第18話 子竜は世界に触れた

 カラフィナは輝く瞳で紋章を眺め、実際に指でつついたりしていた。引っ込み思案だった妹とは、容姿も性格もまるで違うのに、ジョウは一瞬彼女が蘇ったと錯覚しそうになった。


「ほら、離れてろ。ちょっと出してみるからよ」


「今ですか?」


「前みたいにぶっつけ本番じゃ危ねえだろ?」


 ヨムは頷き、カラフィナの肩を掴んで下らせた。ジョウは、『黒豹の狂戦鬼パンサー・ウールブヘジン』を使わせたことといい、何かしらを隠している様子といい、心からの信は置けないと思っている。だが、少女への態度と、先ほどの謝罪を見る限りは、悪人とも断じることはできない。


「出でよ、『大竜晩成ティランノ』」


 子竜の紋章が光り、刻まれた時と逆再生の動きで、その手に輝く札として姿を現し……砕けた。


「キャウッ」


 子猫、よりは大きい程度の子竜が現れた。おぼつかない二足歩行で、羽根は飛ぶという機能を果たしているようには見えないほど小さい。下半身はぷくりと丸く、二本の角と爪、牙がかろうじて鋭角だ。潤んだ目はせわしなく動き、周囲のものへよたよたと興味津々に近づいていく。


「か、かわゆいのう!」


 カラフィナはヨムから逃れ、『大竜晩成ティランノ』を抱き上げた。大人しくしていたのは最初だけで、子竜はすぐさま手足をばたつかせ、少女から逃れようと暴れ出した。


「危ないですよカラフィナ様」


「心配しすぎじゃ、こんなかわゆいのに……あたっ?」


 噛みつかれて、思わずカラフィナは子竜を手離した。傷はないものの噛まれた手には赤い跡が残っている。


「ほら、ちゃんと消毒しないと」


「大丈夫じゃ。それよりもっと抱っこしたい」


「もう、ジョウさんも、しっかりしつけをしてください」


「え、しつけできるのかよ?」


 純粋に疑問だった。魔法で出来た生物、言うところの魔人である。犬猫のように接するのが正解なのだろうか。子竜はというと、蝶をおいかけて走り回り、無意味に羽根を羽ばたかせて、時折転んでいた。


 カラフィナが性懲りもなく近寄っていったが、先程の抱きかかえられたのが嫌だったのか、子竜はとことこと逃げ出していく。足の速さ比べは中々接戦のようだ。


「ジョウさん、体調は平気ですか?」


「ん? あ……」


 召喚型は魔力を多く消費するという言葉を少年は思い出した。『黒豹の狂戦鬼パンサー・ウールブヘジン』の時、激痛に加え疲労が意識を刈り取ったのだ。


「今頃聞くことじゃないけど、魔力ってなんなんだ?」


「基本的には、体力と同じものです。使うと疲労感があるのも、そのためですね」


 意外な答えだった。魔法、ひいてはそれを成す魔力は神秘に満ちたものだとジョウは考えていたからだ。

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