間話──23.5-2話──
小早川さんは、どうして生きているのか。どのようにして、自分が生きる理由を確保しているのだろう。
そんなことを考えながら、俺は学校で、ジッと彼女を眺めていた。
クラスの級友たちと笑いながら、しかしその内心は、そこまで彼女たちに混ざりきってはいない。囲まれるけど、孤独。友達はいるけど、心の奥底が通じ合うようなナニカが足りない。
それはなんとなく、俺も感じ取れているところで──。
「なんだい、今日はいつになく情熱的じゃないか」
「……そんなことないよ」
俺を揶揄って、笑って見せる彼女に対して、俺は吐き捨てるように、ふいと顔を背けた。
──元来、誰にとっても、友人との関係なんて、人間関係なんて、そんなものなのかもしれない。
きっと、誰との間にも、どこかに一線があって。その先は決して分かり合えない。
この気持ちは、俺がそれを、彼女の他と相対する中に感じ取っただけのことなのだ。
──されど。
魔力の枯渇は、心を渇かすと彼女は言った。
だとすれば、俺が懐く感慨は。多分彼女の抱く劣等感に、よく似ている。
その最奥のどこかに、違う部分があったとしても。
その、似ている部分は、際限なく俺と彼女を引き合わせる。
それは丁度、俺が魔力を持たないことが、彼女の手伝いをする理由になったようなものだ。
──俺は、どうして生きているのだろう。
俺が、自分に似た彼女の生きる理由を探す時、俺自身の生きる理由もまた探している。
どこか違う部分があるとすれば──。
「あ、そうそう! あの時は美原ちゃんがね……」
「えー? そんなことがあったんだね? 私も行けたら良かったのになぁ!」
──きっと彼女は、多分。俺よりも生きるのを楽しんでいるということだ。
俺よりも、遥かに感情豊かに、彼女は世界を観察していた。
……それは言い換えれば、死ぬことを惜しんでいると言っても良かった。
そんなことを考えた時。
バチっと、電流が脳に迸るようだった。
そんな彼女を、俺はこれから、殺さなければならないのだ。
家庭科の授業。
調理実習で、みんなどこか浮き足立っている。家でやるには面倒くさいだけなのに、どうして学校で友達とやるとなった途端、みんな楽しげになるのだろう。
小早川さんは、エプロンでいつもとは違う可愛らしい姿を見せてくれた。銀髪のポニーテールから覗くうなじに、目を奪われた。
いつもとは違う家庭的な姿もみんなの注目を集める……かと思ったら、うまく立ち回って注目を集めないようにした挙句、全然調理に参加していなかった。
さては……料理できない?
授業にイマイチ集中できないまま、放課後がやってきた。女子集団をいつものように帰して、小早川さんはこっちを見た。
「今日はどうしようか?」
その瞳に、心奪われる。
靡く髪に、心高鳴る。
その声色に、心躍る。
そして何より、その生き方に、
俺は、心を砕かれた。
それが、これから俺が殺す相手。
小早川奏なのだ。
きっと今の俺は、酷い顔色をしているに違いない。
とても震えて仕方がなかった。もう真っ当に喋れる気さえしないのだから、これはもう筋金入りだ。
こんな時にいて欲しい美原は、学校にも、小早川さんの家にもいなかった。
俺の唯一の共犯者は、罪と罰の共有者は──葛藤の理解者は、もうそこにはいない。
いや、むしろ。
──俺が彼女を、消してしまったのではないか?
使うことを強いた呪いが、悪さをしていたのだとしたら。
俺は笑顔で、塞ぎ込んだ。
「悪い……今日はちょっと、帰るよ」
廊下側の一席。
本来俺たちに交わるもう一人のいるべき席は、今日一日、どこか伽藍の堂だった。
あのときカランと落とした箸が、脳裏によぎった。
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