第8話:陽毬とカラオケ①

れいくん!」


 夜11時。


「やっぱり来たか」


 5つ下の幼馴染・北沢きたざわ陽毬ひまりは焦った顔をして俺の部屋の扉を叩いた。


 今日も陽毬の出演した配信を見ていた俺は、


「わたしと」「カラオケ」「に行ってください!」


 彼女の発言を先回りする。


 ……いや、俺が「カラオケ」って言うのを分かって完璧なタイミングで「に行ってください!」を言うあたり、陽毬にも先回りされてたってことか。


 しかし、自分が先回りしたことにも気づいてない様子の陽毬は、すがりつくように、俺のデスクの脇にしゃがみこみ、デスクから目から上だけを出して俺を見る。


「伶くん、いつ行ってくれますか……?」


「えーと……」


 俺はカレンダーで予定を確認する。


 陽毬が出演したのは今日も、先輩声優・玉川たまがわ瑠璃るりさんのニコニコ生放送番組『タマにはゆルリと!』だ。そろそろ2人で番組を立ち上げればいいのでは?


 そういえば、水着回のOVAの後、収録で会った玉川さんとこんなやりとりがあった。


「ていうか、上原うえはらさんって、陽毬ちゃんの配信って毎回必ず見てるんですか?」


「いきなり話しかけてきて、どこからの『ていうか』ですか……。まあ、そうですね、タイムシフトになっちゃう時もありますけど」


「ふーん?」


 意味ありげな視線を送ってくる玉川さん。


「……なんですか、そのなんか嫌な視線は」


「いえいえー? ただ、やっぱり過保護だなーと思って」


「保護っていうか監視っていうか見張りっていうか……不安なんですよ、あいついきなり暴走しかねないから」


「はいはい、『あいつは妹みたいな存在』おつです」


「乙って……。ていうかそんなこと言ってませんよ」


「だからそれはそれでやばいんですって。どっちでも犯罪です」


「何もしてませんけど。どうしたんですかいきなりめっちゃ絡んできて」


「あー、それは、なんというか、えーっと……」


 もじもじとする玉川さん。なんだ?


「じゃあ、陽毬ちゃんが出てる限りはあたしの配信も見てくれます? その、2人で番組立ち上げるとか……」


「そうなりますね」


「うひゃー、即答ですかあ……。光明が見えたような複雑なような……」


「はい? なんですか、僕が見た方がいいんですか? ……あ」


「あ?」


 気づかれた?みたいな顔をしている玉川さんに、気付いたことを突きつける。


「ストレスボールみたいなやつ、配信見てた方が気付きやすいからってことですか?」


「あーーーーー!!!!」


「ちょっと声大きいですよ!? 喉大事にしてください」


「ま、まあ? そういうの関係なく呼びますけどね? 番組ディレクターが陽毬ちゃん推しなんで。あーあ、どこかにあたしを推してくれる人はいないもんですかねー?」


「番組の視聴者がいるじゃないですか」


 推しってそういうことでしょ、ということを言っただけなのだが、玉川さんが「うわー……」と呆れ顔を見せてきた。


「上原さんって、音響監督志望なんですよね? 脚本、セリフの裏までちゃんと理解して読んでますか?」


「唐突に辛辣なダメ出しやめてくださいよ……」


 あの水着を買いに行ったりストレスボールを渡したりしているうちに、なんとなく距離が縮まった気がする。


 そんな彼女と陽毬の今日の配信もまた、盛り上がったというかなんというか、かなり不思議な雰囲気だったな……。


* * *


「それでは、次は! 『コーナー募集』のコーナー! ぱちぱちぱち〜」


「わあーぱちぱちぱち……! ん、コーナーのコーナーのコーナー……ですか?」


「『コーナー』一個多いね! はい、天然JKは放っておいて、説明します!」


『天然JKwww』『ひまりんの扱い草』『頑張れ瑠璃ちゃん!』などのコメントが流れていく。


「こちらのコーナーは、次回の公開収録イベントであたし玉川にやって欲しいコーナーを募集するコーナーです〜」


「ああ、それでコーナーのコーナーのコー……。コーナーのコーナーですか」


「言い直したせいでもっと増えてるからね? はい、そしてこれが事前にアンケートでルリメイトのみんなの希望を集計したものです!」


「るりめいと?」


「こほん」


 ルリメイトはこの番組の視聴者の呼び方だが、なんとなく気恥ずかしかったらしく、玉川さんは陽毬の疑問をずっとスルーし続けている。


 フリップを取り出して、玉川さんは続けた。


「まず、3位は……じゃじゃん! 『お祭りゲーム』!」


 そして、3位のところを隠していたシールをめくり、進行台本に視線を落とす。


「推薦コメントもありますね。『夏にちなんで、お祭りっぽいゲームで高得点を目指すのはいかがでしょうか。浴衣姿の瑠璃ちゃんを見れたらという下心もあります』だって。あたしの浴衣姿とか需要あります? ちなみに、陽毬ちゃんはお祭りだと何する?」


「お祭り……お祭り……えーっと……そうですね……お祭り……?」


「いや、長考! そんなに悩むことかなあ!?」


「あ、すみ、すみません………! えと、えと……お祭りなので、メイド喫茶とかですかね?」


「メイド喫茶……?」


 眉間に皺を寄せる玉川さん。


「え、メイド喫茶、有名なものですよね? アニメでいつも見ますけど……」


「多分それ、文化祭だね!? しかもメイド喫茶はアニメの中の定番であって実際はそんなにやらないんじゃないかな? いや、ていうかそれは現役JKの陽毬ちゃんの方が詳しいかもだけど! ていうかそうじゃないんだ、夏祭りの話なんだよね! あー、どうしようツッコミポイント多い!」


「あー、夏休みですね! れい……親友と行ったことあります! 親友がお祭りで飲むビールは美味しいって……」


「し、視聴者のみなさんご安心ください! 陽毬ちゃんの親友さんは成人してます! あたしが年齢確認済みです! この間会わせてもらったんです!」


 慌てた玉川さんが急いでフォローを入れると、『親友を紹介する仲なんだ』『親友の正体瑠璃ちゃん……ってコト!?』などのコメントが流れる。


「ていうか、成人してからってことは結構最近に行ってんじゃんか、お祭り……」


 小声&低い声で玉川さんが言い、陽毬は「??」と首をかしげている。


「もうなんか怖いから次行きましょう……。2位は……『アニメクイズ』!」


「いいですねそれ!!!!!」


 陽毬が立ち上がらんばかりの勢いで前のめる。


「うわ、いきなり大きい声びっくりした……! アニメクイズ好きなの?」


「はい、小さいころ、よく、れ……親友と出し合いっこしました! すぐにわたしの方が強くなりましたけど。よければ今出しましょうか?」


「は、今?」


『は』って。


「はい! 瑠璃さん、『アイドル宇宙戦士 リリカ』はご覧になりましたか?」


「昔見たことあるけど……」


「では、『アイドル宇宙戦士 リリカ』から出題です!」


「あ、やるんだね……」


「第23話『敵と呼べる相手ひと』、リリカを守るミミが歌った曲の名前は……」


「分かった! 『かたき』!」


 タジタジみたいな顔しておきながら、玉川さんは結構ノリノリだ。いい人だなー。


「……ですが、この曲の1フレーズだけ、リリカ役の東条とうじょうしずくさんがハモリを担当しているフレーズがあります。どこのフレーズでしょう?」


「めっちゃマニアックだな!? そんで、どうしてこういう時だけそんなにハキハキスラスラ喋れんの!?」


「タイムオーバーです! 正解は2番サビの『あなただけが敵だった』でした!」


「ああ、うん……。ちょっと悔しい……」


 そして、配信は進み、第一位の発表となった。


「第一位は……『カラオケ』! んー、やっぱり来ちゃったかー。あたし、歌は修行中の身なんだけどなあ。陽毬ちゃん、カラオケは行く?」


「し、知ってるんですよ?」


「あ、うん、知ってるのは前提で聞いてるんだけど……」


「本当ですよ!? れい……親友の家にあります!」


「お? 雲行き怪しいぞ?」


「マイクにカートリッジを入れて、歌うんですよね?」


「いや、それはカラオケじゃなくて…………えーと、なんだそれは!?」


 配信を見ながら呆れ笑いが浮かんだ。


 我が家にあるそれは、e-karaイーカラという、家庭でカラオケが楽しめるマイク型のおもちゃだ。歌が大好きなうちの母親が俺を産む前に買ったもので、暇な時に陽毬と一緒に使ったりした。


「今度写真撮ってきますね!?」


「うん、なんかそれは普通に気になる」


* * *


 次の週末。


 陽毬と連れ立って、うちの近所のカラオケ店にやってきた。


「わたし、自分で歌入れるからね! 伶くんは手出ししないでね!?」


「ああ、分かった」


 歌を入れるより前にすることが色々あるのだということを、陽毬はまだ知らないのだ……。

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