美濃攻め当日

「皆、集まったな」


 翌日、清洲城内にて、織田家の家臣みんなが鎧など戦支度を済ませて集結していた。


「知らない人もいるな」


 先日、平手政秀に、『隣国の国境警備を担当している織田家の家臣も来る』って聞いていたが、この人達が、そうなのであろう。


「これから、美濃攻めを行う」


「はっ!」


「以前までは、西美濃から攻めるルートだったが、今回は中美濃から攻める」


「中美濃ですか、この辺は国人衆の力が強いとこですな」


 政秀は、地図を見て確認しながら言った。


「中美濃を占領することができれば、西美濃、東美濃、北美濃を分断することができ、斎藤家の戦力を散らすことができる」


「なるほど、考えましたな。確か中美濃を支配している代表的な武将は、長井道利ながいみちとし


 長井利通、二ヶ月前に宿場町で死角から聞いた男の名前だ。斎藤家の暗殺部隊である影を操る人物。


「斎藤家、三代に仕えて来た重臣が相手か、楽しみだな」


 利家は、戦うことが楽しみなようだ。


「既に中美濃の中でも有力な国人衆である加治田衆は、寝返りをしてくれると約束している」


「おぉー」


 その言葉を聞き、織田家の家臣達は、驚きの声をあげた。


「加治田衆は、中美濃の中でも大規模な国人衆。そう考えると、攻略の難易度が格段に下がりますな」


「そうだ。さて、先鋒は誰が行く?」


「私が行きましょう」


 そう言って、手をあげたのは森可成もりよしなりであった。


「可成行くか」


「先月の合戦では、なにも活躍をしていないゆえ。今回は、そのリベンジとさせていただきたい」


 そういえば、可成は先月の戦いで鉄砲隊を呼びに行く途中で、戦いが終わったんだったな。本当にあれは、申し訳なかった。


「先鋒の大将は、森可成とする」


「はっ」


「さて、大将が可成と決まった。次は、副将を誰にするかだが」


「俺が行く」


 俺は、手をあげて名乗りをあげる。


「リン行くか」


 信長は、俺の目を見て話す。


「前線で、戦って日本の合戦を更に経験したい」


 先月の火縄銃を使った戦いを見て、自分は未熟だと感じた。もっと、場数を踏んでいかなければ。


「わかった。先鋒の副将はリンとする」


 その後、美濃攻めの軍議が進み、昼頃、清洲城から中美濃に向けて出陣した。



「リン殿、よろしく頼む」


 進軍中、馬に乗った可成が俺の隣に来た。


「こちらこそ、よろしく頼む」


「それにしても、なぜ副将に名乗りをあげたのだ?」


「俺も出世したいからな。本当は大将が良かったが、可成に先を越された」


「ははは、それは悪いことをしてしまったな」


 可成は、笑いながら言った。


「さて、中美濃の加治田衆が寝返ったのは大きいが、まだまだ有力な国人衆は健在だな」


「他には、どんなやつがいるのだ?」


「長井道利の一族である長井氏。岸信周きしのぶちかが当主を務める岸氏。肥田忠政ひだただまさ率いる肥田氏。この三氏族が、中美濃を攻略するのに、倒さなければならない相手だ」


「最初に当たる氏族は?」


「岸信周が居城としている堂洞どうほら城が、加治田衆が拠点としている加治田城の目と鼻の先にある。当たるとするなら、間違いなく岸氏だな」


「岸氏か、どんな人物なのだろうか」


 俺は、久しぶりの合戦に胸が高まった。



「織田軍の横腹を食い破れー!」


 美濃国に入り、加治田衆と合流しようと向かっている途中、斎藤軍から奇襲を受けた。


「くっ、可成殿をお守りしろー!」


 織田軍は、なんとか大将である森可成だけでも守ろうと戦う。しかし、奇襲により織田軍は混乱状態に陥ってしまった。


「可成、ここは退却した方が良い」


「そうだな。被害が大きくなる前に退却するぞ」


 可成と俺は、退却の合図を出し、戻ろうとした。


「ぐわははは! 織田軍如きに、美濃の国人衆が遅れをとる訳ないわ!」


 奇襲を仕掛けて来た斎藤軍の中に、大声を出している男を見つけた。坊主に、戦場なのに黒いはかまを着ている変わった男だ。


「誰だ、あいつは?」


「わからん」


 可成と俺は、その男の方を見た。


「おっ! 織田の将らしき者が、我に気づいたか!」


「そんな、馬鹿でかい声をあげていれば、誰でも気づく」


「俺は、中美濃の中でも豪勇と名高い岸一族が当主、岸信周なり!」


 あれが、岸信周。中美濃の中で、有力な国人衆である一人だ。


「織田軍、とっとと尻尾巻いて逃げろ。皆の者! 今宵は、堂洞城内にある岩場で、祝い酒よ! ぐわははは!」


 岸信周は、腰に手を当てて、天に向かい大声で笑った。


「可成」


「リン殿、どうした?」


「厄介な相手になりそうだな」


「一番、相手にしたくないタイプだ」


 戦場では、頭のネジが外れているやつほど、強い傾向がある。利家や勝家も、十分に強いが、いかれている奴は、なにを考えているか予想がつかない。


 なんとか、戦場から脱出できた俺と可成だったが、岸信周をどうするか、頭を悩ませていた。


「もう、日が暮れたか」


「兵を休ませろ。ここまでの進軍で体力が減っているだけでなく、奇襲で精神力も削られている」


 可成は、兵士に命令を与えると、地図を広げた。


「最短だと、言われていた山側のルートは厳しいな」


 可成の言う通り、今日通った道は山沿いを進軍し、最短で加治田城に向かうルートだった。しかし、敵に通ると読まれていたため、この道を通るのは、危険だと判断するしかない。


「そうだな。おそらく、奇襲を受けた場所以外にも、兵を潜ませていたはずだ」


「てことは、遠回りとなるが川沿いのルートか」


 可成が指した道は、川を迂回して、加治田城にたどり着くルートだ。


「それしかないな」


「可成様、リン様。もう一つルートがあります」


 ロイが、地図に指さす。


「どんなルートだ?」


「川沿いルートの更に下の川沿いを移動する方法です」


 ロイが提案したのは、さらに遠回りをするルートだった。


「おい、これだと移動だけで一日が終わるぞ」


 可成は、そのルートを見て問題点を指摘する。加治田城まで、山側のルートでは数時間かかり、可成が提案したルートでは半日かかる。しかし、ロイが指定したルートでは、その倍近くの一日を移動で使ってしまうルートだった。


「それでいいんです」


「どういうことだ?」


「敵は、最短ルートで来るとわかっていた。それはなぜか」


「なぜ、なのだ?」


 可成は、ロイの方向を見て理由を聞く。


「私達が、加治田衆とすぐに合流しようとしているのが、わかっていたためです」


「あぁ、俺も敵だったら裏切った味方と敵を合流させたくなくて、そうするだろう」


 結果論になるが、敵は俺と同じ考えで、兵を潜ませていた。


「なら、すぐに合流しようと思っている敵の裏をつきましょう」


「そういうことか」


 ロイが、なんで遠回りルートを更に遠回りするか理由がわかった。敵の考えを逆手にとるためだ。


「おそらく、可成様が案を出したルートにも伏兵が潜んでいます」


「そうだな。敵も同じルートを通ってくるとは思っていない」


「そしたら、敵の思考外となっているルートを通るのが安全です」


 ロイの考えは一理あるな。移動で一日経っても、辿り着ければ、それでいいのだ。実際に、加治田城に到着するのは、今日のはずだった。それなら、一日費やしてもいいから、確実にたどり着けるルートがいい。


「ロイの案を採用しよう」


「うむ、そうだな」


 俺と可成は、ロイの作戦を従うことにした。

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