魔法少女の条件

 朝、茜と麗が教室で「おはよう」と挨拶していた時、教室が少しざわついた。明が登校してきたからだ。

 茜と麗はすでに顔見知りだが、他のクラスメイトは知らないので上級生が入ってきた(年齢的には上で合っているのだが)と勘違いしたようだ。

「おはよう! 先輩!」

 茜が大きな声で挨拶した。

「クラスメイトなのに、先輩はやめて」

 片耳をふさぎながら、明は言った。

「じゃあ、明ちゃん!」

「……やはり、先輩でいいわ」

「そのやり取り、昨日もみたわ」

 麗がクールにツッコミを入れた。


 * * * * *


「こちらが、この度、新しく魔法少女になりました日向野明さんです」

 昼食を早く済ませ、茜と麗は明を連れて理事長室を訪れていた。

「ど、どうも」

 暗い表情で明は頭を下げた。

「そこまで緊張しなくても大丈夫。たいていのことは、麗から聞いているね?」

「はい」

「これから、よろしく」

 理事長が手を差し出し、二人は握手をした。

「ところでおじさま」

 三人がソファーに座った時、麗が切り出した。

「ん、何かね」

「明さんの自宅で化け物が現れたことは、どうお考えですか?あと、明さんだけが変身できたのも謎です」

「うーん。それに関してだが、私は日向野さんの説を支持するよ」

 麗は昨夜、あらかじめ理事長に事の経緯を電話で伝えていた。

「化け物の出現に関してはその仮説でいいとしても、私たちが変身できなくて明さんだけが変身できたのは不思議ではありませんか」

「今はできるのかい」

 と理事長が尋ねると、麗は「はい。この通りです」とすぐさま変身し、解除した。

「ふむ」

 彼は顎髭を触りつつ唸り始めた。

(おじさまは何か知っている)

 直観的に麗は思った。


 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

「さあ、教室に戻りなさい」

 渋々と麗は部屋を出て、茜と明もそれに従う。

 教室に戻るさなか、麗はずっと思案していた。

「絶対、おじさまは何か知っている……」


 * * * * *


 放課後、茜は明を連れて職員室にいる担任教諭の鈴木のもとへ向かった。

「じゃん。連れてきましたー。魔法研究会にいれてー」

「いや、あのさあ、小日向」

 鈴木はあきれ顔で言った。

「在籍メンバーを連れてきて、入会できるものじゃないんだよ。まだ部活動になっていないサークルとはいえ、ちゃんと希望用紙に書かないと」

 そういって、職員室の隅に置かれたプリント用紙を指差した。

「ああー、これかー」

 さらさらっと用紙に名前を書いて、鈴木に渡した。

「意外と達筆なのね」

 用紙に書かれた名前を見て、明が言った。

「へへっ。一応、書道習っていたので」

 茜は誇らしげだ。

「希望届だが、このサークルに定員はないから問題ないだろう」

 教師が言った。

「定員ってあるのですか?」

「ああ、人気のある部活動は定員がある。サークルは部活として認められていないから、そもそも定員がない」

「へえ。サークルが部になる条件ってなんですか?」

「メンバーが五人、顧問になってくれる先生が一人、その上で理事長の認印があれば部に昇格だ」


「部になるにはそのような条件があるのね」

 茜の話を聞き、多目的教室で合流した麗が言った。

「理事長のハンコは、私が頼めばなんとかなるとして、問題はメンバーと顧問よね」

「うん。麗ちゃんは入らない?」

「私は、一応茶道部だから、変えることはできないわ」

「そっかぁ」

 茜はしょげた。

「条件かぁ」

「ん、どうしたの?」

 麗のつぶやきに茜が反応した。

「いえ、魔法少女の条件が、わからなくて……、ずっと考えていたの」

「力が強い人とか?」

 茜は力こぶを作った。

「少なくとも私は、腕っぷしは強くないわ。可憐な少女ですもの」

 麗は凛として言った。

「じゃあ、精神の強さ!」

「それなら、私は変身できないでしょ……。メンタルよわよわなんだから」

 明が口ばしを挟んだ。

「何か、私たちが気づいていない、共通点か何かあるのよ。それがわかれば、おそらく明さんが変身した理由もわかるはず」


 その時、男女の入り混ざった悲鳴が聞こえてきた。

「でたな!」

「出たわね」

「めんどうだなぁ」

 三人は悲鳴の出処を探した。学園の裏口近くで、男子と女性生徒が抱き合ってへたり込んでいた。

 男女の手前には、阿修羅のように手が何本も生えた熊のような魍魎がいた。

 各々変身し、まずは茜が先制攻撃した。

「ファイヤー&ファイヤー」

 茜は無数の炎の矢を飛ばしたが、阿修羅熊はそれを掴み、消し去った。

「ギャ〇ック砲!」

 明はくっつけた両手を振り上げた。阿修羅熊の下にぽっかりと異空間が現れたが、すぐさま避けられ、異空間は閉じてしまった。

「麗ちゃん、どうしよう!」

「麗、どうする?」

 二人の問いに、麗は腕を組み、下を向いて、ぶつぶつと聞き取れない言葉を発しているだけだった。

「グォー」

 阿修羅熊は凄まじい勢いで麗のほうに突進していった。

「ちょっと、うるさいわね」

 麗は手のひらからシールドのような氷を出した。途端に阿修羅熊は凍り付いて動きが止まった。

「いまだ」

 すぐさま茜が氷像になった魍魎に蹴りを入れた。バキバキと割れ、崩れ落ち、黒いモヤが霧散した。

「やった、勝ったよ」

 茜が飛び跳ねながら麗の手をとったものの、彼女はまだ考え事を継続していた。

「条件って、なんだろう」

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