第16話(改)

 ずっと避けていた兄であるサレナ・ブラックとの遭遇。


 すかさずこの場から離れようとするも抵抗虚しく捕まってしまい、今二人はとある喫茶店の中にいる。


 互いに無言、そしてそれぞれが浮かべる表情がまた対照的だ。


 仮面を外しはしたものの、俯いたままのリリィに対し頬杖をつきながらニコニコとしているサレナ。


 兄妹という関係であるにも関わらず、この場の空気は死んでいた。


「………ねえマイシスター?」


「…………」


 沈黙だった。

 サレナの呼びかけに対して全くの無反応。


 リリィからすればこうやって一緒に喫茶店に来た事自体も容認出来ない事なのだ。

 今の彼女は拗ねた子供のように、とても面倒くさい存在となっている。


 そんな妹の様子にサレナは困ったように頬に手を当てつつ考えている。

 その様子は妙に色気があるというか、余りにも女性的な仕草だった。

 まあ男なのだが


 少しの間の後、サレナは呼び方を変えてみる事にした。


「………ストーカーちゃん?」


「ストーカー言うな!」


 バン!と勢いよくテーブルを叩きながら声を荒げるリリィ。

 あ、とつい反射的に反応してしまった事に気まずさを憶えながら顔を逸らす。


 サレナからすれば、反応が返ってきただけでも充分だったらしい。


 ウェイトレスが飲み物を持ってきたので、二人はそれぞれ受け取る。

 口に運ぼうとグラスを傾けながらサレナはニヤニヤと嫌らしく笑う表情を見せる。


「マイシスター、今はさっきの彼の家にいるんでしょ、確か」


「………流石にバレバレであるか」


「そりゃあね。君の事だから無理矢理連れ込まれてたなんて事はないかなとは思ってたけどね」


「…まあ」


「流石にマイシスターがあそこまで拗らせてるとは思ってなかったけど、周りが見えてなさすぎだよさっきの尾行モドキは」


「むむむ」


 反論のしようがないまっとうな意見に唸る事しか出来ない。

 これまでの彼女の行動を省みてしまうと、それはもう欲望に忠実だったとしか言えないものばかりである。


「…私を笑うか?」


「まさか、そんな事しないよ。むしろ心配してるんだ……お兄ちゃんだからね」


「……はっ、兄か」


 リリィはせめてもの抵抗と言わんばかりにサレナを睨む。

 笑みを浮かべるばかりの彼女の兄は今この時だってのらりくらりとするだけだ。


 素直になれていない反抗的な妹と、構いすぎて鬱陶しがられている兄。


 そう見えるのかもしれない、今の二人は。


 長らく家出をしていた妹を、連れ帰ろうとする兄のようにも見えるのかもしれない。


 だが、そうじゃない。

 少なくとも、リリィ・ホワイトという少女は、そんな関係性は違うと断ずる。


 出自上での兄と言える存在。

 ただ、それだけである。


 彼女の中に、親愛とそれに類する感情なぞ、持ち合わせているつもりはない。


「…兄上」


 今後の事をはっきりさせようと思った。


「どうしたの?」


「私は戻らないぞ。絶対に、アラタ殿と一緒にいる」


「……ふーん、そうなの」


 はっきりと言い切ったリリィに対し、サレナの顔から表情が消えた。

 そんな彼の無機質さが見えたのは一瞬だけだったが、気が付けばまた、何時も見せている表情を作っている。


「つまり、って事なんだね?君は」


 サレナのその言葉に、リリィの表情は歪められた。


「そうか……そっかそっかー、私が見繕うまでもなくマイシスターは自分で探したかったと、そういう事だったんだ」


 サレナの表情に喜色の色が浮かぶ。

 これまでの彼女の行動が全て納得出来たと、そう言わんばかりだった。


 兄が何に納得しての発言だったのか、容易に察する事が出来た。


 だから、たまらずにリリィは叫んでいた。


「違う!」


 そうじゃない。


 


 彼に惹かれたのだ、ご飯を恵んでくれたことがきっかけで

 それから一緒にいさせて貰って、彼の人となりを理解していって、まっとうに彼を―――


「違う訳でもなくない?」


 リリィの否定を遮るように、サレナの落ち着いた声が重なった。


「二日かな、三日かな?たったそれくらいじゃん。君達が一緒だったのって」


「―――け、けど、好きになるのに時間は関係ない、筈で…」


「それでも限度があるよ。人間ってのは言葉でそんなことを言う以上に、他人との関わりに時間を掛けるものだ」


「そんなものは!兄上の考えってだけではないか!私は―――!?」


 手元で倒れたコップから飲み物の中身が溢れ、テーブルから足元へと広がっていた。

 感情的になって立ちがってしまい、そしてその声は店内へと響き渡っていた。


 向けられる幾多の視線。

 あまりの剣幕にオロオロとしているウェイトレスの女性。


「…熱くさせ過ぎちゃったね」


 飲み干して空になったグラスをテーブルへと置く。


 サレナは平然としていた。

 感情の揺れも何も感じさせない平坦な声だった。


「お店、出よっか?変に注目されちゃってるから」


 気遣うように、そう声を掛けてきたサレナは、立ち上がるとそのまま会計へと向かっていった。

 リリィは立ち尽くしたまま、戻ってきたサレナに声を掛けられるまで呆然としていた。


 違う、そうじゃない、ずっとそんな言葉ばかりが繰り返されていた。


 これは、普通の恋なのだ。

 普通の人間がやってるものと同じ、出会ってから、二人でいっぱい話し合って、最後には結ばれる。


 絶対にこの感情は、そうなるように仕向けられたものではないのだ。


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