第15話

「さて、どうするか──」

 目の前の推定3メートルは超えるかという巨大な敵に対して、武器は必殺の一撃を放てる一振りとはいえ、刃渡り50センチくらいの短剣一本、しかも刃のない刺突用。頼りないったらありゃしない。

 交渉の末、小早川さんの助力を得ることには成功。フロアを徘徊する奴の移動速度を見る限り、スピードではこちらが上だ。

 軽くジャンプをして体の力を抜いてやる。一歩、二歩、三歩──完全に力が抜けると同時に、俺はスタートを切った。

 小早川さんが空中に無数の足場を展開してくれる。本来魔力を持たない俺はそれを足場にすることは叶わない……が、小早川さんの術を高密度に圧縮することでその問題を解決。彼女には負担を強いることになってしまうが、この状況を招いたのは彼女だ。少しくらい大変な思いをしてでも手伝ってもらわないと納得できない。

 奴はまだ気づいていない、ならば──!

 俺はスイッチを起動する。瞬間、少しだけ痺れるような痛みと共に、腕が短剣に馴染むような感覚。短剣が腕に馴染むわけではなく、まさしくその武力を引き出すために、腕を強制的に励起させられるような感じ。

 スイッチを押すことで、薄らと赤い魔力が短剣に纏われた。これが、短剣を起動している証拠だろう。

 瞬間、彼方を向いていた魔女の目がこちらに向いた。流石にここまですると気づかれるらしい、が──こちらが一歩、早い。

 階段状に展開された足場を利用して、高い位置から跳躍──丸々とした体の中心、おそらくは核があるであろう箇所に、魔力の刃を纏った短剣を、自由落下と体重を利用して突き刺した。

『いたァい……イたぁい!!』

「外した……!?」

 核を貫いた感触は無い。しまった、と思うのも束の間、魔女の腕がその体に張り付く俺を捕らえ、投げ飛ばした。幸い短剣は回収できたが、その短剣の魔力は点滅を始めている。魔力がもうすぐ切れるサインということだろう。先手必勝、と意気込みすぎて機を早った。

「……しかし、ああも丸いと核の位置が分からないな」

 今までの魔女は核が体表に出ていた。しかし今度の魔女はそうではなく、しかも体が丸すぎて心臓の位置さえ特定しづらい形状をしている。

 魔女が人間としての原型を留めているなら、核は胸の中心の表面か肋骨の奥、つまり心臓の位置に存在していた。けれどアレは、原型はとどめていない。今までの魔女対策は通用しない。

 ──本当にそうか?

 短剣の残存魔力を度外視。もはやもう一撃は不可能だ。それよりは魔女がこちらを脅威と認定しない間に、思考を加速させる。

「気づいたね」

 小早川さんの言葉に頷いた。

 あの肉団子──元は人間の集合体だったはずだ。

 魔女も、第二形態に移行する前は、口が体に生えて肥大化していたとはいえ、まだ人間の形を保っていた。なんとなくあの魔女の"原理"が分かってきた。肥大化したということも。最初に会った星見の魔女は、星占いの魔術師の成れの果てで、隕石まで操った。多分次に出会ったあの魔女も、優雅ななんらかの形を模っていたように思える。小早川さんも言っていた、魔女は魔術師としての特性を引き継ぐと。

 ならばあの魔女の特性は、捕食したものをそのまま自分の肉体に変えてしまう吸収力──逆に、そのまま自分の肉体に変えているからこその勝機もある。

 やはり……だいぶ原型を失っているが、それでもよく目を凝らせば薄らと人の形に薄い線が通っていた。俺は不意打ちで飛びかかり、その人型の一つの心臓目掛けて、反魔力を起動せずに短剣で突き刺した。

 殻付きのくるみにコツンと短剣が当たるような感覚。無理やり短剣の鋒を押し込んで、そのくるみの──核を覆う殻を破った。奴を構成する人体の一つが剥がれ落ちるのに張り付いて、俺は戦線離脱する。この魔女はその性質ゆえに、自分の体の一部を失うことにあまり頓着しないらしく、慌てた様子一つ示さない。

 その代わり、自分の攻略法を見出されたことで俺のことを明確に脅威と認識したようだ。短剣を起動した時よりも力強く、殺意と敵意を込めて俺のことを睨みつけてきた。

 全身を使ってのボディプレスを足場に登って上に回避、そこを狙って無数にある手のうちの一つで薙ぎ払ってくるが、それも別の足場に跳躍して難なく回避する。やはり、不死性は厄介だが速度はそれほどでもないから、油断さえしなければ平気そうだ。

 攻略法もわかったし、これ以上俺が単体でやつを倒すことにこだわるのは時間の無駄だろう。

「小早川さん」

「よし、任せたまえ」

 阿吽の呼吸で、俺が足場から地面に降りると同時、全ての足場は突如形状を変化させ──それらは現在の場所から一斉射出、魔女の体表の人間の体の核に、無数に突き刺さっていく。

『キイイイイヤアアアアッ!』

 絶叫、反響。

 意味もないのに耳を塞ぎたくなるほどの大音量の思念で、魔女は悲鳴とも叫び声ともつかない声をあげると、体をブルブルと震わせて、体表に付着するもはや意義を失った人体を捨てていく。

 その奥にある魔女の本体を殺すべく、俺は一歩踏み出した──瞬間。

「がっふぁ」

 さっきからは考えられないほどの速度で俺のナイフを魔女ははたき落とすと、そのまま俺を蹴り飛ばした。

 錐揉み回転しながら猛スピードで弾き飛ばされる俺は、そのまま壁に叩きつけられる。あまりのダメージに朦朧とした意識は喀血によって覚醒し、俺は床と壁に身を預けたまま魔女を睨みつけた。

 魔女と小早川さんはジリジリとお互いの距離を測り──瞬間、俊撃が小早川さんを襲った。小早川さんは反魔術で身を守るが、魔女の速度で攻勢に転じることが出来ずにいる。何かしら、行動を起こさなければ。周りを見ると、動けるものがいない中──階段の影に美原の姿が見えた。……打開の一手はこれしかない──!

 俺は自分に喝を入れて、動かない体で無理やりに立ち上がった。

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