第8話
目覚めてからも、リリィを背負ったまま歩を進めていたアラタだったが、流石に彼女も少し気にしていたのだろう。
「ここからは自分で歩ける」と言いながらアラタの背から離れた。
「細いようで、案外重たかった」
「女性に対して言う感想かそれは。デリカシーないのである」
ご尤もな指摘だった。
思ったことを素直に言い過ぎた事には少し反省しておこう。
個人的には役得であったと思えた事もある。
腕にひっついて来た時も思ったが、背中に伝わる感触からしてリリィは結構、立派なものをお持ちのようだった。
まあ、口には出すまい。出したら何言われるか分からないので。
「ところで、結局どうするんだ?」
「どうするとは?」
「家、確かないとか言ってたろ。一晩をどこで明かすんだって話」
「む、あー……」
あんまり考えたくない事を思い出してしまったような、苦虫を噛み締めたような表情を浮かべているのかもれいない、仮面で分からないが。
更に言えば兄とやらが探しているとも言っていたので、実際に家がない訳ではない筈だ。
彼女としては戻るつもりが一向にないと言った所である。
「まあ、どうにかなるのではない?大丈夫大丈夫」
「当てのなさそうな君が言っても説得力がないんだよ。二日前から飯も食ってなかったんだろう?これまではどうしてたんだ」
「いや、普通に路地裏で野宿というか」
「は?路地裏って…流石にそれは危ないだろう」
身なりはしっかりしており、仮面を被っているが顔立ちもそう悪くなさそうな少女が一人路地裏で…危機感がないのかものかと呆れてしまう。
衛兵による巡回が行き届いていると言ってもそれはあくまで表通りの話だ。
職にあぶれた浮浪者や、暴漢といった不届き者が全くいないという訳ではないのだ。
「危ない?……確かに私を襲おうとした複数の男共に囲まれた事もあったな」
「なに、おい、それって」
「まあ全員ぶっ飛ばしてやったぞ、ふふふ」
「ぶっ飛ばした」
両手で作った握り拳を胸の前でグッと構えながらながら笑い混じりに言った。
特にどうとでもない事のような、彼女自身も気にしている事ではないようだった。
ぶっ飛ばす?言葉の綾などではなくか。
アラタはリリィの姿を今一度じっくりと見てしまう。
その視線に気づいたリリィ。
疑われている、とは思っていないのか何故か誇らしげに胸の前で腕を組んでみせた。
『私、そこらの傭兵よりは強いと思うぞ?試してみる?」
「……いや、遠慮しとく。まあ、お前が大丈夫そうなら別にそれでいい」
本人がそう言うならそれでいいか。
アラタは深く考える事を一旦止める事とした。
折角の飲み会の後の余韻だ、もっと気軽にいたいと思ったのだ。
「それで、アラタ殿よ。何故、城壁の前まで来ているのだ?家に帰ると言っていたのでは」
「ああ、そりゃもちろん壁上に行こうかなって思ったからだ」
「何故に壁上……警備中の兵に見つかれば面倒ではないか、それ」
「気にするな。それに今回が初めてじゃないし」
そう言って、気兼ねもなく壁上へ続く階段を上っていった。
今日は警備の兵が見えないな、ラッキーだ。
えぇ、常習犯…?と少し困惑したような声が出ながらも何やかんやとアラタに付いて行くリリィ。
「そして到着、と」
「兵士の一人とも会わなかったのである」
「多分今は人員を交代しているタイミングじゃないかな。だから一時的に人が見当たらない。まあ、それも十分程度の事だし…すぐに降りるさ」
誰にも見つかることなく二人は壁上へと到着していた。
20メートルはあるであろう全長の壁から見える風景は案外広くは感じさせないものだ。
彼方まで霧が覆っている。
大地も草木が積もる森さえも、何もかもが白く隠されている。
どの辺りにあったかなと、ふと小さい頃にあった筈の風景へと思い耽る。
一面に広がる畑があった、農家の人々の一軒家があちこちに建っていて、畑作業はきつかったが、皆笑顔は絶やさないようにしてなかったっけ。
当たり前のように手伝いをして、時間が来たら休憩をとって、両親と一緒に用意したご飯を食べて……。
「…アラタ殿?」
「―――何だ、リリィ」
「ここには気晴らしで来た訳ではないのか?」
城壁の上から自然と外の景色を眺めていたアラタの顔を覗き込むように、リリィは彼の懐に入りこんで見上げていた。
「苦しそうに見える顔をしておる」
「そうか?昔を思い出してただけだよ」
そう応えるアラタの顔をジッと見つめ続けるリリィだったが、彼の懐から離れるとそのまま隣に立ち直した。
彼と同じように外の風景を眺めていた。
「……良い思い出だったのか?」
「子供の頃の、怖いものを何も知らない時の事だからな……良いというか…幸せ、だったのかもしれない」
「そうかー…なら、良かったのではないかな」
リリィは自身の着けている仮面に触れていた。
「心を暖かくする事が出来る思い出があれば、きっと辛い時の支えになる」
「なってるのかな…」
「なっておるよ。そうやって思い出せてる限りは」
励ましてくれていると彼は感じていた。
アラタの見せた様子に思う所があったのかもしれない。
リリィは不思議な子だ。
子供っぽい、無邪気であると思わせながら、こうやって相手の心に触れてくるような思慮深い部分も見せてくる。
無一文で腹を空かしていた変質者から、大分印象も変わってしまった。
「……はは」
リリィを見て、アラタは思わず笑っていた。
それを見た彼女はキョトンとした様子で首を傾げた。
「何故笑う?」
「会った直後の君の姿を思い出してた。これも多分、良い思い出になるのかもしれないな」
「……それはぁ、ちょっと忘れてくれても構わんぞー…?」
「いいや、忘れないさ」
この出会いは悪くなかった。
彼女の事は、きっと友人と呼べるのかもしれない。
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