から得た痛みを自分のものであると錯覚するほどに抱きしめて、安心している。
痛みがほしい。それが一体どういう感情なのか、知っているつもりでいるけど、知らないような気もする。
不甲斐ない自分への罰であって、引きずり続けている過去の自分への許しであって、向き合わなければ行けない現実からの逃避でもあって。
僕は恵まれている。
生活に困ったことはなく、親には愛されていて、十分な学ぶ機会を得ていて、少し普通ではない経験も積めていて。
どれもが、私を豊かに強くするものだと言うのに、今の私には驚くほどに何もない。
それがただただ申し訳なくて、いつだってこんな自分を殺したいと願っている。
愛は、期待は、僕にとっては呪いだった。
ただ、僕はどこにいるのかを知りたくて。あの時、得られなかった答えを今でも探している。
それによって今与えられているもの、向かえる場所、それらを腐らせているのだと自覚していても、手放せない痛みだった。
その傷が僕にとってはあまりにも深くて、ずっと痛くて。でも、ただそれだけで。
平坦な道の真ん中でずっと蹲っている。
与えられているばかりで、そんな物は望んでいないと喚きながらも、それを享受している自分がいることを恥じていた。
きっと、生まれる場所を間違えたのだろうと、僕は思う。
あまりにも不相応に優秀な家族がいる。自分だけが、劣等なのだと。
でもそれだって結局惰性に勝負を仕掛けることを恐れて、自ら選ばないことを、戦わないことを選んで、ほら僕は劣等なんだと、妙な安心感を得ているだけ。
当たり前にそこらかしこで行われている”生きる”という行動は、不思議なぐらい僕にとっては難しくて。
間違っていることだけは分かっているのに、どうすれば正しいのだけが掴めない。
正しいことが分かっているはずなのに、その方向には歩めない。
僕にとっての呪いは、この世界の大多数にとってはそうではないようだった。
愛する家族の、親の、彼らの当たり前になれないことを悔やんでいる。
そんなどうしようもなく変えられないことを悔やむことに、疲れている。
僕はこれからも生きていくのだろう、と考えるのがいつも恐ろしかった。
これからも、生きていく努力をしなければならないことに、途方にくれている。
いっそ、不合格の烙印を押して、こんなゲームからさっさと退場させてしまえばいいのに、と思ったことも一度や二度ではない。
人は生きていくためには、努力をしなければいけない。
そんな当たり前なこと、どうして当たり前だと受け入れられないのか。
でも、そんな歪な自画像を愛している。そうでなければ、きっと生きてはこれなかったから。
だから、どうしても、愛してあげなければいけないのだと、知った。
僕が人間未満から這い上がって生きるためには、それしか道がない。
ただ、これ以上は悔やみたくない。
ずっとどこかで泣いているいつかの僕を許してあげたい。
偏執を持って死ぬことを諦めた自分との約束を守ってあげたい。
ただ、いつか。
生まれてよかったと、そう思えるようになりたい。
そんな祈りと願いを持って、僕は今日も生きている。
出口の見えない渦の中、それでも何者かになりたいのだと。
どうか、明日の僕に少しでも祝福ができますように。
いつか、今を思い出にできますように。
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