STAGE1

STAGE1-1

 四月二十五日の午後、入学式が終了してから暫く経ち、ようやく学園が平常運転を始めたそんなある日の放課後。


 橋本栄太はしもとえいたは空手部の使う道場前で呆然と立ち尽くしていた。

 その視線の先には一人の女生徒。

 換気のためか、開け放れた道場の扉から見える彼女は型の練習を行っていた。


 まとめられた長い黒髪は彼女が構え、技を繰り出す度、山奥の清流や草原を走る風のように流れ、力強いその姿は凜々しくしなやかで、そして何より美しかった。


 気づけば栄太の足は自然と、道場へと向かって歩き出していた。

「失礼しますッ!」

 挨拶もそこそこに道場に上がり込む。


 突然の訪問者に、怪訝な視線を向ける空手部部員達を意にも返さず、栄太は真っ直ぐに件の女生徒の元へと歩みを進め、女生徒の面前へと辿り着くと、彼女が何か言うよりも早くその場に跪き、そして。


「一目惚れしました! 俺と付き合ってくださいッ!」


 恥も外見も躊躇もなく、はっきりとそう言い放ったその瞬間、道場内の時間が止まった。


 呆然とその様子を眺める者、口を半開きにして愕然とする者、なぜか頬を赤らめる者、それぞれの様相を見せるがその場にいた人、全ての気持ちは一つであった。


(((いきなり何言ってるんだコイツ)))


「ちょッ、あんたいきなり何言ってんのよ!」

 停止した時間軸からいち早く帰還した一人の女子部員が、道場にいる全員の気持ちを代弁しながら栄太へと歩み寄っていく。


 短めで癖毛気味の髪に、日焼けが目立つ少女で学年はおそらく栄太と同じ二年。

 にらみつけるアーモンド型のつり目は、彼女の気の強さを物語り、栄太のことを警戒しながらも、食って掛かるその様子は、どこか威嚇する黒猫を思わせる。


「何って、俺は今、彼女に交際の申し込みをだな」

「んなもん見れば分かるわよ! 私は時と場所を考えなさいって言ってるの、TPOって言葉知ってる!?」


「稽古の邪魔をしたのは悪かったよ、でも考えるより先に体が動いたんだ、許してくれ」

「許してくれ、じゃないっての! よくもまぁそんなこと恥ずかしげもなく言えるわね、それともなに? あんたふざけてるの?」


「俺はいたって真面目だ、だいたいふざけて交際の申し込みなんて、そんな失礼な真似するわけがないだろう」

「初対面で速攻、告白するような奴に常識を語られる筋合いはないわよッ! とにかく邪魔だからとっとと出て行って」

「ちょっと待ってくれ、まだ彼女から返事を聞いてない」

「あ~~もうっ! いい加減にしろッ!」


 バチィィィィン!

 女子部員は横薙ぎに繰り出した平手。

 それを間一髪、つかんで受け止める。


「あっぶね~、おいおいいくら非常識な野郎相手だからって、いきなり手を上げるのはよくない、モテないぞそんなんじゃ」

「よ、余計なお世話よ! あんたこそ非常識な自覚があんのなら、少しは申し訳なさそうにしなさいよ。てか手を握るな離しなさい!」

「おっと悪い」


 手を離すと女子部員はさっと距離を取り敵意のこもった視線で栄太を睨み付ける、その様子は、やっぱり人に懐かない猫が遠巻きに威嚇するさまを連想させる。


 そんな端から見たら一周回ってコントか何かに見えるような二人のやりとりを、何か感心した様子で見つめる女性が一人。


「君、少しいいかな」

 そう声をかけたのはつい先ほど、栄太の愛の告白をされた女生徒その人である。


「君は何か武術の経験でも?」

「ちょっ部長、こんな奴相手しなくたっていいですよ」

「まぁいいじゃないか。驚きはしたが、こうまで真っ直ぐに好意を向けられて、悪い気はしない。それに私も少し彼に興味が出てきたところだ」

「ありがとうございますっ!」

「あんたはちょっと黙ってろ!」


 どこかズレた返事をする栄太。

 荒れながらツッコミを入れる黒猫少女。

 告白された女生徒は、そんな二人の様子をどこか愉快そうに眺め。

 そしてそんな目の前で繰り広げられるやり取りについていけず、どうした物かと、動けずにいる空手部の部員達。

 そんな妙な状況な中、動いたのは愉快そうに状況眺めていた女生徒だった。


「何はともあれ、ここでいつまでもこうして立ち話をしていては迷惑になるな。うむ、少し待っていてくれ」


 そう言って彼女は道場の隅でどうしたものかと途方に暮れていた顧問の先生の元へ向かい、何か二三言葉を交わした後、栄太達の所へ戻ってきた。


「今稽古を抜けさせてもらう許可をもらってきた、着替えてくるから、悪いが少し道場の外で待っててもらえるだろうか?」

「承知しましたッ!」

 敬礼でもしそうな勢いで返事をした後、栄太はこれまたすごい勢いで、道場の外へと消えていく。


「さて、それでは私も更衣室へ向かうとしよう」

「ちょちょ、ちょっと待ってください部長」

 黒猫少女が更衣室へと向かおうとした女生徒を、慌てた様子で引き止める。

「あんなわけ分かんないやつ連れて、どこ行くんですか」

「どこへ、なんて聞くまでもないだろう。当然、我々の部室へだよ、なかなか面白い子だと思わないかい? 彼」


 女生徒はクスリと不敵な笑みを浮かべて。

 黒猫少女はその発言ぐぬぬの不服さを隠そうともしない表情を浮かべるが、そんなものはどこ吹く風だ。


「……そういうことならあたしも一緒に行きます、あんな為体のしれない奴と部長を二人きりになんて出来ませんから」

「そうか。では、一緒に行くとしようか」

 強い顔でそういう黒猫少女とは対照的に、女生徒は涼しげに一言。



 そうして二人は道場の中にある女子更衣室へと向かうのだった。

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