第八話

「なんだかんだ、お金に使いどころを上手く見出だせなかった...」


空腹と喉の乾きを充たし、手元に残ったのは700円と少し。


「結局、タワーにも登れずしまい。手掛かりも掴めずじまいか」


難しいものだ、お金とは。どの食べ物も飲み物も、魂の思い出によって構成されたそれよりはるかに鮮明な味がして、旨い。が、ここ数時間で食べたいものが一気に沢山できてしまっていた。


「ああ。しょうが焼きも食べてみたいな。あの、パン屋さん、っていうのにも入ってみたいな。本格的なケーキも食べたいな...」


「ん?...あっ」


「おや。どなたでしょう?...あっ、貴女は」


「「朝出会った!」」


空が、オレンジから紫に、少しずつ変わる頃。


「奇遇ですね。その、朝はありがとうございました」


ぺこり、とその女性は頭を下げる。


「ああ、いえいえ。コンタクト、と言うものはよく分からないですが、何かお役にたてたのであれば」


「えっ?あぁ。...」


女性は、一瞬頭上に疑問符を浮かべる。何か、気に障ることでも言っただろうか?


「えぇと。その、お聞きしたいことがあって。この辺で...」


女性はこちらを不思議そうに見ていて、その視線が合う。


「一番美味しい食べ物、何かご存知ではないですか?」


一方、その頃。


「何かさ。京都にいるんだって、あの狐さん」


「何で僕ら、ここに飛ばされたんだろう...ここ、大阪だよね」


「うん。来たこと無いけど、わかる。それに、電車の乗り方。乗ったこと無いけど、なんとなくわかる」


「これも俺たちが、こっちと強い繋がりを持ったから、なのかな?とにかく、カードは使えないし、このお小遣いで切符を買おう」


目的地となる京都までの距離は、具体的にはわからない。が、おそらく一時間程度のことだろう。


「俺たちが京都でなく直接大阪に来たのは、白兎と、それから葵さんとの思い出の場所、だからなのか?多分、この辺に家、あるよな」


「そうだね。でも、今回はすぐ京都に向かおう...あっ、ハク」


「ん?何だ」


「この姿だと、いつもと目線が違うね」


「ああ、そうだな。いつもはアオにだっこされたりしてるけど、今ならお前を抱っこできそうだ」


「...しても良いけど、後でね。あぁ、改札が高く感じる」


その二人の後ろに、二人組の人間。


「あっ...」


「ん?どうした?葵」


「今なんか、知ってる人が居たような気がする。気のせいかな?」


「んー、気のせいじゃね?...いや、俺も、なんかちょっと懐かしい感じがしたような」


「だよね」


葵と白兎もまた、同じ改札に入っていく。


そして、またまた翻って、京都。


「私、今、700円しか持ってなくて...」


「えっ。お兄さん、訳あり?」


「神様が2000円で過ごしなさいと」


「そういう宗教団体?怖っ!てか、貴方、コンタクトレンズ知らないの?顔は、イケメンの日本人って感じなのに、でも、それより何より貴方」


女性は、私をまじまじと見る。


「何処かで、会ったことがあるような...」


「何処か?私のご主人様はラン様一人。それ以外で知り合いとなると...」


「えっ。私、蘭って名前なんですけど。言いましたっけ」


「え?あ。いや、...おっしゃってません。まさか、貴女は、私のご主人様。...ラン様。東雲ランではないですか?」


「...いやまさか...まさかとは思うけど」


先程まで訝しげだった蘭の瞳に、優しい光がともる。


「コンなの?私が持っていたぬいぐるみの」


「そ、そうです。コンです!会いたかった、貴女と!」


「コン、コンなんだね!」


そして、二人が感動の再開をしていた一方。


「京都、やっぱり遠いね」


「うん。各駅じゃなくて快速ってやつに乗った方が、多分早かったね」


二人は、手を繋いだまま電車に揺られている。


「ふぅ。何とか、巡り合わせは上手く行ったか。それにしても、魂をあっちの世界で保たせるのは骨がおれるな!」


この僕、○○○○は何とか三人の魂を安定して保たせながら、いつ帰らせたものかと思案を巡らせる。


「コンは、...うどん屋に入ったか」


-----


「おお。良いにおい...すごい!こんな良いにおいに溢れた場所は、あちらの世界にはありませんでしたよ!」


混み合い賑わう、うどんチェーンの店内。外はすっかり日が落ちて、店内の明かりは外の冷たさをかき消すように暖かく輝く。


「もしかして、このうどん屋はじめて?多分、全国どこにでもあるけど...本当に、この世界の人間じゃなくてコンなんだね」


「ええ、そうですとも。これ、どうすれば良いんですか?」


「あっ、そっか。注文の仕方わからないのか...何が良い?」


「えっと。ここから選べば良いんですよね。うーん、よんひゃく、きゅうじゅうえん...」


神妙な顔をしてメニューを覗きこむコンを見て、蘭は思わずふふっ、と笑った。


「もしかして、神様とやらから差止めされてる?いいよ。私がおごるから、なんでも食べな」


「ほ、本当ですか?ありがたい!」


「良いってことよ。色々と、聞きたいこともあるしさ」


「じゃあ、このきつねうどんというのにします」


「え?良いんだよ、もっと高いの頼んで」


「いえ。名前に狐と入っていますから、食べてみたいのです」


「そういうことね。じゃ、私はこのカレー南蛮って奴にしようかな」


列は少しずつだが確実に進み、二人は注文の聞き取り口にたどり着く。そこで蘭がサクッと注文を終え、そして、少し進むとすぐに、うどんが出てきた。


「おお!お、美味しそう...」


「驚くのはまだ早い。勝負はここから。ここからは、揚げ物やおにぎりを取り放題の、誘惑ゾーン。財布が痩せ、己が太るか。そのせめぎあいの...ってちょっと待てぃ!」


「こっ、このかき揚げというのはとても旨そうだ!この、とり天、なるものも魅力的...おにぎりまであるのか!」


まあ、この世界に来たばかりなのが本当だとしたら、仕方ないか。蘭は、そう思った。












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