003 兄か、アルジか……
村にある仕立て屋は、ここ一件しかない。
中に入ると、スタイル良いお洒落なお姉さんが、ウェーブのかかった栗色の髪を揺らせて出迎えてくれた。ここの店主、マーリーさんだ。
とても面倒見のいい人で、俺もよく服の修繕を頼んだりしている。
「いらっしゃい。あら、ハルキ、どうしたの? また、服破いちゃった?」
「いや、そうじゃないんだけど。ちょっと妹の服を見繕ってもらおうと思って」
「メイプルです。よろしくお願いします」
遅れて入ってきたメイプルが、俺の横に並んでお辞儀をする。
「ハルキの妹さん? なになに、すっごく可愛いじゃない! こんな子、どこに隠してたのよ!」
隠していたわけではないが、召喚したとも言えない。
曖昧に苦笑してやり過ごす。
「でも残念ね。もっとお洒落な服を着せてあげたいけど、ここにはアレしかないからね。……それにしても、その格好は何なの?」
「まあ、ちょっとね。緊急事態で、俺の服を貸してるんだけど、このままってわけにもいかないから。普段着、作業着、寝間着を一着ずつ頼むよ」
「まあ、そんなに? 分かったわ。変わり映えのしない服だけど、その分しっかりと寸法を測って、すっごく着心地のいいものに仕上げてあげるね」
できれば着替えを含めて二着ずつあればいいが、さすがに財布が心許ない。
「すみません、ハルキお兄さま。少し時間がかかりそうなので、先に他の買い物を済ませてきてもらっても宜しいですか?」
「それはいいけど……。だったら、服の代金を渡しておくよ。もし足りないようなら、俺が戻ったら払うって言っておいてくれ」
「はい、わかりました」
笑顔で手を振るメイプルに見送られ、店を出る。
買い物と言われても、それほど買い込む余裕はない。
せいぜい、いつもの堅パンと調味料ぐらいだ。いや、メイプルの食器もあったほうがいいな。他には……
この調子だと、来年を待たずに破産するかも知れない。……そう思いつつも、買ってあげたくなるのが兄心なのだろう。
「兄心……? いや、違う違う、シモベの世話は、アルジの役目。これぐらいの出費は、当然だろ」
何だかよく分からない葛藤の末に、拳を握り、そう自分に言い聞かせる。
メイプルに対してどう接すればいいのか、未だに分からない。
そもそも、召喚術士としては落ちこぼれで、初めて成功……と言えばいいのか分からないが、召喚できたのがメイプルだ。
アルジとシモベの関係性については学院で学んだが、メイプル相手に躾とか訓練とか言われてもいまいちピンと来ない。それよりも、兄として妹の面倒を見ろと言われたほうが、まだ分かり易い。
兄か、アルジか……
結局、結論の出ないまま仕立て屋に戻ってきてしまった。
なぜか店に入ると、マーリーさんは、いつもに増して上機嫌だった。
「ハルキ、いいところに。ついさっき仕上がったばかりで着替えてもらってるから、ちょっと待っててあげてね」
「わかった。それで、メイプルは気に入ってくれた?」
「ええ、もちろん。それに、私のほうが気に入っちゃった。妹さんって、すっごく賢い子よね。なんだか不器用みたいだけど」
「あー、もしかして何かやらかした?」
「そうね……。そろそろかな?」
マーリーさんは問いかけに答えないまま、試着室の様子を見に行ってしまった。
その時の意味深な笑みが気になるが、何にせよ、別に怒られるようなことをやらかしたわけではなさそうだ。
「はい、ハルキ、お待たせ。メイプルちゃん、出てきていいよ」
こりゃ驚いた。別人かと見紛うほどの変貌っぷりだった。
そりゃまあ、さっきまでサイズの合わない男物の服を無理やり着込んでいたのだから、変わって当然だが……それにしても変わり過ぎだ。
よく見ればありふれた普段着なのだが、素材を変えたのか輝きや質感が違っているし、全体的に直線的だったデザインが微妙なカーブに変わったことで、優しさというのか、随分と印象が変わって見えた。
散りばめられた花飾りや、首から下げた花のレイ、それに花冠もよく似合う。
なんだか、そこだけ別世界のようだった。
「すごい……似合ってる。どこのお嬢様かと思ったよ」
「あ、ありがとうございます。お兄さま♪」
この反応に満足したようで、マーリーさんが種明かしをしてくれた。
どうにかして少しでも似合うようにと頭を悩ませていたところ、メイプルが様々なアドバイスを贈ったらしい。
その中に、服の汚れを落とす方法や、生地を柔らかくする方法などがあり、ならばと端切れで試してみると、同じ素材なのに上質なものと見違えるほど変化した。
サイズを詰める時にも、少しやり方を工夫するだけで無骨さが消え、なんだか雰囲気が柔らかくなった。ついでに、ポケットも目立たないように上手に隠した。
花飾りは、「余った布でこんな物も作れますよ」と、メイプルが提案し、楽しくなったマーリーさんが大量に作ってこうなった。
手本を見せようとメイプルも少し挑戦したが、上手くいかなかった……なんて事も含めて、マーリーさんが楽しそうに話してくれた。
「ハルキ、いい妹さんを持ったね。ちゃんと大事にしてあげてね。はいこれ」
「えっ? これ、ちょっと多くない?」
渡された包みは、どう見ても残りの二着分どころではなかった。
「いろいろ教えてもらったからね。それに、やっぱり着替えも必要でしょ?」
「そりゃまあ……」
もちろん、できれば着替えも買ってあげたいし、すでに仕立て直されているのなら後は受け取るだけなのだが、どうしても値段が気になる。手持ちで足りればいいのだが……
その気持ちが伝わったのか、「支払いは終わってるから、そんなに心配しなくていいわよ」と、終始上機嫌なマーリーさんがウインクしてきた。
どういう事かと戸惑ったものの、すでにメイプルと話がついているのなら、拒否する理由はない。
「そう……なんだ。じゃあ、遠慮なく受け取るよ。それにしても、さすがマーリーさん、仕事が早い」
「まあね。他にお客さんが来なかったからね……。でも、日が暮れる前に終わってよかったよ。もう夕方だから、気を付けて帰るのよ」
「えっ? 夕方?」
驚いて外を見ると、確かに日が傾いてきている。
一人で考え事をしながら買い物をしていた間に、随分と時間が経っていたようだ。そういえば、少しでも安くて良い物を選んだり、どれがメイプルに似合うのかと悩んだりしていた記憶が……ほんの微かにだが、ある。
「マーリーさん。お花飾り、全部ここに置いておきますね」
「あら、あのまま付けて帰ってもよかったのに」
「あれで外を歩いたら、その……すごく目立ちますから。展示する服を、これで綺麗に飾ってあげて下さい」
パンの包みをメイプルに渡し、カバンに入りきらない服の包みを抱え、もう一度マーリーさんにお礼を伝えて店を出る。
それにしても、何をすればこんなことになるのか……
マーリーさんは、メイプルのことを尋常じゃないほど気に入ったようだ。
「ハルキお兄さま。今日はありがとうございました。これ、おつりです」
お釣りがあるとは思わなかったし、どう計算しても、六着分の代金にしては支払った額が少なすぎる。
その上、マーリーさんは店の外にまで見送りに出て、こちらの姿が見えなくなるまで笑顔で手を振り続けていた。
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