救命要請ウカチュピ

そうざ

Lifesaving “Ukachupi”

 ――救命要請! 救命要請!――

 室内スピーカーが音割れの声を響かせると、会議中の隊員達が一様に顔を上げた。

「よっしゃ、退屈な時間から解放される」

「不謹慎よ、全く」

 ――観光者とウカチュピが接近遭遇したと見られる!――

 途端に若手男女コンビの表情が引き締まった。

「甲村、乙川、今回はお前達に任せるぞ」

 主任が会議資料を纏めながら声を上げた。

「えっ、でも僕達はまだ」

「ウカチュピ案件は未経験です」

「誰でもゼロから経験を積むもんだ。俺がパイロットけん後見役をやってやるから」

 甲村、乙川は意を決し、互いを見合って頷いた。


 近年は空前の〔降山〕ブームである。

 母星の環境保全がようやく実り、一部立ち入りが解禁されると、人々は観光を権利の一つとして捉えるようになった。中でも、天然の山は人気が高く、一度で良いからそのいただきものだと猫も杓子も憧憬をあらわにするのだった。

 赤道上に位置する山岳地帯が観光エリアとして指定されたが、同地に棲息する保護獣にとっては寝耳に水の話である。観光者にはサバイバル講習が義務付けられてはいるものの、不測の事態は常に覚悟しておかなければならない。


 周回軌道の救命衛星から螺旋翼機が射出され、およそ400キロの距離を自由落下し始める。

「ウカチュピってマジでヤバいな……」

 甲村が資料映像を確認しながら呟くと、横から映像を覗き込んだ乙川が眉間の皺を深くした。

「狂暴過ぎでしょ……」

 血塗れの牙や爪や角や棘、そして遺体が散乱する遭難現場。耐熱窓から差し込む摩擦熱の赤光がより一層、二人の不安をあおる。 

「その牙や爪や角や棘を求めて乱獲した結果、今や希少種さまという訳だ」

 操縦桿を握る主任は、二人に背を向けたまま平然と応える。

「そもそもウカチュピの棲息地を観光エリアにするってのが」

「そうよねぇ、迷惑な話よねぇ」

 観光者が増えれば、遭難件数も増える。それに比例して救命隊の出動件数も増加の一途を辿っている。

「余計な事は考えるな。俺達は自らの使命を果たす、それだけだ」

 やがて雲間から山々が現れ、眼下一面に深い緑が広がった。

「入隊した頃はこの眺めに感動してたけどなぁ」

「夢中で動画撮影なんかしてはしゃいでたなぁ」

 連なる山頂の一つに小型降下艇が着陸しているのが見える。

「近いぞ」

 程なくナビゲーションパネルが救命信号の発信位置を表示し始めると、それを合図に甲村、乙川両名は対獣用低電圧銃を再確認した。万が一ウカチュピに襲われても、致命傷を与えるような反撃は厳禁である。

「保護獣様には礼節を以て接しろってか」

「お持て成しの心でね」

 主任は二人のぼやきに応えず、発信位置を正確に特定した。

「あれだな」

 木々の合間から蛍光色の着衣が見える。観光者は力尽き、地面に横たわっているようだった。

 機体がその上空でホバリングモードに切り替えられる。

「初陣みたいなもんだ、しっかりやれよ」

 吹き荒れる風の中、甲村、乙川両名はファイバーロープを辿り、速やかに降下して行く。

「た、助かった……」

 微笑した観光者は、体中に傷を負い、顔色は血の気を失っている。

「ウカチュピにやられたんですね?」

 甲村が問い掛ける。

「あぁ、突然背後から……俺は何もしてねぇのにさ」

「繁殖期は見境がないらしいから、正にそうになったのよ」

 そう言いながら、乙川は周囲を警戒する。

「何とか死物狂いで反撃して……」

 傍らに血塗れのサバイバルナイフが落ちている。

「反撃? それでウカチュピはっ?!」

 観光者が震える指で斜面の下を示す。現場を確認した二人は、ヘルメットのインカムに向けて声を発する。

「甲村から主任へ。負傷したウカチュピを発見!」

 ウカチュピは木々に引っ掛かった状態で、既に戦意を喪失している様子だった。

『状況の詳細を』

「観光者が衝動的に反撃し、負傷した模様!」

 乙川がウカチュピの首筋にスキャナーを当て、行動調査用発信機からデータを収集する。

「乙川から主任へ。当該のウカチュピは外傷多数なるも生命徴候バイタルは良好!」

『了解、担架を降ろす』

 二人は迅速且つ慎重にウカチュピを保護し、吊り下げられた担架に乗せて固定する。

「措置完了!」

 上空へゆっくりと持ち上げられて行く担架を見詰め、満足気な両隊員。無駄な動きは一切ない。初陣を勝ち星で飾り得たのは、日々絶え間ない訓練の賜物たまものである。

「あっ!」

 乙川が急に素っ頓狂な声を上げ、地面に飛び付いた。

「棘が落ちてた〜っ!」

「何ぃ?! 他にも抜け落ちてないかっ?!」

 甲村が必死に地面を這い回る。周囲に飛び散っている獣の血で隊員服が汚れるのも構わず探したが、結局、見付からなかった。

「残念でしたぁ、今回の役得は私だけ〜っ」

 抜け落ちた牙や爪や角や棘に限って、その売買が黙認されている。因みに、最も安価な棘であっても救命隊員の月収を軽く超える事は請け合いである。

「ちぇっ、遥々観光地くんだりまでやって来たのに面白くもねぇ」

 二人のやり取りはレシーバーを通じて主任の耳にも届いている。が、その会話の流れから、主任は前以まえもって業務レコーダーのスイッチを切っていた。安月給は主任も例外ではない。

「あ……あのぅ」

 観光者が余力を振り絞り、よろよろと二人に取り縋った。

「俺はどうなるんですかぁ……?」

「楽しく観光を続ければ?」

「事故の責任、自己責任。なんちゃってっ」

 両隊員の収容を完了すると、螺旋翼機はそそくさと上空へ消え去った。

 その後、手厚い看護を受けたウカチュピは幸いにしてその一命を取り留め、後日再び棲息地へと還された。

 このように、救命隊の勇敢な尽力があってこそ保護獣は安息の日々を送る事が出来るのである。

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救命要請ウカチュピ そうざ @so-za

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