第5話(改)

 人は感情の値が一定を超えると壊れてしまうらしい。

 アラタはそれを実感していた。


「うおぉおおおん」


 眼の前でむせび泣きながら肉串に齧り付くを少女を見ながら


「それは大袈裟だろ」


「だってぇええ、これが優しさ、これが肉串、あったけえぇええええ…!」


「人の優しさに飢えた獣だったか…」


 往来の邪魔になると感じたアラタは肉に齧り付いたままの少女の手を引き、近場の公園まで移動した。


 人々の憩いの場として多く利用されている場所である。

 此処でなら誰にも迷惑はかけないだろう。


 適当な草場に二人で座ると、アラタもやっと一息がつけた心地だ。

 隣に座らせた少女は変わらず肉串をはむはむと食べ続けている。


「えぐぇぐ」


「いい加減泣くのはやめろよ」


 露店での言い合いの様子からでも分かっていたが、この少女は感情表現がオーバーではないだろうか?


 アラタもつい笑みを浮かべていた。

 手の掛かる子供の世話をしているような、ほっとけないと思わせる少女だ。

 気まぐれからのお節介だったが、落ち着くまでは一緒にいてみようと思った。




「……ごちそう、さまでした」


「ああ、落ち着いたようで良かったよ」


 手を合わせながらしっかりと噛みしめるように呟く少女。

 一口が結構小さかったからか食べるのに時間が掛かりつつも二本とも食べ終えることが出来た。


 余程、空腹で苦しんでいたのだろう。

 涙でびしょ濡れだった目元も延々と続くのではと思った泣き声も、食べている内に少しずつ引いていった。

 むしろ食事を始めて半ばに差し掛かる頃には無言で食べる事にのみ集中していた。


 その間、アラタはただただ彼女を見守っているのみであった。

 口に含む速度に飲み込む速度が追いついておらず頬を一杯にする姿を見てハムスターみてえ、と思ったのは内心にのみ留めた感想である。


 食べ終えた今はお腹を満足そうに擦る少女、一息をつきながらその余韻を味わっていたが、アラタの視線にやっと気づいたと言わんばかりに姿勢を正すと、彼と向き合って開口一番。


「お恵みをくださった慈悲の君。これからは御主人様とお呼びすればよろしいか」


「肉串如きで重いわ」


 それは見事な土下座であった。

 気品のある姿と相まってミスマッチ感が半端ないものだった。


 だがそんなものを求めちゃいなかったのでアラタは土下座をすぐにやめさる。

 ただでさえ食べてる時の様子で悪目立ちしていたのだ、周囲の人の目が痛い。


「いや、私の感謝の気持ちは本物だぞ?なんなら二日分の空きっ腹を救ってくれた恩があるのだ」


「二日も食ってないって一体どうしてそうなったんだ」


「ふっ、知りたいのであるか……それは語るに長く、そして面倒臭く…」


「ならやめておく」


 アラタもそこまで深く聞くつもりは元よりない。

 ちゃんと聞いてくれないのかとプンスカとしている少女を傍目に、何となしにアラタは空を見上げる。


 日が傾き始め、空には茜色が帯び始めている。


「…もう夕方かぁ」


 思ったよりもこの少女に付き合ってしまっていたようだ。


 その場から立ち上がるアラタを見て、仮面の少女もそれに合わせて一緒に立ち上がった。


「……俺は帰るけど?」


「そうか!」


「お前も流石に家に帰ったら」


「お主に付いて行くぞ!」


「何でだ」


「ご飯をくれたので、お主は良い奴だと判断した!」


「基準が野良の犬猫レベルなんだが」


「わん!」


「犬だったか…」


 いや、どうするのこの子。

 アラタは困惑した、これから友人アックスとの待ち合わせなんだが、流石に一緒に連れていくのはない。


 そもそも、何でこんな子が一人で市場通りにいたのか。

 身なりは富裕層のそれだというのに二日も飯を食っていないという状況は、どうも厄介事の気配しかない。


 勘弁してくれ、とアラタは愚痴りかける。

 今はフリーなのだ、至上の目的があって日々頑張っているが、時には息抜きだって必要なのだ、人間だもの。


 だからこそ、というか彼女を引き連れ続けた結果、彼女の親にでも目を付けられたら今後の傭兵家業にも支障をきたすかもしれない可能性も…。


「それは駄目だ!」


「ひぇっ」


 アラタは固く決意した。急に叫びだす成人男性にビビる仮面を被った変質少女。


 絶対に帰って貰う、こちらのお節介事業もそろそろ閉業だ――――!!







「―――はっはっは!もういっぱーい!」


「おー!いいねえお嬢ちゃん!飲みっぷりぱねえ!」


「そうかぁ?そうだろう!これからは絶世の呑兵衛と呼び給えよワハハハハっ!」



 ―――いや、無理だったわ。


 とっくに出来上がった二人組少女とアックスを尻目にガツンとテーブルに突っ伏す。

 哀れなり、アラタは己の押しの弱さに負けたのだ。



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