霊界の竜王

かお湯♨️

とある部屋、とある幽霊 1

「大人になったら、将棋のプロになる!」


 小学校にも通ってない頃の俺は言った。


 裕福でも貧しくもない家庭に生まれた俺は、母と言った公民館のイベントで、この盤上の格闘技に出会った。たった2時間のイベントで将棋に魅せられた俺は、地元のクラブに入れて欲しいと母親に懇願した。


「将来、プロの棋士になりたいです」


 小学校を卒業する頃の俺は言った。


 地元のクラブに入ってからもいうもの、俺はスポーツなどの他の遊びに目もくれず、代わりに将棋盤と睨めっこをしていた。同年代の子供たちはよく相手をしてくれていたが、学年が上がるにつれて次第にクラブに来なくなった。代わりにレベルの見合っていない年下としても仕方のないものだから、クラブのコーチとばかり対局をしていた。


「そうですね、これからも鍛錬を重ねて、いずれかはプロの道を歩みたいと考えています」


 アマチュアの大会で優勝した時に俺は言った。


 高校の3年。周りが受験だ就職だと騒いでいる頃、まだ俺は盤と向き合っていた。この頃にはもう将棋で食べていくことしか考えてなかった。学校では教師の目を盗んで棋譜を読み、帰るとすぐに対局できるところに向かった。


 高校を卒業すると、家業の手伝いをしながら将棋を打ち込む日々を続けた。平日は仕事終わると将棋を指して、土日は対局できるところに向かった。アマチュアのみであることを考えると、1日たりとも無駄にはできない。金も時間も心細かったが、少しの迷いもなく突き進んでいた。


 そして数年後……。



 快活な声が会見会場に響いた。


「それでは、本日四段に昇段し、プロとなりました日川四段に話を聞いていきたいと思います!」


 つい先ほど、俺はプロへの道を切り開く対局に勝利した。メディアや関係者がこぞって対局した和室に集まって新四段のインタビューが始まった。


「日川四段、これから長いプロの道が始まることと思いますが、まず、誰にプロ入りしたことの報告をしたいですか?」


 笑顔のリポーターが俺にマイクを向けた。今日の対局で四段に上がる可能性は既に知っていた。ともあればインタビューを受ける想定もしていたわけである。俺は事前に考えていた答えをしどろもどろになりながら答えた。


「そ、そうですね……。私は今まで、いろいろな人のサポートがあってここまで将棋を続けられてきたと思っています。例えば……いつも研究に付き合ってくれた方々や、応援してくれた家族。学生時代の同級生にも感謝しています……。就職も進学もせずにいる俺に応援の言葉をかけてくれて、応援といえば、親戚も今回の対局の前に連絡をしてくれて……。あれ、すいません、質問の答えがまとまってませんね。すいません」


 気まずそうに笑う俺をリポーターは笑顔を崩さず聞いてくれた。


 その後もインタビューは続いた。今回の試合の振り返り。尊敬する棋士の話。得意な攻め方、守り方。今日の一日で今まで好きで続けていたことが全て認められたような気がした。


 インタビューをしばらくして、リポーターは締めに入った。


「日川四段のこれからも活躍を、私たちも陰ながら応援させていただきます! それでは、日川四段」


「あ、はい」


「最後の質問です。これからの長い将棋人生での目標を教えていただいてもよろしいでしょうか?」


「そうですね、それはもちろん……」


 『プロの棋士になることです』そう言いかけて口をつぐんだ。それもそのはず、俺はもう目標を達成したのだ。今までと同じ答えを返すことはできない。


 リポーターはマイクを向けたままこちらの返事を待っている。


 俺は咄嗟にそれっぽい答えを考えた。最高の称号である名人になることです。タイトルを総なめにすることです。最高の段位である九段を目指すことです。誰も棋士としては当たり障りのない回答だが、俺にとっては考えたことのないものだった。それからの棋士生活を考えると、ここでうまく答えることができなかったことが、全ての失敗に繋がっていったのかもしれない。マイクを向けられている俺は、壊れたロボットみたいに固まってしまった。


 この日を境に、俺のプロ棋士としての戦いは始まった。この世界では強さがもの言うのである。勝てる棋士は大金を手にすることができるし、逆に勝てない棋士は大した収入を得ることができない。プロの世界に入りたての俺はどちらかというと前者寄りだった。将棋の世界は強さごとに階級が分けらられている。最下位の階級からプロ人生が始まった俺はある程度勝ってある程度負けた。それでも若さという勢いがあったから着実に成長して一段階上の階級まで上り詰めた。


 階級が上がった時もプロ入りした時と同様、世間に注目された。その日の帰り道は、小心者の俺でも調子づいた。


「プロ入りしたての時は名人目指すなんて言えなかったけど、もしかしたらこのまま勝ち続けて……。なんてな」


 プロの道は修羅の道である。そう覚悟をしていたからこそ、想像通りにうまくいく自分に拍子抜けした。その油断が行けなかった。俺は次の対局のことなんて考えずに酒を飲んで寝た。


 対局相手にとって、自分が階級が上りたてであることなど関係なく、ただ負かすためだけの相手である。俺よりも何年も長くこの戦いの世界にいる対局相手は、危なげもなく俺に勝利した。その時俺は悔しくなかった。相手が強くなったから当たり前のことである。次はもっと対策しなければならない。


 対局相手の研究を数日した後、俺は前回よりも派手に負けた。次も負けた。その次も負けた。


 俺がやってることは盤上の戦争であることを改めて自覚した。自覚したところで、もうすでに遅かった気がする。俺はどこから間違っていたのだろうか。階級が上がって調子づいた時だろうか。インタビューで失敗した時だろうか。プロ入りすることだけを目標にし続けた少年時代だろうか。そんなことはどうでもいい。とにかく俺は落ち続けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る