第一章

魔法少女の誕生

「あーかーねー、起きなさーい」

 階下から、母親の大きな声が聞こえ、小日向茜こひなたあかねは自室のベッドから飛び起きた。

 ドタバタと準備をして急いで食パンを咥える……という漫画にありがちな展開ではなく、茜は着替えることもなく、ゆっくりと階段を降りた。

 

 憧れていたハザマ学園に入学でき、ワクワクが止まらず毎夜制服を着てしまい、そのまま寝落ちしていた。

 ショートカットの後ろ髪が右に少し跳ねているが「これは寝ぐせではなく、トレードマーク」が持論なので直そうとはしない。

 

「また、制服着たまま、寝たの!?」

 茜の母は呆れていた。

「ふわぁ~。おはよう」

「いつまでも寝ぼけていないで、さっさと顔を洗ってご飯食べて、出かけなさい」

「ふぁーい」


 自宅から学園までは、自転車で三十分以上かかる距離にある。体力的には辛いが、憧れの学校に入れたので、精神的苦痛ではなかった。

 茜の家は田舎の片隅にあるが、学園はもっと田舎に存在する。自転車で走行中、田畑や山脈が見え、風光明媚といっていい。この景色と空気がたまらなく茜は好きなのだ。


「おはよう」

 校門の前後で同級生たちが朝の挨拶をしてきた。まだ入学して一ヶ月ほどなので、名前を憶えていない生徒も何名かいる。

 ほとんどの生徒はバス通学で、自転車通学の生徒は少ない。最寄り駅は遠く、そこからバスに乗車して通う生徒もいる。学園ができる前は朝夕と一本ずつの便だったのだが、学園設置にあたり、便数が増えた。


 駐輪場に自転車を置いた。

 教室に向かう途中、優雅に歩くロングヘアの後ろ姿が見えたので、声をかけた。

「おはよう」

「小日向さん、おはようございます」

 彼女はクラスメイトの五月女麗さおとめれいだ。こんな田舎に似合わないくらい都会的なお嬢様然としている。学園長の親戚という噂がある。


 * * * * *


 三時間目、数学の時間になった。数学は担任の鈴木の受け持ちだ。彼は筋トレが趣味の二十代後半の独身男性である。

「授業の前に席替えするか」

 という提案の元、急遽席決めが行われた。

 鈴木は背広ポケットからスマートフォンをとりだした。どうやら、アプリを使用して、席決めをしているらしい。


 抽選の結果、茜は五月女の隣席になった。

「よろしく」

「よろしくお願いします」

「五月女さんは、部活動決めた?」

 茜が聞いた。

「まだなの。選定中で」

 “選定”という言葉使いが彼女らしい。

「私はね! 魔法研究会にしようと思うの」

 茜が目をキラキラと輝かせて言った。魔法研究会は昔からある同好会だが、部活動には認定されていない。

「素敵ね」

 麗は否定することなく、微笑んだ。笑みもクールビューティだ。


 * * * * *


 放課後、茜は魔法研究会の部室を探していた。

「あれれ、どこだろう」

 挙動不審に校舎をうろついていると、

「用がないなら帰りなさい」と男性教師が注意してきた。

「あの、魔法研究会を探していて」

「魔法研究会? ああ、それなら部室はないよ。メンバーも、卒業して、現在はたった一名しかいない」

「ええ!?」

 愕然としていると、男性教師は改めて「わかったなら、帰りなさい」と言った。

「あの、そのメンバーの方はどこに?」

「彼女なら学校に来てないよ。いわゆる引きこもりだ。一年留年しているから、君たちと同じ一年生だな」

「そ、そんなぁ……」


 茜は悄然と歩きながら駐輪場に向かった。

「ききき、お、お、おしえて、ききき」

 どこからともなく、奇天烈な男の声が聞こえた。

 不思議に思い、辺りを見回すと、校舎の陰になったところで男が立っていた。

「きききき」

 男は再び奇妙な発声をしていた。

「ききききききき」

 じわりじわりと近づいてくる。茜は気持ち悪さで逃げ出そうとしたが、彼の顔をみた瞬間に腰を抜かし、その場にへたり込んだ。

「ヒィ」

 か細い声で悲鳴をあげた。男の顔は目も鼻も口もない、のっぺらぼうだった。

「きき、お、お、おし、ききききき」

 のっぺらぼうが手の届きそうな位置まで近づいてきて、何かを振り上げた。


 鈍い音がして、茜は倒れこんだ。ハンマー状のもので殴られたようだ。

「ききき」

 男は相変わらず意味不明な言葉を発している。

 刹那、どこからか謎の声が聞こえてきた。


『立ち上がりなさい』

(……)

『立ちなさい。あなたは魔法戦士です』

(マフォクシー?)

『それはポ〇モンです。――あなたは魔法戦士です。立ちなさい』

(無理だよ……。血もいっぱい出ているし、こんな化け物……)

『いま、力を授けます。立ち上がりなさい』


 鼓動がドクドクと脈打ち、熱くなってきた。光が身体のまわりを包み込み、懐かしく温かい摩訶不思議な感覚に陥った。

「あたたかい」と呟いた途端、茜に変化が起こった。

 ショートカットの髪は紅く染まり、制服は赤を基調とした不思議なコスチュームになっていた。そして、茜の周囲には炎のような赤い光が渦巻いている。


「わ、私……。ほのおタイプのポ〇モンになっちゃった」

『違います。魔法戦士です』


「ききききき」

 のっぺらぼうが再び殴りかかってきた。

「えいっ」

 茜は蹴り上げた。のっぺらぼうは10mほど飛ばされた。

「あ、勝てるかも」


『今です。必殺技を出しなさい』

「どうやって?」

『大きな火の玉を投げるイメージをするのです』

「藤川球児みたいな感じ?」

『あなたのお父さんは野球が好きなのかな。それはともかく、早くイメージして投げなさい』


「こうかな」

 茜の手からソフトボール大の炎の塊が出てきた。

「くらえー」と投げた。

 のっぺらぼうの顔に見事当たり、爆発した。「きえー」と断末魔を叫び、黒煙となって化け物は消えていった。


「やったー!!」

 戦闘が終わると、変身は解けていた。

「やっぱり、この学園の噂は本当だったんだ!!!」

 化け物を倒したことよりも、噂を体現できたことが嬉しくて、茜は叫んでいた。

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