一番への贈り物
※先に最終章・人への旅立ち#21まで読んでおくことをお勧めします。
「あの女‥どうにかして死なないかしら。」
「リル‥どうしてそんなこと、…」
諫める言葉を吐きながら、こいつは私の下半身をまさぐる手は止めない。どこまでも、欲に忠実な男…。
私はこいつの部屋の床が見えない布の山の中に埋もれる様にして抱き合っていた。
ベッドでやることは少なくて、この服だか端切れだか分からないものの中で一体に成って感じるのが堪らないらしい…一種の変態。
たまに新作の服も着せられて、汚すなと注意しながら結局互いにドロドロにする。これも性癖。
ここに来たばかりの頃は何も知らない男の子だったけど…私は前にしてた仕事のおかげもあって人の本質を見抜くのは得意だった。
身体を暴いて、心を捕えて、檻に入れる。
ほとんど声すらあげないけど、物覚えが良くて私に忠実に快感を寄越す。
容姿はあれだけど、最高の玩具…。
まぁ私の着せかえを楽しんでいる時点でこいつも私のことを玩具と思っている節があるのかしら…
急にこいつが私から離れて、別の布の山を漁り出す。
「‥これ、リルにすごく似合いそうだと思って。」
起き上がっていた私をまた押し倒して、服を着せていく。
「やっぱり…似合う。」
何度目か?うんざりしながら着せられた服のスカートを一瞥する。
古ぼけた色と質感のレースがたくさん付いたワンピースドレス‥生地は良さそうだけど、絶対に今の流行りじゃない。
ややこしそうなリボンとビーズの飾りもあちこちに……今、頭の隅がちくりとした。
何か見覚えが、いや、着覚えがある‥前にこいつに着せられた?でも、記憶にあるよりずいぶんくたびれて…
「これ、どうしたの?作ったやつ?」
「闇市で買った。リルにあげるから、ウィリアン様には内緒で…」
「これは、何の服?」
こいつが珍しく怯えた様な顔をしてる。でもどうでもいい。
「……没落した貴族の普段着が、闇市に流れてきたって言ってた。物は古いけど生地も良い‥古風な雰囲気がリルに合うと思って」
……着たことがある。私は、これを…‥。
花を売って母を支えていた頃。
春は良かった。旅人がたくさん通るから。でも冬は滅多に来ないし私も凍え死にそうになるから、闇市に潜り込んでいた。
でも私は闇市で盗みはしない。金持ちそうな人間を見つけて花を売る。一時期店に所属してた時もあるけど身体のことがばれたのと中にいる女達が
それに店にいて長々と安い金でやられるよりは建物の影に隠れてする方が客も興奮して金もあれも早く出してくれる。
誘われたら家まで着いていくこともあるけど、金持ちは変な性癖の奴が多いから、異様に目がぎらついてる奴は避けたかな。
とりあえず建物の隅で空き缶を置いて、孤児の振りをしながら客を見定めて…お金だけ入れてくれる聖人なんていないんだけどね。
ざっ、チャリンっ!
うとうとしていた私の耳に金の動く音が聞こえた。もしかしてこそ泥?
顔を上げたら、闇市にそぐわないキラキラした瞳の女が私の顏を覗き込んでいた。
「お嬢さん、これで足りる?細いのね…これで良いご飯を食べてね。」
「奥様!闇市に来るだけでも恐ろしいのに、こんな孤児に声を掛けるなど‥お止めください!」
お供を連れた、明らかに金持ちそうな家の女。ローブの下からのぞく服はださいけど、良いやつそう…しかも見る限り近くに旦那はいない。こんな子供に気安く声を掛ける時点で警戒心が薄く、きっと心が飢えている…
「奥様。ありがとう。でも私、もっと欲しいものがあって…」
「何々?もっとお金が欲しいの?」
「奥様!」
「優しい奥様のお家に行ってみたいです‥きれいな物とか、人が見たい。」
潤んだ瞳で、女の手を握る。女の瞳も潤みだして、もうこれで決まりだった。
「そう…苦労したのね。あなたみたいな可愛い子でもそんなひどい目に遭うなんて‥」
「いえ‥私が良い子にしなかったからいけないんです。父親は母に似た私を嫌っていましたし…」
半分真実、半分嘘のお涙ちょうだい話をこの女に聞かせると、女は何度もうなずいて大げさに涙を流した。私は泣いてないのに。
女の名前はミガルーナ・サインザス。貿易商を監督する裕福な貴族、サインザス家に嫁いできた三十歳の深窓のお嬢様。
ほとんど家に帰ってこない旦那を待ちながら闇市から遠くはないそこそこ広い屋敷で少ない従者達と暮らしていた。結婚して五年経つが未だに子供は無い。
「来てそうそうでこんな話‥頭が変だと思うだろうけど…旦那様がたまにしか家に帰ってこないのもあるけれど‥きっと…あの方には種が無いんじゃないかって‥私はそう思うの…」
クッキーとお茶を持ってきたメイドが扉から離れる気配を察した後、女はそう言った。
「変だとは思わないわ。逆にどうしてそう思うのかしら‥従者達にそう言われてきた?」
女ははっとした顔で私を見た。どうして解るの?って。
「……それに、きっとあの人、愛人がいるの。でも愛人に子供が出来たって話もきかないし。出来たら出来たで私を追い出すつもりなんでしょうけど‥そうなっていないのも種が無いおかげ‥なのかしらね?何か可笑しいわね。」
女はちょっと笑った。やっぱり頭はおかしいかもしれない。
「子供が出来ないのは旦那様のせいだって、はっきり言ってみれば?」
女は哀しそうな顔になって、クッキーをぱくぱく食べながら言った。
「この家の当主が、そんな事認めるわけがないわ。何かあれば全部女の私のせい…一番大切な仕事はおろか、経営もろくに解らない、馬鹿な嫁…」
恐らくこの家の人間達に言われ続けているであろう悪口を、青白い顔つきでぶつぶつと口の中で繰り返している…
最初見たときは世間知らずの楽天家の奥様かと思ったけど、想像以上に思い詰めていそうだった。
「…どうして闇市になんて来ていたの?貿易商を囲ってる貴族なら、大概の欲しい物は手に入るでしょう?」
女は潤ませた目を右往左往させた…
「ワトー…従者とは、たまには外へ出たいって、違う物が見たいって駄々をこねて来てみたんだけど…その…何か、心が楽になる薬みたいな物、買いたかったの…でもワトーは言いつけ通り私から目を離してくれないし…買えそうもなくて…そしたら、あなたが目に入って!その‥私と同じ表情をしてたから、気になって…」
同じ?身分も、境遇も何もかも違うのに、どういう事なのか私には解らない。
この女は、私よりずっと恵まれている…。
「私は、あなたの心を癒す薬になれるかしら?お話ぐらいなら、いつでも聞いてあげる…。」
何度か出入りして、金目の物を横流しするか。その算段を頭で捏ねながらすぐ目の前の女の阿保ずらを眺める。
「あなたが私の薬になってくれるのね?嬉しい…!私、ずっとあなたみたいな可愛い娘を持ちたかったの!」
…それから私は、ほとんど毎日屋敷へ通い詰めた。本当の親子、の真似事が私の仕事。
女が買った服を着て、クリーム多めのケーキに焼き立てのパイを食べながらおままごとをして、女の下手な絵本の朗読を聞きながら同じベッドで眠る日もあった。母の世話は医者が寄越した看護人に頼んで。
女がくれる金は医者に払う金を引いても充分に余った。
こんな楽な仕事で良いのか…この日々は、本当に自分がこの家の娘になったような錯覚を起こさせた。自分の母のことさえ、頭の隅に霞んでしまうほど…
ある昼下がり屋敷に入ると、女がいつもの様に出迎えに来なくて‥女の自室へ行くと女がベッドに臥せて泣きはらしていた。
「どうしたの?」
「…ひっ、リ、う‥リル、ティ、ーヌ…昨日の夜‥旦那様が帰ってきて…また出ていったけど‥家の人間が、あなたのことを言いつけたの‥そしたら旦那様、とても怒って‥もう二度とあなたを家へあげるなって…あなたの可愛さを伝えようと思って、この前私が描いたあなたの肖像画も見せたけどっ、駄目だった‥将来、いえ、明日にでもあなたを養子にするつもりよって、それもっ、言った、だけど‥そしたら、何度も殴られて…お前の役目は子供を拾うことじゃなくて、産むことだって‥嫌だって、言ったのに…無理矢理…」
ベッドから顔を上げた女は、殴られたせいで顔が膨らんでところどころ紫に変色して、涙がその瘤の間を縫う様に走っていく。
「こんな、さらに不細工にするなんて…最低な男。もう家を出た方が良いんじゃないの?…それより、私が先にお別れすべきね…」
だいたい稼がせてもらったし‥潮時だった。
「嫌!私っ、あなたとはもう親子なのっ…!あなたさえ良ければっ、そうよ!あなたのお母様も連れて私の実家へ帰りましょう!私の屋敷はここより小さいけど三人ぐらい大丈夫!父も説得するわ!だから……私を捨てないでっ……」
女は私を抱き締めて離さなかった…とても帰れそうな雰囲気では無かった。
現実的じゃない話を一人ペラペラと喋る様子は完全に気が狂っていたし、どうにかミガルーナが眠った後に抜け出して帰るつもりにしていた。
最後の豪勢な食事を堪能して、湯浴みに一緒に入ろうとするのをいつも通り強くたしなめ止めて、上がってきた私を逃がさないとばかりに捕まえフルーツを食べさせて、絵本を片手にベッドへ連れ去る。
「今日は何の本を読んであげようかしら?また新しい絵本を取り寄せたの!どちらも装飾が綺麗だけど‥どっちがより好きかしら!?」
「絵本はもういい‥私自分で小説を読むわ。」
「…そう……」
私が自分で持ってきていた小説を読んでいる間、ミガルーナは私の三つ編みをほどいたりまた編んだりを繰り返していた…。
きりの良いところまで読んだところで、ミガルーナの寝息が聞こえてきた。
「眠った‥…やっと…」
ミガルーナの腫れた顔にそっと口付けて、私はベッドを抜け出そうとした。
「…!どこへ行くの!?私の、娘っ!お願い、お願いよ…」
初めて出会った時とは反対に、ミガルーナは私の手を握り続けて離さなかった。
私は再びベッドの中へ引き戻される。ミガルーナの寝物語りは止む事はない。
「あなたが私の娘になってくれてから、本当に幸せなの…子供がいる日々がどんなに素晴らしいか、あなたは私に教えてくれた…親子の愛を…」
親子の愛…その言葉が頭を撫でられ、胸に顔を埋められながら私の中で溶けて消えそうになる意識を、無理に起こさずにはいられなかった。
「嘘よ…。だって私はあなたの娘じゃない。お金をもらっているから、演じているだけよ。」
「どうして、そんな酷いことを言うの?もう子供が産めないかもしれない私に…あなたまでそんなことを言って、この家の人間みたいに、私を傷付けるの?私は…私は…どうすればいいの…?」
醜い顔が蠟燭の薄明りでも分かるぐらいもっと赤く腫れて、鼻水まで出しながら嗚咽を続ける。
とても汚い…、でも必死にならないと生きていけそうもない、それは貴族であっても、なくても同じ…
「貴女に贈り物を、いえ、今まで貰った分を返すわ。その後で、私はここを去る。」
「返す…!?そんなの必要ない、私は、娘がいれば‥」
「そうね、娘を返すの。」
意味が分からない、と言いたげな瞳をじっと覗き込んで、口付けた。何、と叫ぶ為に開いた口に手繰り寄せたシーツの端を突っ込む。
そのまま暴れようとするミガルーナの上半身を残りのシーツでぐるぐると巻いて、下半身だけネグリジェの裾を捲り上げた。暴れる両脚の太ももに私の脚を全体重を掛けて乗せた。
下着をずらして、女にあるいくつもの穴を見つめた…私は、今までの客はみんな男で、まだ女とは寝たことがなかったけど…多分この穴よね。
色んな客と寝たせいで勃とうと思えばいつでも勃てる体質になった私だから、この後は何てない。
ミガルーナは割と大柄な女で、華奢な私。かなり身長と体格差があるのと、女が暴れるせいで、入れた後は暴れる馬を乗りこなす感覚に似ていた…。
男よりきつくなくて、何もしてないのにぬるぬるしていく。奥へ奥へと吸い込まれていく感覚がする…。
絶望に染まった、孤児みたいな目付きのミガルーナになって、暴れ馬は納まりつつある。
どうしよう?まだまだいけないし、後ろからするにしても体格差があるから多分届かない…正面からでも私の脚が疲れるし…男なら自分から動いてくれるけど、面倒ね…
私は思い切ってミガルーナの耳元に唇を寄せた。
「お母さん…お母さんが動いてくれないと、子供出来ないよ?娘、欲しくないの?」
ミガルーナの目尻にどんどん涙が溢れていく。真っ赤に腫れてる目を、彼女はぎゅっと瞑った後、激しく腰を動かした。ついには器用に自分の脚で私の脚を挟んで、落ちない様に固定してきた。
どんどん吸い込まれて溶ける感覚が増して、私はついに中で果てた。
苦しそうにもごもご言ってるから、シーツを取り去った。逃げようとするかなと思ったけど彼女は逃げずに私を抱きしめて、軽くキスしてきた。その後は、空が明るくなるまで私達は交わった。
ミガルーナが私の上へ跨って、激しく泣きながら踊ったり、私もお礼にちゃんと正面から入れて揺すったり、胸も揉ませて貰った。液が涙みたいになるまで、全て出し切った。可能性を上げる為に…。
「ありがとう…贈り物、大切にするわ…」
夜明けの光の中で、ミガルーナはさらに泣きじゃくった。
「…見れた様な顔じゃないわね。暗くて良かった。早く治さないと、もっと旦那様に嫌われるわよ。」
分かったわ、と彼女は微笑んで力なく手を振った。
朝食を、という声が聞こえたけど、今の私達の姿をメイドに見られる訳にはいかない。
あくまで生まれてくる娘は、旦那様の子でなければいけないから。
この屋敷の使用人達は怠惰だから、まだ誰も起きていない。私は堂々と玄関から出て、屋敷を振り返らず母の待つ家へ戻った。
闇市伝いの噂でサインザス家の奥様が子供を産んだときいた。とても可愛い女の子で、この地域でよくある茶色い髪と茶色い瞳らしい。只五年経ってから出来た子供なうえに旦那様は自分に似ていないと疑ったらしいけど、その頃の奥様は、いや今もほとんど屋敷から
出ることも許されず、男の影などなかった事から疑いは晴れたらしい。
さらに跡継ぎを欲しがったけど、結局その一人しか出来ずに、それでも待望の子供だということで一族では溺愛されているとか…
一度だけ、闇市で眠そうな子供を抱いて、何かを探している彼女の姿を見たことがある様な気がする。もちろん傍らには御付きの者を連れて。
大人びた眼差しと少しやつれた母の顏をした女は、いつまでも成長しない私とは反比例して、綺麗だと思った。
「リル…この服、着たことがあるの?」
ヘンリーの声で、ぼやけた記憶の湖から私は戻った。
「……そんな気がしてただけ。ある訳ないでしょ、貴族様の服なんて。」
「…‥‥そう。でもすごく、似合ってる。」
「この体勢でなければ嬉しい言葉なんだけどね?」
どんな格好をしていても、私は私で、誰かの上で揺られている事は変わらない。男であっても。女であっても。
それでも、奪ってばかりの私でも、人に何かを贈ることが出来たのかもしれない。
いつか‥シルバにも…その前に‥
「ヘンリー。何か欲しいものある?いつも服とか貰ってばかりだし。」
ヘンリーは珍しく目を丸くしてる。
「僕も貰ってばかりだ。これとか。」
私の脚を撫であげた…手つきがより厭らしくなる。
「そういうのじゃなくて、何か物とか?私あなたの」
…ミガルーナに言いたかった様な気持ちが沸き上がってくる。顔が…熱くなっていく。これは何?
「…分かった」
欲の湖に、頬の熱は消えていく。そこに何か、私の知らないものがある様な気がするけど…もう、どうでもいいわ。
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