第25話

 ミニバンが仁井家に到着したとき、アオマはまず蒼馬に「索敵感知さくてきかんち」をやらせた。


 索敵感知とは纒を広く薄く広げる事でその範囲内にいる存在を感知する技術だ。


『対価量の少ない人間てのは呪力の操作に長けててな。逆に多い人間は操作が荒かったりするモンだ』


 アオマの言うとおり蒼馬の索敵感知は極限まで薄く引き伸ばされており、仁井家のある山全体を覆い尽くした。


 本来、呪力を使った纒を展開させる索敵感知は敵にもこちらの存在を知らせてしまう危険性があるのだが、蒼馬のそれは目の前で使われているにも関わらず感じられないほどに薄く引き伸ばされていた。


「あれ、この人は……」


 あわててスマホを取り出し先行していた紅音に連絡を取る。


「紅音さんちょっと戻って。人が埋まっている。まだ生きてるみたいなんだ」


『そいつのいる場所の呪力を濃くするんだ。それであの魔傀儡なら分かるだろ』


 アオマの言葉に従い何者かが埋まっているであろう地点に呪力を集中させる。


「わかりました」


 紅音はそう言って主の呪力の集まるところを目指す。




 蒼馬達がその地点に到着したとき、すでに紅音がその人物を掘り起こしていた。


 そこには頭部が欠けた水龍に守られながら光二が横たわっていた。


 絶体絶命と思われた瞬間、兄が残した水龍が彼を地下に引きずり込みその命を救ったのだった。


「消耗していますが命に別状ありません」


 光二の処置のため脇坂と奏美は残り残りの人員で敵を追うことになった。


「やっぱり俺も行ったほうが……」


 残ることに後ろめたさを感じた脇坂に対しアオマが言う。


『今の敵は戦う事が目的じゃねぇ。ここから脱出する事だ。だとすると後続の連中を指揮するあんたがここに残る方が良い。本当に最悪なのは外練が復活する事だからなぁ。なぁに、俺がついているんだ心配すんな』




 呪力を使った感知には2種類あり、1つは先程蒼馬が使った能動的な感知方法である「索敵感知」。


 もう1つが受動的な感知方法で生まれ持った感知能力を使う「常態感知」と呼ばれるもので、巡りを使う事で強化できる。


 こういった感知能力は敵や味方を探すだけではなく距離をおいての追跡などにも使える。


 剣を持つ男の追跡をまかされた紅音はこれを駆使してあとを追った。


 男は仁井家の敷地を出て県道に出るとしばらくして仲間らしき人物が運転する車が到着するとそれに乗り込む。


 紅音の足なら車を追いかけるのは可能だが、それではすぐに追跡がバレてしまう。


 感知で男を捕捉しながら距離をおいて追跡する。




 車に乗り込んだ男に運転手が尋ねる。


「他の人達は?」


「あれほど言ったのに局員達と交戦している。他の待機している連中に伝えろ。あと10分……、いや、5分経っても合流の気配がなかったら撤収しろと」

 

 運転手はハンズフリー電話で言われたとおり仲間に指示を出す。




 園令市えんれいしの東側にある園岳町えんがくちょう


 自然と田畑に囲まれた地域に「テラス会」の本部がある。


 古い民家を改装した建物で敷地は広くプレハブ小屋がいくつか建っていた。


 天岩戸の後継組織と考えるとかなりショボい。


 剣を持つ男が改装された建物に入っていく。


「お疲れ様でした」


 そう言って出迎えてきたのは30代後半ぐらいの中肉中背で神父服の男、テラス会のトップ笹上 総次ササガミ ソウジだった。


「連絡したとおりだ。他の連中は多分来ない。最悪ここがバレて管理局が来るぞ」


「わかりました。別の拠点に移動します」


 すでに敷地の中にとめてある車両に荷物が積み込まれていた。


 総次と剣を持つ!は建物の奥の方に進む。


「ええと、今は鉄さんで良いんですよね?」


 ああ、とめんどくさそうに答える剣を持つ男。


 フリーの呪因師で仕事の度に顔と名前を変えるという人物で、今はテツと名乗っていた。


「ウチでもかなりの手練てだれだったんですけどねぇ、あの3人」


 残念そうに言う総次に対して鉄と呼ばれた男は返す。


「この世界で生き残るのは強い奴でも頭の良い奴でもない。身の程を分かっているやつだ。確かに腕はたつ、だが自分を知らなすぎる。お前の師匠をバカにしているのを見て確信したよ」


 総次は気まずそうに笑ってみせる。


 教団天岩戸を設立した佐渡 修吾サワタリ シュウゴ


 彼は教団員に呪因を習得させ、後の強制管理執行に備えたのだが、その指導は当時、雇われていた呪因師達が担っていた。


 鉄に同行した3人はその頃から呪因師として鍛錬を続けており、佐渡 修吾が大した呪因師でないことを理解していた。


「少なくともお前の師匠は身の程をわきまえていた」


 そう言って入った部屋に横たわる男の亡骸。


 特殊な呪因が施された佐渡 修吾の亡骸だった。


「これの封印を解くのは容易じゃないぞ」


 そう言って仁井家から持ち出した木箱を亡骸の横に置く。


「仕方ありません、予備の方を使います」


 総次は奥から古びた日本刀を取り出し木箱の反対側に置く。


「外練よりもだいぶ落ちるがその方が現実的だな」




 特殊な呪因を施した者を因果獣に食わせる事により、食われた人間の人格や記憶を因果獣に移すという外法がある。


 彼等は佐渡 修吾の亡骸を外練に食わせ、彼を復活させようとしていたのだった。


 10年前の強制管理執行の乱戦で教祖である佐渡 修吾は管理局員に討たれていた。


 その後、教団を影から操る存在が調査されたが、このとき教祖を死亡させたのは失態だったと彼と交戦した管理局員が責められた。


 当然、脇坂をはじめとする県北支部の面々はそれに猛反発して彼を守った。


 あの戦場を経験していれば絶対にあり得ない指摘だからだ。

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