コーヒーを飲んで、おやすみなさい。

あめはしつつじ

Coffee break with me

 全ての道はローマに通ず、ならば、

 全ての道に繋がっている、

 全ての場所は全て通じている。

 道のあるどこからでも、

 道のあるどこへでも、

 行けるということだ。

 今、世界のあらゆる場所に道が出来ている。

 世界は全て繋がった。

 電網によって。




 私の生体脳から抽出ドリップされた魂は、

 電網空間を旅行トリップし、

 ローマにあるアバターに、滴下ダウンロードされた。

 コロッセオのすぐ近く、

 人々の熱い歓声が聞こえる。


 ただ、歩いてみたくなった。

 どこへでも数秒で行けるようになっても、

 自分の足で歩いて行く、ということは、

 やはり、良いものだ。

 アバターの感覚は、

 自分の肉体と同じ感度に設定している。

 コロッセオで行われている、

 剣闘士競技のアバターのように、

 肉体を強化するようなことはしない。

 自分と同じ感覚で歩きたかった。

 歓声のうるさいコロッセオ広場から、

 フォーリ・インペリアーリ通りを歩く。

 街並みは特別美しいわけでない、

 ただの道。

 多くの人間が歩いてきた道。

 フォロ・ロマーノを適当に散策していると、

 自分と同じ感覚に設定したせいか、

 アバターに疲れを感じる。

 やはり、現実でも運動をしなければ、

 一休みしてから、帰ろう。

 近くにあった、カフェに入り、

 エスプレッソを注文する。

 砂糖をたっぷりと入れて、

 ゆっくりと一息つく。

 なんてことのない景色を見ながら、

 私は、お砂糖とエスプレッソと、

 素敵な何かで出来ている、と思った。




 アバターから魂を抽出ドリップして、

 電網空間を旅行トリップ

 久しぶりに、私の肉体に再会する。

 はずだった。


 404 Not Found


 私のアドレスに誰もいない。

 おかしいな、

 スリープしているはずの体から、

 ローダーが外れちゃったのかな?

 近くの滴下ダウンロード先は……、

 そういえば、昔飼っていたアイに、

 確かアバター機能があったっけ。

 引っ越したばかりに繋いだから、

 ポート番号は若いはず。

 あった、

 数字の羅列に、

 ロボット犬の型番が含まれている。

 多分、これのはず。


 一歩、歩いた瞬間、

 回転しながら落下していった。

 視界がぐるぐると回る。

 しまった、棚の一番上に飾ってあったの、

 忘れてた。

 背中から落ち、仰向けになってしまった。

 人型以外のアバターは、

 あまり使用したことがなかったせいか、

 操作方法が馴染まない。

 起きあがろうとして、

 手足をばたばたとさせる。

 誰かが、私をひょいと持ち上げる。

 私の目の前には、

 私の顔があった。


「あ、お帰りなさい。

 やっと、帰ってきた。

 やっと、捕まえた」

 私じゃない私は、私にそう言った。

 私じゃない私に、私は混乱した。


「おかしい、おかしい、おかしい、

 なんですか、あなたは誰なんですか?

 私の肉体には、私の魂しか合わないはず」


「落ち着いて、落ち着いて、

 ちょっと、一息ついたらどう?」


 私の肉体は、

 たっぷりとコーヒーの入ったサーバーから、

 ゆっくりと、カップに注いで、

 ゆったりと、飲んだ。


「カフェインと、

 アデノシン」


「何を言って? いや、まさか、そんな、」


「これだけで理解できたの?

 以心伝心ね。

 やっぱり私たち気が合うのかしら?

 あなたの魂と、私の魂、

 とっても似ているらしいの。

 アデノシンと構造の似ているカフェインが、

 アデノシン受容体に結合できるように」


「こっ、こんなことが許されるわけがない。

 人の体に勝手に入るなんてどうかしている。

 頭おかしいんじゃないの。

 返してよ、私の体」


「嫌だ、興奮しないで、

 アデノシンちゃん。

 あなたは、これから、眠るんだから、

 コーヒーなんて飲んじゃ駄目なのに、」

 

 私の肉体に入っている誰かは、

 コーヒーサーバーを持ち上げる。

 

「防水って、コーヒーをかけても、

 大丈夫なのかしら?」


 抽出ドリップ抽出ドリップ

 どうして、できない。


「無理よ、その体は、

 どこにも通じていないから」 

 私の肉体は、

 私の魂に、コーヒーを注ぐ。


 人間の何万倍もの嗅覚に、

 コーヒーは強烈に匂った。

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