第6話(改)

 第三生産区域、食事通り。

 人々の娯楽区域の一つの食料供給が安定し、また交易遠征による少なくない量の様々な食材の輸入は城塞都市という外界と隔絶された中でありながら様々な食のバリエーションを生み出している。


 日々の疲れ、鬱屈となりかねない状況の中で疲弊していく心には浴びる程の酒を、胃を鷲掴みする程の美味い飯を


 人が生きていくのなら、それだけあれば十分だ。







 結局のところ、アラタはこの訳ありであろう仮面少女と共に酒場に行く事となった。


 家の場所を聞いてみれば「家なぞないぞ」の一点張り。


 家族が心配するんじゃないかと聞いてみれば


「兄のような奴はおる。恐らく今も必死に探してるかもしれんが私は嫌いなのでどうでもいい」などと言う。


 その兄とやらは多分泣いてもいいと思う。


 その後も様々な理由で帰らせようとするが首を横に振るばかり、挙げ句の果てに腕にくっ付いて離れないときたものだ。


 何でこんなに懐かれるんだとアラタは訳が分からなかった。


「ろ、ローブ姿で分かり難かったが結構あるだと…?」

「何言ってんのだお主」


 混乱の余り接触時に思わず吐き出してしまった言葉に対して、逆に冷静なツッコミが少女から繰り出される始末である。これは解せない。


 ともかく、アラタはある意味では女を侍らせて、サシ飲みのつもりで待っている友人アックスの下まで向かうのだ。


「ま、まあ…アックスなら分かってくれる」

「楽しみであるなぁ」


 少女を腕に引っ付けたアラタを見たアックスはそれはもう凄い形相だったとか。




 合流した直後は「お前…女連れ…!さっきまで遊んでましたってか…!?お盛んですねぇ…!!」などと見てられない様子だったが、三人で囲んでいるテーブルの上にジョッキにいっぱいのエールが三つ届いた時点で落ち着く事が出来たらしい。


「とりあえず女っ気がこれまでなかった生き急ぎ野郎に祝福をかんぱあああい!」

「うおー!かんぱーい!」

「何だその音頭は」


 色々とツッコミ所があるが一旦は置いておこう。

 アラタ、仮面少女、アックスの三人は互いのジョッキをぶつけ合った。


 そのまま三者同様に並々とあるジョッキのエールを口に含み喉を通し、一気に胃袋へと流し込む。

 そして、一気に呷った三人は勢いのままテーブルに空のジョッキを叩きつけた。


 ―――うめえ。


 言葉は不要か?不要だったわ。


 それから一時の間は他愛のない会話と食事を楽しむだけだった。


 当初はどうなるかなと思っていた初対面同士の少女とアックスも、あっという間に打ち解け、今や酒の飲み比べのような事になっている。


 アラタも最初は少女の事で頭を抱えていたが、酒が入るにつれて結構どうでもよくなっていた。


 やはりここの酒場で食う鍋は絶品だな、何よりダシが染み込んでる。


 アラタはこの店自慢の肉団子に舌鼓を打ちながら、二人の飲み比べを眺めていた。


 何杯目かになるであろうエールを飲み切った少女は、一つ大きく笑うと、そのまま流れるようにテーブルへと突っ伏す。

 寝息が聴こえ始めた。


「いやぁ、笑った笑った」

「酒でキマってたなアックス」

「はは、よせやい」

「褒めてるように聴こえたか…?」


 アックスも笑い疲れたのか、一息つくように椅子に座り直し飲みかけのエールに口を付けていた。


「まさかこんなに飲むとはなあこの子、明日大丈夫か…?」


 アラタは隣に座る少女の寝顔を見た。

 まあ、顔の鼻辺りから上は黒いのっぺりとした仮面のお陰でどんな表情をしているのか分からないが


「…お」


 良く見れば仮面が少しずれている。

 テーブルに突っ伏した際の衝撃で動いたのだろうか。


 形の良い眉毛、気持ち良さげに閉じられた瞼を覗かせていた。


「まつ毛長いな」

「と言いながら、つい触れようとしてしまうアラタであった」


 横から挟んできたアックスの声、アラタは止まった。

 無意識が彼女へと伸ばそうとしていた手がそこにはあった。


「…仮面を戻してやろうとしただけだ」

「仮面というか、手はもっと上の方に向かってたがな」

「……うるさいな、別にいいだろ触っても、髪の毛くらいさ」

「開き直るの早いなおい。」


 発言だけ聞けばただの変態だな!と笑いながらエールを飲むアックスを睨みつけるが、仕方がない、否定が出来ないのだから。

 止めていた手は再び動き出し、少女の黒髪をゆっくりと撫でていた。


 それに対し身じろぐ少女だったが、寝息はそのままで気持ち良さげに見えた。


「随分と気を許したんだな、アラタ」

「そう見えるか?」

「見えるとも。一定の相手を作ろうとしなかったのはお前だろう?長くつるんでるのも俺以外にいたか?」

「いないな。後にも先にもそういった俺の友人はお前だけだろうさ、アックスさんや」

「あらやだ、好感度高めな感じ?そんな事言われたら惚れちまうようっ」

「惚れんなよ?最低限、性別からやり直せ」


 互いに笑みを向けあった。

 気兼ねのない、如何にもくだらないやり取りだった。


 だが、これが心地よい。

 酒も入って気が緩んでいるのもあるが、張り詰めていたものが少しずつ抜けていっているような、そんな気がしていた。


「けど、やっとお前の友人関係にも広がりが見えてくるんだなぁ…お兄さんも感慨深いぜぇ」

「兄貴面はノーセンキュ。この子は…何か違うんだよな」

「違うとは?」

「ほっとけないというか、目が離せないというかな」

「ほうほう、ラヴか」


 ガタイのいいアックスが胸の前でハートマークを作った両手を見せてきた。

 とりあえず空になったジョッキをアックスの頭へぶつけてやった。


 頭を抱えて悶絶しているアックスを特に気にした様子もなく、アラタは話を続ける。


「この子とは今日会ったばかりなんだ。しかもだ、自己紹介さえしていない」

「いつつ……いやいや、それであのくっつき具合だったのかよ。いやまあ…お前顔はいいもんなあ」

「そういうんじゃないさ。まあ、昼飯を恵んだ事で懐かれたかな、とは思ってるけど」


 アラタとしては些細なきっかけでしかない出来事だった。

 少なくとも昼飯で肉串二本程度恵まれた程度で相手を無条件に好きなるような事にはならないだろうと思っている。


「…ま、細かい所はいいさ。少なくとも、この嬢ちゃんはお前を慕ってる」

「何でだろうなあ…」

「知らねえよ…けど一日だろうが一年だろうが関係ないんじゃないか、人の縁ってのは突然だ」

「……はは、語るねえ」

「酒のせいだ、ほっとけ」


 大量に飲んだエールのせいで顔は真っ赤だ。

 言葉だってたまにおぼつかないモノになっている。

 今のアックスはただの酔っ払いだ。


 だからこそ、酔いが冷めた時にはこのやり取りも憶えているかどうかは、分からないが


「アラタ、お前に惚れ込む女がいて、お前もそれを悪く思ってないのなら、やめておけよ」

「……それは関係のない話だ」

「あるさ、お前は、お前が認めた相手のことを疎かにするような人間じゃない」


 急に素面になったかのように、アックスはアラタへと伝えた。

 他の席の客の騒音も、煩わしさも、今は何も感じることはなかった。


「霧の世界に挑もうなんてすんなよ、犬死になんて事になっちゃ、この嬢ちゃんも悲しむかもしれんしな」


 きっと、この言葉はアックスが俺へと伝えたい本音なのではないだろうか。





 

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