謎めいた頼み人
両国広小路というのは江戸随一の盛り場である。というのは以前にも触れた。
これらの店は作りも簡素で、骨組みを葦簀で囲っただけの店で、茶や団子など、簡単なものしか出さない。客もさっと入って一休み、休んだらすぐにまた見物に歩き出すというのが常であった。
清司郎たちが訪ねた鶴やはそうした水茶屋の一軒だ。
店先の
「播磨屋さん、参りました」
「ほう、昨日の今日で、よくぞ来てくださいました」
善兵衛は口ではそう言うものの、そのくらいのことはわかっていたというように、にやりと口元だけで笑った。
「まずは話だけでも聞いてみようと、そういうことになりましたかな」
善兵衛の言葉にお
「なんでも、商いの荷を
「ええ。……しかし、私も聞いただけですので、詳しいところまではわかりかねるのです。それでもよければ、お話しましょう」
善兵衛は煙管から口を離すと、ぽわっと煙を吐いた。
「五日ほど前のことでしょうか、もうじき戻るはずの
お菊が
広げると、よほど慌てて書いたのか、すべてがかな文字で、その文中にも書き間違いがいくつも見つかった。
「その番頭の話では、襲ってきた勿怪は大きな猿のような姿をしていて、荷車を引いていた
「大きな猿、ですか。猿のような勿怪はいくらかの同類がいますが、いずれも知恵が働き、力も強い、油断ならざる相手です」
お榛の言葉に、善兵衛はですから、と言葉をつなげる。
「あなた方に頼もうというのです。巷の
「なるほど……大方の事情はわかりました。それでは、その勿怪から荷を取り戻すことができればいいのですね?」
「ええ、その通りです。お願いできますかな」
お菊が巾着から
「引き受けていただけるのでしたら、これを前金としてお納めください」
清司郎たちはそれをすぐに受け取ることができなかった。
なにしろ、善兵衛が言ったようにいい加減な拝みで済ませてしまうような形ばかりの
「猿の勿怪となれば、犬でもいた方がいいのか?」
「犬ぅ!? おいら、犬は嫌だな」
「お菊ちゃんは犬が苦手なんだ。あたしもそうなんだよね」
お榛が怖くないというように笑って見せた。
「ところで、取り戻す荷というのは一体なんなのでしょうか?」
「おお、まだ話しておりませんでしたな。私の店は小間物を商っていましてね、さるお屋敷の御用で、上方の職人に作らせたものを取り寄せていたのです」
「えっ、小間物を、荷車がいるほど取り寄せたんですか?」
「いえ、荷車にはこちらの職人に使わせる細工物の材料を積んでいたと聞いています。……なにぶん、店の方はもう
善兵衛の話の通りであれば、取り戻すものはいくつもある荷の中でただ一つだけらしい。
必ずしも勿怪を討たなくてもいい、ということに清司郎は軽く安堵した。
「事情はわかりました。この祓い、受けさせていただきます」
「ええ、よろしくお願いいたします。ああ、こちらの三人にもお茶と団子を」
善兵衛が声をかけると、愛想のいい看板娘が人数分の茶碗と皿を載せた盆を持ってきた。
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