圧倒的モブな俺にこんな可愛い彼女が出来るわけがない

風鈴

第1話 モブと主人公

 モブキャラというのは、転じて目立つことはない。


 どの場面でも一貫して保護色である。


 モブというのは目立たないのが仕事だ。存在感をできる限り消し、多数派の意見には迷わず賛同する。


 高校二年生の俺こと佐藤さとうりょうは、いつもの見飽きた風景を視界に収めつつ、自転車を走らせている。


 いつもの部屋、いつもの制服、いつもの玄関、いつもの海、いつもの自転車、いつもの坂、いつもの声、いつもの校門、いつもの教室、いつもの授業、いつもの放課後。


『いつもの』という言葉がゲシュタルト崩壊するほどに、世界は『いつものこと』で溢れている。


 この代わり映えしない毎日には、なんの意味があるのだろう。


 みんな、何のために生きているんだろう。


「ってそりゃあ、哲学だな……」


 俺はそんなどうでもいい悩みに苛まれながら、青息吐息ばかりしていた。


 かといってそんなモブな自分に嫌悪感を抱いているわけではないし、こういう繰り返しの生活も嫌いではない。


 ただ単に、この味気ない生活に慣れを通り越し、飽きがきているだけだ。


 俺はやがて学校へ到着すると、自転車を車庫に置き、鍵をかけ、教室に向かって歩き出す。


「ってかさー、今週のジェンプ見た?」

「見た見た!」

「俺も俺も!特にレモン侍の必殺技、レモンインアイズで相手の動きを封じたところとか凄かったよな!」


 そんな微笑ましい話声が亮の耳に入る。今日もこの街は平和だ。


 お、次はコチラのカップル。肩を抱き寄せながら一緒に登校とは……羨ましい。


「ねぇ百合、今度の日曜デートでも行かない?」

「は?百合って誰?わたし咲ですけど」

「あっ!ち、違うんだ!これは――」

「最低……」

「咲ぃぃいいい!!」


 うん……平和だ……。


 車がすれ違えないような狭い砂利道を歩くこと2分、校舎を取り囲むように出来た舗装された道路に出る。


 今朝は小雨が降り注いでいたためか、ペトリコールと呼ばれる、アスファルトの独特な匂いが鼻に伝わる。


 俺は昇降口にまで辿り着くと、いつもの下駄箱に靴を脱ぎ入れ、スリッパに履き替える。


「あ!おはよう川北さん!」

「おはよう田中くん」


 いつも通り教室に向かおうとしたその道中、まるで光に集まる習性をもった虫のように、男子たちが一人の女子に群がっているのが見えた。


「またか……」


 彼女の名前は川北かわきた莉愛りあ


 成績優秀、スポーツ万能、それに加えて圧倒的な美貌、コミュ力、カリスマ性。


 どれをとっても引けを取らない。


 正しく、この学校のと呼ぶに相応しい人物。


 俺とは真反対な人間だろう。


「うっひょーーーーーーーー!!川北さんに挨拶返されちゃったー!!」


 挨拶を返すだけで人をあんなにも喜ばすことができるなんて、実に効率のいい素晴らしいことだ。


 俺は狭い廊下で群がる大衆を掻い潜るようにして足早に教室に向かう。


 モブがあの大衆に賛同するのは、少し目立つからな。


「あ、、佐藤くん!」

「はい、佐藤ですッ!」


 大衆の中にいた一人の佐藤がそう返事をする。


「あ、ごめん!そっちの佐藤くんじゃなくてくん!」


 ん………?


 その掛け声に、俺は思わず足を止め、今までにない以上に頭をフル回転させる。


 この学校に俺と同姓同名の奴なんていたか?


 すくなくとも同学年にはいなかったはずだ。


 そしてもし上級生ならば『先輩』呼びをするはず……。


 となると一年生の誰かに同姓同名が……?


 いや待て、上級生だからと言って先輩呼びをすると断定するのはよくないか……従兄弟とか、幼馴染には先輩呼びなんてしないだろう。


 佐藤という苗字は全国ナンバー1。続いて鈴木、高橋、意外にもよく知られる『田中』という苗字は全国4位……ってそれは今関係ないな。それに加えて『りょう』という名前もそれほど珍しくない。


 すなわちこの学校に俺と同姓同名がいたって何ら不思議ではない……。


 ・・・・・・・・・っていやいや、何を考えてるんだ俺は。


 答えは単純明快じゃないか……。


 今の今まで川北さんとは何の関係性もなかった俺が、呼び止められるわけがない。


 呼び止められる可能性が万が一にもあるとすれば


『今日佐藤くんが日直だよ』


 とか


『今日の掃除当番私と変わってくれないかな?』


 とかそういう系以外にあり得ない。


 自分の思い上がりに赤面しながら、俺はまた教室に向かって歩き出す。


「うおっ……」


 とその時、誰かに後ろから手首を掴まれる。


 久しぶりに感じたやわらかい感触。それに加えて僅かに柔軟剤とシャンプーの甘い匂いが漂ってくる。


 これはまさか……。


 俺は淡い期待を胸に、後ろを振り向く。


「は、はい。なんの用で――ってお前かよッ!!」


 そこには俺の唯一の友達である林道りんどう圭介けいすけがいた。


「お前無駄にいい匂いのする柔軟剤使ってんじゃねぇよ!ふっざけんな!」


 モブに友達がいないと思ったら大間違いだ。俺にも一応友達はいる。


「え、?あ、うん。なんかごめん亮。それより今日プリプリキュアーズのレミたんのフィギュアが発売されるんだけど、一緒に買いに行かない?」

「い・か・な・い!」


 圭介は成績もそれなりに高く、やさしく、それでいて顔も普通に整っている方だろう。が、いわゆるオタクというやつで、クラスで話の合う相手が俺しかいないそうだ。


 俺もアニメが好きで、かなり見ている方だが、プリプリキュアーズに関しては全く興味がないため、もちろんフィギュアも購入する気はない。


 というか金がない。


 高校生でバイトもしてないだろうに、平気で2,3万円するフィギュアを買える財力はいったいどこから出てくるのだろうか。


 俺はもう一度後ろを振り向き、川北さんを見る。


 川北さんは先ほどと変わらず、大衆の相手をしているようだった。


「俺なわけない……か」


 俺は完全に先ほどまでのことを忘れ、教室に向かって歩き出した。

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