【連載版】ぼっちからいきなり声優に抜擢された幼馴染が心配だ。〜配信で話してた「親友と〇〇した」系のエピソード、全部俺との話だよな?〜
石田灯葉
第1話:陽毬とスタバ①
「
夜11時。
5つ下の幼馴染・
「ああ、見てたよ。生配信」
デスクに座って仕事をしていた俺は、サブディスプレイを指差して応じた。
どうやって入ったんだ、だなんて今更なことは尋ねない。
生まれた頃からマンションの隣の部屋に住んでいる陽毬はこうして昼夜問わず
元々は陽毬の両親が共働きのため、仕事から帰ってくるまでに何か困ったことがあった時のために、自由に
「どうしよう伶くんー……!」
「別にどうもしなくていいんじゃないのか?」
「そうはいかないよおー!!!」
わめきながら、俺のベッドにダイブし、赤面を隠すみたいに枕に顔を埋める陽毬。
「うううううう」
枕に吸音されても届いてくる、よく通る声に、俺は今日の彼女の出演した配信番組でのやりとりを思い出していた。
* * *
今日陽毬が出演したのは、先輩声優・
極めてオーソドックスな、ゲストを呼んだり呼ばなかったりして、他愛無い話に花を咲かせたり、ちょっとした企画ゲームをやったりするような番組だ。
陽毬が今、悶絶しているのは、あのやりとりのことだろう。
「陽毬ちゃん、JKってやっぱり放課後にスタバとかで友達とだべったりするのー?」
「す、スタバ……も、ももももちろんですんっ!」
「あはは、ですんって! もう始まって30分経ってるのにまだ緊張してるじゃん! スタバって言えば、あたし、新作とか出ててもいつも同じの頼んじゃうんだけど、陽毬ちゃんは結構新しいのトライするタイプ?」
「スタバ、、、スタバでは、その……あ! し、シロノワール! シロノワール食べます! いつも!」
「シロノワール……?」
『ん? 聞き間違いかな?』
とばかりに眉間に皺を寄せる玉川さんのその仕草を、
『え、あんなでかいの一人で食べてんの?』
と解釈したらしい陽毬は、
「ひ、一人じゃないんですよ!?」
と、若干変な言い回しで弁解する。
「その、一人じゃ食べきれないんですけど、れい……親友がいつも半分手伝ってくれるんです! それで、食べてて……美味しいですよね、シロノワール」
「え? あ、うん、そこじゃなくて……」
「はい?」
「シロノワールって……スタバじゃなくてコメダじゃない?」
「…………ああいうコーヒー屋さんのこと、全部スタバって言うんじゃないんですか?」
一瞬の沈黙の後、玉川さんは「まじか、今時本当にこんな子いるの!? 天然記念物じゃん!」と爆笑していた。
* * *
「伶くん、配信見ててどう思った……?」
枕に頬をあてるようにして、涙目で俺を見上げる陽毬。
「ゲーム機を全部ファミコンっていうおばあちゃんみたいだなあとは思ったけど」
「おばあちゃん!!!」
また「恥ずかしいいいい!」とわめきながら枕に顔を
とはいえ、配信的にはむしろおいしい展開だった気もするし、別に誰も傷つけていない。
何をそんなに気にすることがあるんだろう、とは思うものの、
「絶対、エックスかっこ旧ツイッターでめちゃくちゃ笑われてるよお……」
彼女にとっては全国の皆さんの前で醜態をさらしたという感覚らしい。
……『
「これまでもなんとかなってるじゃんか。大丈夫だろ」
「これまでも、って、こんな失敗何回もしてるのがやばいじゃん!」
まあたしかに、今回のことが初めてではないのだ。
この間は、ゲーセンの話をしていた時に、
「えー陽毬ちゃん、今度プリ撮りに行こうよー!」
「ぷりとり? ですか?」
「え、プリ知らない? JKなのに?」
「あーえっと……?」
「いや、うそでしょ! 写真撮ってくれる機械だよ!」
「ああ! はい、事務所に入る時に履歴書に貼るやつ撮りました! れい……親友に連れて行ってもらいました!」
「それ証明写真だね!?」
という会話があったり。
その前は、
「普段どこで服買うの?」
「さあ……? あ、今日は衣装です」
「え、『さあ……』って何?」
「え、いつもおか……」
あさんが、と言いかけてやっと気づいたらしく、
「おか……『おかむら』とかで買いますね」
と謎の店名を口にする。(『しまむら』から着想を得たと思われる)
「おかむら……?」
とはいえ、そんな存在しないチェーン店の名前で誤魔化せるはずもなく、画面いっぱいに「??」が流れた直後。
「あ!」
「あ?」
「ゆ、ユニクロです!」
時間差で超メジャーな服屋の名前を思い出したらしい陽毬が「?」の弾幕をかき消すように大きな声で言う。
「その前に聞いたことないブランドのこと言ってなかった?」
「言ってません! それに、ユニクロなら、れい……親友と一緒に行ったことがあります! 雨が降って服が濡れちゃった時に、着替えを買いに!」
「そんな状態にならないと服買いに行かないんだ!?」
という会話があったり。
そして、その親友というのはいつも俺だ。彼女は少なくとも俺の知る限り、俺以外に友達と呼べる間柄の人はいない。
どうして陽毬がそんなに世間知らずなのかというと、それは、ずっと漫画か小説かアニメを読んで(見て)いる
高校にはほぼ毎日通っているから引きこもりではないが、起きてから家を出るまでも、通学中も、仕事場への移動中も、帰ってきてから寝るまでも、そのほとんどはエンタメの摂取に捧げられている。
小さい頃、俺の家でケーブルテレビのアニメチャンネルをずっと見ていた陽毬が、
「ねえねえ伶くん、わたし、世界中の
と言うので、この世界にある物語作品を一生かけたら見切れるのかを計算したことがあった。
が、しかし、計算するまでもなかった。
当然、どんなに頑張っても全てのアニメ・漫画・小説を摂取することは不可能だ。
その答えを導いた時の陽毬の絶望にかげる顔は、いまだに忘れられない。
それから彼女は、かけられるほとんどの時間をエンタメの摂取にあてるようになった。
そんな彼女がどうして声優になったかというと、異例のスカウトがきっかけだ。
陽毬が特に熱心に見ていたシリーズの映画の上映記念で、監督とのリモート座談会イベントがあった。監督が作品についての一通り語ったあと、参加者が一人一問まで質問を出来るというものだ。
陽毬の順番が回ってきて、彼女が声を発した瞬間、
「どうして
時が止まった。
画面の中で監督は目を丸くして、数秒の沈黙があり、視聴者や参加者が回線の不具合を疑ったころ、監督がゆっくり口を開く。
「……あなたの連絡先を事務局づてに教えてもらうことは出来ますか?」
その質問のセリフと声が今ちょうど作っている次回作の新規ヒロインのイメージにあっているということで、配信直後に連絡があり、オーディションを受けて、あれよあれよという間に新人声優としてデビューすることになったのだ。
オーディションに向かう陽毬に俺は少し驚いていた。彼女は『見る専』だと思っていたから。
「陽毬、声優やりたいのか?」
そう尋ねたことがある。
「うん! だってね伶くん、声優さんってすっごいと思うんだよ! 普通だったら絶対に生きれなかったような人生を体験できちゃうんだもん! 西洋風ファンタジー世界の魔法使いにもなれちゃうし、平安時代に陰陽師に可愛がられている化け猫にもなれるし、オーディション番組で負けたら処刑されるアイドルの卵にだってなれちゃうの!」
「最後のはなりたいかちょっと微妙だけどな」
でも、そう話す陽毬はとても輝いていた。
小さな頃から、テレビにかじりついて、「こんな世界にいけたらいいのに……!」だなんてよく言っていたから、夢が叶った心地なんだと思う。
そういえば、彼女が小さな頃に『将来の夢』に書いたのは『物語の中の
だから、陽毬のことを応援したい気持ちは大いにある。
が、しかし、令和の声優さんが避けて通れないのが……。
「だいたい、人とお話するのが苦手なんだよお!」
ラジオ、ニコ生配信、試写会イベントなど、
しかし、生粋のオタクであり、『普通の日常』を送っていない陽毬はそもそものコミュニケーション能力が低い上に、女子高生に求められるトークが全然出来ない。
オタクトークなら出来そうなものだが、彼女はあまりにも物語至上主義であり、ネタバレを出来なかったり、個別の作品名を出すのが
そして、ほぼ毎回の配信で失敗(あくまで彼女的な失敗だが)をした後、いつも陽毬は俺に頼んでくる。
「伶くん、もうこういうことないように、スタバ一緒に行ってくれない?」
俺を誘って、その体験をしようとするのだ。
「分かったよ。明日でいいか?」
「本当!? ありがとお……!」
彼女は「それでは、明日の朝に集合でよろしくであります!」と
ということで、翌日、急行で隣(鈍行なら4つ先)の駅のスタバにやってきた。電車でわざわざ、とは思うものの、俺たちの最寄り駅の近くにはスタバがないんだから仕方ない。
陽毬はまだ駆け出しの声優なので、ファンに街で会うということもあまりないが、もしも誰かにあったとしたら、
「陽毬、緊張しすぎだろ」
「キンチョウナンテシテナイヨ?」
陽毬は右足と右手を一緒に出して、左手と左足を一緒に出して歩行している。
おそらく初めてのスタバへの緊張と、店員さんとコミュニケーションを取ることの両方に緊張を覚えているのだろう。
これがやりとりの一部始終だ。
「いらっしゃいませ」
「こ、こここんにちはすたーばっくすらての!」
勢い余って走り始めたオーダーがスタート1秒でエンストを起こしたように止まる。
「てぃ、
……ベタなところでつまづいたなあ、と思いつつも彼女のために助け舟は出さない。
「スターバックスラテの……ティー?を一つください。ティー……? お茶じゃなくてコーヒーですよね?」
「えっと、ティーラテではなくてエスプレッソのラテでいいですか?」
「エスプレッソ……。あの、コーヒーがいいです。大きさがティーです……。え、違いますか……?」
「スターバックスラテのトールサイズですね?」
「それだと思います……」
「アイスですか、ホットですか?」
「あ、あいす、です。冷たいのがいいです」
「かしこまりました。店内ですか? お持ち帰りですか?」
「それはわかります!」
ぱぁ、と顔をほころばせる陽毬。そんなこと言わなくていい。
「お店の中で飲みます!」
「グラスでお作りしてよろしいでしょうか?」
「グラスで……? 他に何が選べますか?」
「あ、その……紙コップとグラスとが選べますが」
「あー……それはどっちでもだいじょうぶです」
「では、グラスでお作りしますね」
そのあとお金を払い、所々危ういものの、陽毬はなんとかアイスラテを手に入れることが出来た。
「どうかな伶くん! 思ってた通りのものがもらえたよ!」
「ああ、そうだな」
ほくほく顔の陽毬と共に空いている2名がけの席に座る。
ちゅううう、と満足げにストローで吸い込む陽毬。「思ったより苦い?」とか言いながらも、美味しそうに飲んでいる。
「ていうかさ、ゲーセンの時も服屋の時もそうだけど、いつも配信でやらかした後に来るの、あまり意味なくないか? 同じエピソードってそんなに何回も振られるもんなの?」
「うーん? トークの対策って意味もあるけど、それだけじゃないよ?」
「そうなのか?」
「うん。アニメってやっぱり女子高生役がすっごく多いでしょ? 特にわたしみたいな新人がもらう役だと」
「まあ、たしかに」
アニメに女子高生役が多い、というのはなんだか日本人のフェティシズムが透けて見えるような気がするが。
「最近はいわゆるアニメ声!みたいな演技よりも、
「なるほど……」
昔からそうだ。陽毬はほわほわとしているように見えて、根が真面目で芯を持っている。
彼女なりにいろんなことを考えているんだなあ、と感心していたその時。
「あれ、陽毬ちゃん?」
つい昨日の配信番組のニコ生主・玉川瑠璃さんが通りがかって声をかけてきた。
「……と、あれ、音響制作進行の
……それは、俺のことだった。
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