夜半の襲撃
この頃の食事といえば、ご飯におかずが一品、漬物、味噌汁の
ともあれ、
ご飯に小魚の
どれを口にしてもしっかりと味が染みていて、丁寧に調理されていることがわかった。その
結局、水虎は現われることはなく、夕餉の膳を片付けたあとは、事前にお
月の光はまだ頼りなく、なにかが現われてもそれがなにかを見極めることができない。
春の宵とはいえ、桜などの木はなく、
座敷の方からは話し声がするが、清司郎にはなにを話しているのかわからなかった。ただ、障子にうつる影からすると、お
そのまま、じれったいほどゆっくりと時が過ぎる。月がさらに高く昇っていく。
そのうちに座敷の明かりも消えて、話し声もなくなる。
江戸の街中であればちりん、ちりんと夜鳴き蕎麦の風鈴も聞こえるだろうが、ここ根岸にはその気配もない。
夜半近くなり、さすがの清司郎も緊張の糸が切れそうになってきた。
と、井戸の方から水音が聞こえてきた。
べたべたという湿った足音が続く。
「……来たか!」
清司郎は思わず身を固くした。
大柄な谷川に勝るとも劣らない、大きな影がゆっくりと家の濡れ縁に近付いていく。弱々しい月光を受けてもてらてらと反射しているのは、体が濡れている証だ。
青い燐光を帯びた
「これ以上、放ってはおけん! 覚悟しろ!」
言い放ちつつ、水虎と濡れ縁の間に割り込んで、荒正を正眼に構える。
水虎は河童の類いとは思えぬ、低いうなり声を上げながら、清司郎に躍りかかってきた。
水虎の右腕がみるみるうちに迫ってくる。水かきのある指先に鋭い爪がついている。傷口を膿ませ、治らなくさせる毒の爪だ。
清司郎はそれに対して、荒正を切り上げつつ前に踏み出した。
跳ね上げられた荒正の切っ先は、水虎の腕を捕らえることはできなかった。それは逆もしかりで、水虎の右腕もまた、空振りだった。
清司郎へ振り向き、さらなる攻撃をかけようとする水虎に、横合いから谷川が組み付いた。そのまま地面に倒そうとするが、体がぬめっていて、うまくつかめないようだ。
清司郎が体勢を立て直すのと、水虎が谷川を突き飛ばすのはほぼ同時だった。
立て直した清司郎は上段に振りかぶった荒正を水虎めがけて振り下ろす。その一撃は水虎の左肩をとらえ、傷口がぱっくりと開いた。
しかし、荒正が通り過ぎると、その傷口はみるみるうちにくっついて、元の通りに戻ってしまった。
「やはり、急所をつかないままいくら攻めてもだめか」
清司郎が荒正を構え直そうとしたところに、右足が飛んで来た。
不意打ちでみぞおちを蹴られた清司郎はひとたまりもなくすっとび、後ろにあった百日紅に強かに打ち付けられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます