水底より現われる……

 下準備の終わった清司郎せいしろうたちが面会を求めると、お三智みちは渋々と座敷から出てきた。

「もう、準備はいいのです? それで、ご祈祷きとうをする祭壇はどこに?」

「あたしたちは、加持かじ祈祷で勿怪祓もっけはらいをするわけじゃありません。だから、祭壇もありません」

 庭をしげしげと見回すお三智に、おはるが断りを入れた。

「でも、和尚様はご祈祷をされていましたよ?」

「お寺様にはお寺様のやり方があるというわけです。そして、あたしたちにも、あたしたちなりのやり方があります」

「ふうん……? そういえば、いつだったか勿怪祓いを生業にする変わった人たちがいるって、読売にかかれていたような。もしやあれは、あなたがたなのです?」

 お三智は座敷からしわだらけの紙を取ってきた。

 それは、一つ目入道の一件を報じる読売だった。それにしてもしわだらけなのは、なにかを包むのに使ったらしい。

「この読売に書かれているのはあなたがたですね? 天狗てんぐに侍、相撲取り……ここに書かれている通りですもの」

「ええ、たしかにここに書かれているのはおれたちです。ですが、こんなに派手な立ち回りではなかったんです。これは読売が脚色しているんですよ」

 清司郎が答えると、お三智は「でしょうね」とうなづいた。

「でも、あなたがたは勿怪を祓うことができる。だからお父様がここへ使わしたのですね」

 口ではそう言うものの、お三智の清司郎たちを見る目にはまだ疑いの色が見えた。

「先に、お店の方を調べさせてもらいました。おそらくですが、あなたを狙っている勿怪は水虎すいこです」

「水虎? 水虎というのは一体なんなのです?」

 たずねるお三智に、清司郎は説明する。

「水虎というのは、要するに大きな河童かっぱです。河童であるから水の手をつたって自在に移動することができるし、多少の傷はすぐに治る。それに、体が大きいだけに力自慢です」

「河童ですか……でも、河童というのは人を川に引きずり込むものではないのです?」

「そうでもないんですよ。河童というと人馬を川に引き込んで尻子玉を奪うという話が知られていますけど、人に取り憑いて、少しずつ弱らせていくこともあるんです」

 お榛が屋台にしまっていた帳面を出して来た。いままでの勿怪祓いが書き込まれている。その中で特に多いのが狐狸だが、河童祓いはその次に多い。その多くが、水の手を伝って入り込んできた河童を祓ってほしい、あるいは娘が河童に目を付けられたので守ってほしいというものだった。

 それらの話を聞くと、お三智はすっかり青ざめてしまった。

「あの、お榛さん……その、水虎は……?」

「もう、お三智さんがここにいるって知っていますから、おそらく今晩にでもやってくると思います。ですが、そのためにあたしたちが来たんです」

 清司郎は無言でうなづいた。

「その帳面やいままでの話が嘘でないなら……まあ、お話の通りなら今晩中に始末がつくのです」

 お三智はおを呼ぶと、夕餉ゆうげの支度を命じた。

豊松とよまつとこの人たちの分もお願いします。私はこっちの天狗てんぐさんともう少し話してみたいのです」

「へぇ、そうですか。それでは、皆様の分も用意さしていただきます」

「よし、オレも手伝おう」

 おはすぐに土間へ降りていった。谷川もそれに続く。

 手持ち無沙汰になった清司郎はもう一度庭へ出て、周囲を見て回った。

 だいぶ暗くなってきて、明かりなしではものの形もうすぼんやりとした影としか見えない。そんな影の中に勿怪が潜んでいないか、一つひとつ近付いて調べてまわる。

「水虎は群れを作るような勿怪じゃない。こうして見て回って潜んでいないなら、ここに来るのは夜半過ぎか」

 そんなことを考えながら家の周りを一周し、濡れ縁に腰を掛けて一息ついた。味噌汁のにおいが座敷の中からただよってくる。

 豊松が清司郎を呼びに来た。

「赤城さま、夕餉の支度がととのいました」

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