第3話

 アラタは第三生産区域にある市場へと足を運んでいた。


 今日の昼飯はどうするか。

 朝を抜いていた分、空腹の感覚が酷い。


 第三生産区域と呼ばれるここはニヒトの生産を全て担っている。

 武器や防具の鍛造、生活用品の販売、加工した食料品もまたここで作られ

 大市場にて多くの人々の間で売り買いがされている。


 今回赴いた目的は食事である。

 加工された食料品が並ぶ傍ら、歩きながらでも食べられるような料理を提供する露店もまた並んでいる。


「おじさん、肉串2本くれ。おっきい奴な」


「はいよ。ちょっと待ってな」


 甘辛い香りを漂わせるタレが染み込んだ大きめに切られたブロック状の肉。

 それが四つ付いた肉串。

 シンプルだが、それがいい。こういうのは好きだ、食べやすいし。

 銅貨を数枚渡し、目当てのそれを受け取りながら軽く会釈する。


 歩きながら一本の肉串にそのまま齧りつき、アラタは人混みの中を歩き自宅への帰路へ着いていた。


 今日の仕事は既に終わった。

 早朝から午前中にかけての守備兵との共同警備だ。


 手持ち無沙汰の傭兵などいない。

 常に何かしらに都市からの依頼によって駆り出されている。

 当然だ、人手は幾らあっても足りない訳であるし

 戦闘力という面においても期待されているのが傭兵という職の人間だ。


 軍に馴染めない、規律を嫌う者達が―――まあ、それ以外の理由の者もいるが

 縛られている事を是としない者達が多い、

 アラタにとっては、傭兵とならねば駄目な理由があった訳だが


 突然、鐘の音が鳴り響いた。

 この音は知っている、城門が開かれる時に鳴らす鐘の音だ。


「交易団が戻ったのか」





 要塞都市「ニヒト」の3箇所ある門の一つ

 第三生産区域と繋がる南門は開かれ、複数の馬車を引き連れた集団が入門する。


 南門から続く道は鉱山都市と呼ばれる街とを繋ぐ交易路となっている。

 今回のキャラバンは、主に武具で必要な鉱石を取引で扱う集団であるのだが


「………えらく、ボロボロだな」


 アラタと、彼と同じように交易団の様子を見ようと南門に集まってきた人々はざわめいていた。


 交易団の護衛を任されていた傭兵、荷物を運ぶ馬車や商人たち。

 その誰もが何かしらの傷を負い、蓄積された疲労もあってか、その足取りは重い。


「おいおい、今回の交易団って結構な規模じゃなかったか?」


「ああ。護衛依頼を受けた傭兵も結構いた筈だけど…少ないよな」


 交易団の様子を眺めながら話す二人の男の会話にアラタは耳を傾ける。


 霧の中に入りこむ行為は危険だ。

 だが、危険だからと言って内に引き籠もっていられる程、現状は優しくない。

 食料や木材など賄える資材もあれば、他所でないと供給出来ない資材もまたある。

 今回の場合、それは石や鉱石といった石材であり、こればかりはどうしようもない問題だった。


 だからこそ、命がけだろうと行われるのがこの交易団を率いた遠征。

 都市から離れられない守備兵に代わり選りすぐりの傭兵が護衛としてつき、目標の街との取引を完遂させる。

 やらねばならない、少なくとも誰かがやらねば我々はいずれこの城壁や戦う力を維持できずミストに滅ぼされる事となるのだから


「あ、いた……おーい!アックスー!」


 アラタは彼等交易団の集団を眺めていると、とある護衛の傭兵を見かけたので声を掛ける。

 彼の声に気づいたその男、アックスは応えるように手を上げアラタの傍まで来た。


「アラタか、1年ぶりだな」


「ああ、久しぶりアックス。そろそろかとは思ってたけど…こうもボロボロな姿を見る事になるとはね」


 遠征前に自慢していたおニューだったらしい軽装鎧は損傷が激しく、右の肩当てがなくなっている。

 彼の愛用していた盾も見当たらない、戦いの中で損失したのだろうか。


「大変だった…と言うレベルじゃなかった。何度か遠征には参加してきたが…」


「…やっぱり、何事もなくなんて事はないか」


「そりゃそうさ。ミストの襲撃が、これまで見た事ないような程の規模だった」


 進み続ける交易団を傍目にアレックスは大きな溜め息を吐く。

 霧の中では突然現れるミストの対応を常に追われるのは護衛となる傭兵達だ。

 進んでる最中だろうと、休憩を取り、足を止めている間であろうと関係ない。

 ミストは来る、襲い続けてくる。


「今回は半数ほどだな。戻ってこれたのは」


「半分…元は800人規模だったよな、確か」


「ここまでの規模の被害は数年ぶりだろうさ。まあ、物資だけは何とか守り抜いたがね」


 現状奴等に対して有効な対策も確立されていない。

 交易団護衛は命がけであり、被害を被ることも前提で隊は組まれている。


 遠征の周期も年に一度のものとしている。

 たった一度だけだから、その規模もまた相応に大きくなる。


「ま、俺は生き残れた。それでよしとする」


「それな。せっかくだし後で飯行こうぜ?アックスの奢りで」


「俺が奢るんかいっ……しかたねえ、別にいいぜ?今回の報酬もあるしな。それじゃあ日没の鐘がなる頃にいつもの酒場で落ち合おう」


「了解。それじゃ後でな」


「おうよ」


 そしてアックスは交易団の集団に戻っていく。

 彼は数少ないアラタの友人だ。今回は生き残ってくれて嬉しく思う。


 遠征は四割戻ってくればマシ、六割でも戻れば上々と言われている。

 恐ろしい話だ。人の命もまた消耗品のように扱わねばならない。

 だがそれでも志願する傭兵はいるものだ。

 その莫大な報酬に目が眩んだか、もしくは使命感の為かは分からないが。







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