STAGE3-4
「おや、栄太君。こんなところで奇遇だな」
零は反っくり返った状態から、元に戻ると。席から立ち上がり、栄太の元へ歩み寄った。
その間にもプレイ継続を問うカウントダウンは無情に過ぎていき、やがてゼロになってデモ画面に戻ってしまった。
あ~。と言う百人切り期待していたギャラリーからの落胆が聞こえたが、当の本人は特に気にしてはいないようで。
「君もここに息抜きにでも来たのかい?」
「ええと、まぁ。そんなところです」
母親に家を追い出されなんて情けない理由、出来れば零には言いたくないので、適当にはぐらかす。
「零さんもよくここにくるんスッか?」
「たまにな。今のご時世オンライン対戦は家でも出来るが、さすがに年がら年中家の中では息が詰まる」
「はぁなるほど。それはそうと、良かったんですか? アレ」
アレというのは言うまでも無く、先ほどの八十連勝の事なのだ。
「ああ、つい長々と席を占領してしまったが、数字のキリも良いし集まったギャラリーの方々には申し訳ないが、そろそろ止めようかと思っていた頃合いだったのだ」
零は今も物足りなそうな視線を送るギャラリー達に申し訳なさそうに微笑みながら軽く手を振って見せる。
するとギャラリー達は顔を赤らめて目をそらしたり、わかりやすく鼻の下を伸ばして手を振り返したりと各々の反応をしながら三々五々に散っていった。
「さて、そういうわけで私はこれからここを出ようと思っているわけだが。君はどうする?」
その一言に栄太は激しく葛藤した。
早く家に帰ってゲームの特訓をしたいという思いはもちろんある。
とは言え正直なことを言うと。偶然だとしても憧れの人である零と二人きりになるチャンスをみすみす逃すのは正直惜しい。
だが刻限が迫る中でそんな浮ついたことを言っていていいものだろうか?
「……あ~、俺もちょうど帰ろうと思ってたところッスから、良かったら家の近くまで送りますよ」
思案の末、結局そんなことを提案してしまった。
断られたらその時はその時と半分ダメ元だったが、意外なことに零はまんざらでもない様子で。
「ふむ、ならせっかくだお願いするとしよう。ただこの後少し寄り道をするつもりなのだが、それでも構わないかな?」
「はい、全っ然。どこまでもお供します!」
栄太の大仰な返事に零は可笑しそうに笑った。
「そこまで大げさな物でもないだがね。では、行こうか」
こんなことをしている場合なのか、と思わないわけでもないが。
それでも内心、心を弾ませながら栄太は零と共にゲームセンターを後にした。
うーん、どうしたもんかな。
栄太は一人頭を悩ませていた。
アレにするか、これにするか、いやしかしあっちも捨てがたい。
カラフルで鮮やかな色彩達の前で、あれこれ考えて。
「えーい、もう、持ってるだけ全部もってこ」
通常よりも小さめなケーキを乗せれるだけ皿にのせて、自身の席へと戻ることにした。零に寄り道をするとは言われていたが、向かった先は意外にもバイキング形式のケーキショップだった。
最初こそ自分が入って良い物かと戸惑いもしたが、お供すると言ったからにはここで逃げては男が廃る。
だからもう開き直って、ケーキを楽しむことにした。
「ずいぶんと、持ってきたね」
「甘い物は嫌いじゃないんで」
席に戻れば、零が自分のケーキを持って一足先に着席していた。
窓際の席で陽光に照らされながら背筋をぴんと伸ばし座る彼女の姿は、これから相席するのが少し気が引けるほどに綺麗だ。
そんな彼女に習って、栄太はいつも以上に姿勢を良くして席に着く。
「それでは栄太君も来たことだし、そろそろいただくとしようか」
「まっててくれたんですか? 別に先に食べてもらって良かったのに」
「こういう場合は、同席者が席に着くまで待つのが礼儀という物だろう?」
軽く微笑みながらそう言うと、零はゆっくりと手を合わせ、いただきますをした。栄太もそれにならいいただきますをする。
ケーキはどれもほどほどの甘さに押さえられていて、食べやすく旨かった。
「今日は付き合ってもらって、すまなかったね。男性の君がこういった店に入るのは、勇気が必用だったんじゃないか?」
「別にそうでもないッスよ。零さんはこの店にはよく来るんッスか?」
「いや、今回が初めてだ。前々から興味はあったのだが。恥ずかしながら一人で入る勇気が中々持てなかったものでね、今日は君が付き合ってくれて助かったよ」
あんまりにも様になっているからてっきり常連なのかと思っていただけに、その返答は意外に思いながらケーキをパクついていると。
「おっと、栄太君口元にクリームが付いているぞ」
「え、何処ッスか?」
言われて栄太が何かするよりも速く、白くスラリとした指が伸びてきて口元についていたクリームを拭った。
零はクリームが付いた指を、躊躇すること無く口に入れクリームをなめ取った。
がその直後、堪え切れ無かったようふふっと笑った。
「映画や漫画で見て。一度くらいやってみたいと思っていたのだが。いや、だめだな。いざやると照れる」
零は、照れくさそうに微笑みながらそう言ってセルフサービスの紅茶を一口すすったが、栄太はそれどころではなかった。
あまりに突然かつ刺激的な出来事に頭が追いつかず。思考が感情を処理しきれない。何かに魅了されるとき、頭がぽーっとすると表現することがあるが。それは多分こういう状態のことを言う。
「ふふ、以外とうぶな反応をするのだな、君は」
「え、あ……別に」
零からの一言でようやく、思考が正常に回り出す。負け惜しみの様にこぼれた、別にの一言が空しい。
様子を見るに、彼女からしたら特に他意のある行為ではなかったようだが。それだけにリアクションに困る。
……なんだか、もてあそばれた気分だ。
「からかうようなまねをしてすまない。だが、せっかくのデートなのだ、それっぽい事もしたいだろう」
「え? いや、これデートなんですか?」
栄太としては、まったくそんな意識はなかったので思わずキョトンとした顔をしてしまう。
零はそんな栄太の反応に少し驚いたような顔をしつつ、すぐに好奇心に満ちた笑みを浮かべる。
「ほう、栄太君にとってはこうして私と過ごすことはデートには当たらないという事かな?」
「いや、だって、デートってのは付き合ってる人同士でやる物でしょう。男女で歩いているだけでデートになるなら、母親と毎週デートしてますよ俺」
栄太としてごく当たり前のことを言ったつもりだったが、それを聞いて零は興味深そうにうなずきながら。
「ふむ、存外そういったところは真面目なのだな君は。ただ一つ訂正するなら、デートとは異性と日時や場所を決めて会うことや日付を指す言葉であって、逢瀬といった意味は無いぞ」
「え、そうなんッスか」
以外な事実に栄太の口から思わず驚きの声が漏れる。でも言われてみるとデートの意味なんてわざわざ調べたこともなかった。
そんな他愛もない話をしながら零とのデート? の時間は過ぎていった。
合間合間にケーキや紅茶を挟みながら話す零はなぜだがとても楽しそうで。
「零さん、なんだか楽しそうっすね」
気づくと栄太はついそんなことを訪ねていた。
すると零はその口元に小さく微笑みを浮かべて。
「ああ楽しいとも。こうやって君と話して君の人となりを知れるのはとても楽しい」
彼女が何気なく口にしたその言葉に栄太の心は浮いた。
零が自分と話すことを楽しいと思ってくれたというのなら栄太にとってそれはとてもうれしいことだ。
「実は前から零さんに聞きたいと思ってたことがあるんッスけど」
「ふむ、なんだい?」
胸がいっぱいになりながらも、自分も零の事がもっと知りたいと少しだけ欲が出る。瞳をまっすぐに見つめてくる零に、栄太は前から知りたいと思っていた、あることを尋ねた。
「零さんはどうしてeS部を作ろうと思ったんッスか?」
eS部は周囲の反対や偏見を押しのけ、零が一から作り上げたものであるという話は以前、美海から教えてもらった。
でもいったいどうしてそこまでして零はeS部を作ろうと思ったのかまでは、栄太は知らなかった。
何を思ってどんな想いがあってあの部を作ったのか、それは前々から零から聞いてみたいと思っていたことだった。
でもどうしてだろう? 栄太がそのことを訪ねた瞬間。
零は少しだけ寂しそうな顔をした。
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