第11話:陽毬と映画館①
今日も俺はスタジオの溜まりになっているところで牛丼を食べながらスマホの画面を見ていた。
「ではでは、来月の『タマにはゆルリと!』公開収録イベントのゲストを発表しまーす! ゲストは、なんと! どぅるるるるるるるる……」
画面の中では、
「……
『知ってたwww』『もはや2人の番組』『安定のひまりん』『888888888』と、文字が流れていく。
「はい、ということで、なんと! まさかの! 陽毬ちゃんでした〜!」
玉川さん自身も意外性のなさを分かっているらしい。『なんと』『まさかの』を逆に強調してコメディにしている。
「いや、ていうかディレクターさん、陽毬ちゃんにこの番組乗っ取らせようとしてませんか? 絶対渡しませんからね! この番組はあたしのホームなんだ!」
『
「まあ、ということで、今日は『どんなイベントにしていくか?』の企画会議をこの方を呼んでやっていきたいと思います! 今日のゲストは……はい、どぅるるー、北沢陽毬ちゃんですー」
「こ、こんにちは! 北沢陽毬です!」
陽毬が入場してくる。「ドラムロールが短すぎますね!? やる気ありますか!?」みたいな気の利いたツッコミを入れる余裕はないらしい。そりゃそうか。
「陽毬ちゃん、よろしく〜」
「は、はい! よろしくおねがいします!」
「イベントでやる企画、カラオケは決定してるんだけど、陽毬ちゃんカラオケは結局あの後行った?」
「はい、行きました!」
「あの後に?」
にやにや笑う玉川さん。
「え? あ! 元々行ったことあったんですよ!?」
「はいはい。それでどうだった? カラオケ」
「そ、それなんですけど……。こんなこと先に言うのもなんなんですけど、あんまり歌は得意じゃないみたいでして……」
「え? でも、キャラソンとかやってなかったっけ?」
「
「え? なんだって?」
「え?」
『???????』
その場にいる & 画面のこちら側にいる全員の頭の上に『?』が浮かんでいる。そりゃ何言ってるか分からんだろうな。玉川さんなんかラブコメの鈍感系主人公みたいになってるし。
「あ、なので、キャラクターが歌が上手だったら上手に歌えるというか上手に歌うことになると思うんですけど、わたし自身は上手いわけではないので……」
「情報量増えてないんだけど……」
「あれ、えっと、そうですか……?」
「…………」
「あ、えっと……」
「………………まあいいか!!!」
見つめ合っている間に、玉川さんは陽毬から何やら恐ろしいものを感じたらしく、やけに元気に話を切り替える。
「とにかく他の企画を考えよう!!」
「わ、わかりました!」
引きつった笑顔みたいな雰囲気。
「えっと、今回ね、イベント会場が映画館なんだよ。だからすーっごく大きいスクリーンもあるんだけど、そういうの使う案とかあるかな?」
「へえ……映画館ってステージとかあるものなんですか?」
「あ、うん。試写会とかやるようなシアターだからね。あ、だから、みんな飲み物とかポップコーンとか買って入れるから楽しみにしててください!」
視聴者に教えてくれる玉川さん。
「ちなみに陽毬ちゃんは映画館でポップコーン食べる派? それともトイレ行きたくならないように飲み物も買わない派?」
「えっと……え、映画館ですよね? はい、ぽっぷこーん、はい……えっと……」
「おっと? これは、もしかして……」
「行ったことあるんですよ!?」
「行ったことないやつだった!!」
玉川さんは『捕まえた!!』という感じで笑う。
「でも、どうして? 陽毬ちゃんオタクだったらアニメ映画とか観に行かないの?」
「小さい頃に一回だけ連れてってもらったことはあるんですけど……ただ、配信とか円盤化するまで待ってることが多いです……」
「へー、映画館苦手なんだ?」
「わたしというよりは、れ……親友が、ちょっと」
「え、そうなの?」
玉川さんの表情が一転、心配そうな顔になる。
「じゃあ、親友さんもイベントくるの難しいかな?」
「どうなんでしょうか……。瑠璃さんも来てほしいですか?」
「え!? べ、別に!? あたしはどっちでもいいんだけどね!?」
「? どうしてそんなに否定するんですか?」
陽毬が不思議そうに首をかしげる。
「あ、あたしは単純に陽毬ちゃんがいつも話してる友達だから陽毬ちゃんが呼びたいだろうと思って……。そう、あくまでも陽毬ちゃんが呼びたいと思ってその気持ちに寄り添っただけで! そんなに変な流れじゃないと思うんだけど……。……ねえ、あたし、変だった?」
「すごく変です」
「うおお……陽毬ちゃんに変って言われた……色々な方面で凹む……」
胸を刺されたようなジェスチャーを玉川さんがした頃。
「
「はい!」
師匠の
整音の作業をしている時に、
「大蔵さん、ちょっといいですか?」
俺は違和感を伝える。
「ここで鳴いてる鳥、えっと、なんていう鳥なんだろう……、とにかくその鳴き声は春先にしか聞こえてこない鳴き声です。作中の季節は秋なので、差し替えの必要があるかもしれません。ちょっと調べてみます」
俺はPCを叩き、入れ込んでいたデータ名からその鳥の名前をシジュウカラだと知り、『シジュウカラ 鳴き声』で検索をかける。
「なあ、上原」
「はい?」
PCから顔を上げると、師匠はじっと俺を見ていた。
「上原、お前、鳥に詳しいのか?」
「いえ、そんなことは全然……」
「じゃあ、なんでその鳥が春先にしか鳴かないって知ってる?」
「その鳥……今調べたらシジュウカラっていうみたいなんですけど、シジュウカラが春先にしか鳴かないんじゃなくて、その鳴き方を春先にしかしないんです」
「そっちの方が鳥に詳しく聞こえるけどな……」
「えっと、それがどうかしたんですか?」
「いや、改めてとんでもないやつを弟子に取っちゃったな」
大蔵さんは嬉しそうに、でも少し呆れたように微笑む。
「でもまあ、それが分かるようになってからだな」
「はい?」
「普通になる必要はないけど、普通を理解しないと、普通の人に刺さるものは作れないんだ」
大蔵さんに言われたのはどういうことなんだろうか、と考えながら電車に揺られて駅まで帰ると、改札を出たところで
「伶くん!」
と声をかけられる。陽毬だ。
「配信お疲れ様」
「うん、見てくれてありがとう」
少しだけ2人の間に沈黙が横切る。
遠くで走る軽自動車のエンジン音、帰り道を知らせる電話をする女性の声、虫の鳴き声、革靴の足音、スニーカーの足音、ヒールの足音……。
「……今日は映画館に行こうって言わないんだな?」
「だって伶くん……映画館は、無理でしょ?」
陽毬は申し訳なさそうに呟く。
「ちっちゃい頃映画館に連れて行ってくれた時、倒れちゃったもんね」
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