きみはそこにいた
トム・今本
零頁 噓と死
虚しい日々だと思う。
何のために生きているのかまるで分からない。汗水流して働いても、得られる賃金は僅かなもの。僅かに得られたものは税金などで消えるばかり。
手元に残った金では腹も心も決して満たされることはない。
常に飢えてばかりの毎日。言ってしまえば、これは餓死なのだ。
自分にそう言い聞かせ、足元を見る。そこには何もなく暗闇がただあるだけだ。
男はそう、今から死のうとしているのだ。簡単に言えば自殺である。
「はーぁ、俺の人生何だったんだろうな。国のために働いても最期は国に搾り取られ、死ぬなんて情けねえ。笑い話にもならねえよな。
俺が死んだら泣いてくれるヤツなんて……いないか」
そうだ、俺は一人じゃないか。そんなことは俺が知っている。
どこまでも孤独な男。そんな男は最期に笑って身を虚空へと投げ出した。
自分の身体が風を切り、心地よくすら感じるがそんな思いを抱く前に見えたのは地面ではなく違うものだった。
「嫌だ、死にたくない」
男のつぶやきは虚しくそのまま地面へ吸い込まれ、『グシャッ』という音を立てて男は肉塊へと成り果てた。
最期は誰とも知らない悲鳴と自分の骨が折れて、内臓に刺さる痛みだけが男が感じたものだった。
「もしもーし……」
誰の声だ? 知らない女の声が聞こえる。
なぜだ、俺は死んだはずだ。なのに、人の声が聞こえるなんて。
もしかして、ここが天国なのだろうか。
「そろそろ起きてくれませんかー?」
頬をペシぺシと叩かれ、ようやく目を開ける。
目の前には大きなスクリーンと周りにはたくさんの椅子が並んでる。
まるで、ここは……
「映画館?」
「はいー! ここは映画館です。良かった上映前に目を覚ましてくれましたね」
「どうして映画館に…。俺は死んだはずじゃ」
「さて、どうしてでしょうね。その理由は映画が終わると分かります」
「映画ってなにが上映されるんだ?」
俺の問いに彼女は答えることは無く、意味ありげに微笑むと俺の隣に深く腰掛けた。
そして、飲み物とポップコーンをシートに置くと足をパタパタさせている。
「はい!」
「は?」
「コーラですよ。映画といえばポップコーンとコーラでしょ。あなたの分もあるので一緒に楽しみましょ。さ、始まりますよ」
低いブザー音と共に映画が始まった。
スクリーンに映し出されたのは見覚えのある男の子が遊ぶどこにでもあるシーン。
いや、見覚えがあるどころじゃない。この男の子は……
「俺じゃねえか!!」
「そうです。この映画はあなたが生まれて死ぬまでの物語です。
あなたは最期に嘘をつきました。どこにでもある嘘です。
でも、その嘘があなたの心を苦しめて、そしてあなたは死にました。その嘘の清算をいま、あなたはしているのです」
きみはそこにいた トム・今本 @Y_Tom
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