王の跡書き

※先に最終章・人への旅立ち#23 終わりまで読んでおくことをお勧めします。






【恋は彼方より戻る。あとがき】


僕の父は賢王で有名だった。

豊かな土地を持ちつつもそれを生かしきれていなかった先代の政治を立て直して、貿易を盛んにした。

資源を狙い攻めてこようとする隣国とも、戦力を上手く強化しながらもその人間性溢れる魅力にて上手く丸め込み永年の冷戦へと持ち込むことに成功した。

僕が生まれた頃はもう平和である事が当たり前になりつつあって、それでも時々訪れる疫病や親族間の揉め事で僕の兄達は命を落とし、僕が実質の跡継ぎと認められつつあった頃、父は病で命を落とした。

僕は二十三歳、まだ婚姻も決まらず、父が賢王過ぎるが故後継としての教育も途中であったのだ…


しかし元々幼少期より自発的に僕は文学に励んで来たこともあり、父の政治を倣い、また父とは違う方面での才…そのひとつは文学なのだが、それを生かし「愛は彼方へ行った。」の執筆、出版へと漕ぎ着けた。

聡明なる国民の支持を得て、ベストセラー、増版と成ったことを嬉しく思う。

その興奮冷めやらぬ中、この短編集「恋は彼方より戻る。」あとがきにて、僕の身に起こった驚くような物語を明かせることにしよう。


前作を出版して数ヶ月が経った頃、近衛兵より怪しげなローブを纏った魔女を名乗る女が僕に謁見を求めていると知らせが入った。

魔女でなくても魔女を名乗る事自体が処刑の対象ではあるのだが…先日の魔女の森から帰ってきた子供が呪いにより亡くなったという事件があり、我が国の民は魔女の森に対する事態の収拾を私に望んでいた。

しかし…魔女は我が国だけの問題では無く、処刑しても次から次へと生まれるので世界中で対策を模索しているのだ。

無闇に葬るのではなく、その魔女を名乗る女から少しでも情報を引き出し…新しい対策を生み出し我が国から諸外国へと広めれば…トリスアインの地位はさらに盤石となるだろう。

今までの魔女は拷問をしてもその秘密は吐かなかったという。それどころか周りに呪いを撒きながら死んでいくという…

そこで僕は思いついたのだ…必要とされているのは対話なのだと!僕は部下に魔女を傷付けないように連れてくるように命じた。


女はフードを被ったまま入室し、謁見の言葉を述べ跪いた。魔女など恐れていないことを証明するため、近衛兵を下がらせた。

「お前、僕の前で顔を見せないとは無礼だな。それとも僕など恐れていないということか。」

女は慌ててフードを払った。…その女の容姿は‥僕が本で学んでいた魔女像とはかけ離れていた…どちらかというと、下級貴族の娘にも見えなくはない容貌だった。

僕が話す許可を与え、女は口を開く。

その内容は、この間の事件は決して故意ではないこと。自分達は安寧に暮らしたいだけで人間とは関わるつもりはないこと。しかしまた軍を森へ差し向けるなら次もまた兵を葬ること。

何様のつもりだ!僕は激怒した。この僕に魔女が指図するなど…しかし女は手に持っていた包みから手紙の束を取り出した。

「王様…私達は貴方を慕っております。先日貴方様が本を出版なされたという噂を聞き、どうしても読みたく‥人里へ下りる恐怖を乗り越え手に入れ拝読させて頂きました。私の子供達は感銘を受け…私が王へ会いにゆくと言うなりせめて手紙だけでも届けて欲しいと、預かって参りました。」

子供の手紙だと?魔女の子供達に僕の著作の壮大さが理解出来るのか?僕は再び怒りを見せたが、今読む事を望んだ女の望みに僕は王の寛大さを見せ、目を通すことにした。

……封を開ける度に現われるたどたどしい字で綴られた、僕への尊敬と思慕が溢れ出た文面…それは、僕の歳の離れた弟妹達を思い出させた。

「……お前は、子供達の教育をちゃんとしているのだな。」

「王様ほどではございません。」

僕に子はいないが…これは民への教育のことをいっているのか。

「それで、今回この手紙を僕に献上したのはどういう意図だ?何か望みがあるのではないか?」

魔女の目は僕を真っすぐ貫く…それは亡き我が母君を想わせた。

「私の森を…王のご加護が頂きたいのです。物など望みません、ただ不可侵を約束して頂きたいのです。子供達を守る為に。」

我が心は揺らぐ。しかし僕は王だ。統治する者としてはっきりさせなければならないことがある。

「お前達が我が国を脅かすことが無いと証明出来るのか。魔女の森には宝があるとも聞く。お前を今捕えれば、僕の悩みはすべて解決するのではないか?」

「……宝は子供達だけです…もし金銀の類があれば、私は今こんなみすぼらしい格好などせずに済みます。もし私がこの国を…魔法の力を使い脅かすとすれば、子供達の王に対する尊敬を権力で踏み躙られるようなことがある場合です。」

確かにこの魔女に国を侵略する力があるとするならば、きっと遥か昔にこの国を脅かしていてもおかしくはない。それもせず、子供達に我が著書を読み聞かせ、健やかに育つことだけを願うとは、それは愛の力以外の何があるのか…

……間違いなく、これは愛だ…この魔女は恐らく、愛を操る魔女なのだ…


僕は胸の震えが止まらなかった。これは、この魔女を見守り続けよとの精霊からの啓示に違いないのだ。

「お前の言い分は理解した。…ひざまずけ。決して顔をあげるな。」

魔女は無表情だったが、視線が震えていた。しかし王である僕に歯向かう事は赦されるはずはない。魔女は間もなく跪いた。

「………これを受け取れ。」

椅子を降り僕は自ら魔女の目前に立つ。顔を上げた魔女の瞳の色は、見たことの無い不思議な蒼だったのを覚えている。

 僕が魔女に与えたのは我が直筆にて恩情を示した王文書。この僕が例え直接では無くとも民の前で筆を奔らせた事実は大きい。魔女は一筋の涙を流しこれを受け取った。

ここに王文を抜粋し載せておく。

「子を愛することを厭わない魔女よ 

汝は私が征する御代にて何者にも侵略されること無き未来を約束される 王への愛を忘れることは赦されない これは魔女も民も同じくだ」

聡明な我が国民共がこの王命を正しく護ることをこれからも願おう。





【前王は豚箱へ行った!これまでの軌跡!】


我らが愚かな前王が来るべくして監獄塔へ幽閉されたとの報告が入った!この記念に際し、これまでの愚王の軌跡を追っていこう!


・前々王が崩御。前王(紛らわしいのでこれ以降は愚王と表記する)が王位に就く。

・驚くべき政治手腕にて前々王が幽閉していた叔父(現王)とその側近を解放。自身は著作「愛は彼方へ行った。」を出版。政治的圧力を行使し全世帯に購入する様勧め、それによりベストセラー入りを果たす。

・なお本は非常に高価である為、この政策により多数の家庭が半年以上の貧困を強いられ、ご令嬢方が娼館へ身請けする事態へと発展する。

・魔女が子供を誘拐し呪い殺す事件が発生する。その件について恩情を求めに城へ来た魔女を罰も与えず帰す。

・後日毒花華々しい著作第二弾「恋は彼方より戻る。」後書きにて王文書を渡し魔女の森の不可侵を約束していた事が発覚。さらなる非難を呼ぶ。一部では魔女に逢瀬を求め森へ向かっていたという噂もある。

・王都お抱えの劇女優Aを巡り、某貴族のご子息Lと決闘さわぎを起こす。途中側近にて諫められ事無きを得るが、後日現王の指図にて御得意の文才を発揮し反省文を書くこととなる。

・現王の推奨で愚王は植民地のさらなる統制に乗り出すが、ことごとく失策し国民だけでなく多くの貴族から不支持を得る。これ以降愚王は政治よりさらなる著作の執筆と女遊びとパーティーに励むようになる。

・叔父である現王がクーデターを実行。愚王は制圧され監獄塔へ収監される。


…以上であるが、愚王は今日も暗闇の中で詩を詠み霞を食べていることだろう。我ら国民のこれからの道に栄光あれ!










【僕は王だ!僕は王だ!僕は王だ!僕は王だ!僕は王だ!僕は王だ!僕が王でなくて誰が王だ!誰が王なのだ!王は僕だ!王は僕だ!!王は僕だ!!!王は僕なのだ!!!!僕がおー】


「これは…ひどいな…‥血生臭せぇ…」

「自称小説家のくせに文才は無かったんだな…しかしなんでこんなことに…」

「昨日王文を書きたいからペンを寄越せって騒いで、五月蠅いから見張りが指を刺したらしい…ついでに自害しろってナイフを投げたら…恐らく自分で指を切り落として…」

「腕も切ったなこれ…それでめちゃくちゃに壁に書きつけたか…」

「まぁ死んでも誰も哀しまないような奴だったけど‥さすがにこれは…」

「でもこれは中々衝撃的だろ。次の醜聞紙に載るな…今までで一番売れるんじゃないか?こいつのベストセラー更新だな。」

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