第550話 北の謀略⑩

 成長は喜ばしいことであり、忌むべきことではない。だが、それが常に幸運の切欠になるとは限らない。今回は少年が半ば躁状態になっていることもあって、『4つ橋』の戦いにさらに大きな波紋を投げかける事件を引き起こすこととなる。


 勝手に敵兵へ向かっていくジョウの後を、渋々と娘たちはついていった。流れと雰囲気に飲み込まれたことと、曲がりなりにも従者、庇護者である彼を無視することがためらわれたからだった。


 先ほどの『黒龍』の一撃が未だにのしかかっている『ルッサ』兵は、魔人が消えても守備の構えをとったままで、こちらへ迫る少年一行に対してもすぐさまに臨戦態勢をとった。


「おし、ここらでいいだろ」


 不意に少年は立ち止まり、四方八方からの当惑と敵意を浴びながら、胸を張り大きく叫んだ。


「『黒龍団』のジョウだ! いいか、『疫病』がヒャンナたちのせいなんて真っ赤な嘘だぜ! それが分かんねえ奴は俺がぶっ潰す! 『エスセナリア家』の代表はこの俺だ! 文句は俺が受付っぞ!」


 困惑だけが広がった。はそれぞれに異なるが、共通するのは後半部分の主張が意味することが明らかに狂っている事であった。


「えっと、君………ジョウ………氏?」


「おう、どうしたヤイト」


 両親と姉以外に許されない呼び捨てを受けても、次女は憤慨をだけに留めた。


「どういう意味なのかしら?」


「あん?」


「いや、今のよ」


「どうもこうもねえだろ、俺がお前らの《(頭)》になるんだ。そうすりゃ安全ってもんだぜ」


 ジョウの中では微かな矛盾すら生じていなかった。たちを守るためには兄たる自分が矢面に立つのが最も確実である。しかし、まさか今日から自分が兄だなどと戯言を吐くわけにはいかない。であれば、これが最良の選択だった。


「だからお前らは俺の言う事聞く、『避難所』でゆっくりしてろ。んで、『4つ橋』を元通りにしたら呼ぶからよ。あ、だからヒャンナ、この魔法はもう外せよ?」


 少年の温かい好意を受け、娘たちは感激してその通りにする………はずがなかった。


「何を言ってる痴れ者!」


「学がないとは思ってたけど………ちょっと馬鹿すぎない?」


「一体どうしたのだ?」


「な、なに、なに………?」


 口々に猛抗議が始まった。元領主たるもの、一時とはいえ従者の下風に立つなどあり得ない。さらに、彼の提案はどう見ても『エスセナリア家』の名を利用するためのものとしか映らない。庇護の意志が確固たるものであると見なしていたヒャンナとマキシーにしてから、実は『擬態』であったのではと疑念する程だ。

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