第四章

美濃攻め前日

 秋が深まり、鈴虫の鳴き声が聞こえ始めた、ある夜。清洲城の敷地内にある屋敷で、ふすまをノックする音が聞こえた。


「リン様」


 俺の部屋にロイが訪ねて来た。


「どうした?」


「明日から、美濃侵攻が始まります」


 クロヌイとの戦いから、一ヶ月経とうとしていた。信長は、魔王領を知る貴重な証言者として、クロヌイを牢獄に収監している。


「そうだな」


「リン様は、これからどうするつもりですか?」


「魔王領に一刻も早く戻りたいが、状況が悪すぎる。おそらく、アルは、すでに魔王領内を自分の勢力で染めているだろう」


 司法を買収するほどの力を持ったアルだ。今、戻っても捕まって死刑になるのが目に見える。


「確かに、そうですね」


 ロイも同じ考えらしい。


「ロイ、俺に考えがある」


「はい。なんでしょう」


「日本で、自分の領土を持ち、軍を作ろうと思う」


「軍をですか?」


「あぁ、信長は異国に興味がある。あの男は、日本にとどまって生涯を終えるようなやつでない」


「確かに、私も信長は、ただで終わらない男だと思っています」


「このまま、信長に付き従い、水面下で自分達の力も蓄えておく。これが、この現状で一番の最善策だと思っている」


 信長の下で功績をあげて、力を付ける。そうすれば、アルと戦える状況にまでは持っていける。戦ってくれる味方がいなければ、作っていけばいいのだ。


「私は、リン様の方針に従います」


 ロイも、了承してくれた。


「リンちゃん、何してんの?」


 ロイと話していると、襖が開いて黒髪長髪の少女が現れた。尾張国内では、高価な着物を着ている少女は、一目で有力者の娘だとわかる身なりだ。俺は、この女性の名を知っている。


「徳姫様。また、城を抜け出したんですか?」


 織田信長の長女、徳姫。年齢は、十歳いかないぐらいだと聞いている。


 最近、俺が清洲城の敷地内にある屋敷で、寝泊まりするようになった。徳姫は、異国の者が屋敷にいると聞きだしたらしく、俺の部屋に夜な夜な来るようになったのだ。


「だって、つまんないんだもん。ずっと作法や勉強ばかり、私は興味があることしか学びたくない」


「私の部屋も、退屈ですよ?」


 このぐらいの年齢の子供は怒ると、なにするかわからない。逆鱗に触れないように丁寧に話す。


「また、異国の話を聞かせてよ。リンの話、面白いから、楽しみなんだ」


 子は親に似ると聞くが、徳姫も信長に負けないぐらい好奇心が旺盛だ。


「いいですよ。何が聞きたいですか?」


「うーんとねー」


 俺とロイは、徳姫に自分達が育った国や文化について話した。ちなみに、この話はロイと事前に打ち合わせて決めている。自分とロイが考えた架空の文化だ。


「ねぇー、ねぇー。それで、それで?」


 徳姫は、楽しそうに話を聞く。


「徳姫様―!」


「どこですかー!?」


 屋敷の外から、男達の声が聞こえた。おそらくは、清洲城内で、見張りをしている兵士達だろう。


「げっ、もうばれちゃったの?」


 その声を徳姫が聞くと、不満げな表情になる。


「徳姫様。信長様が、心配されます」


「えー、いきたくない。やだーつまんないー」


「また、今度、話しましょう」


「えー? 約束だよ?」


「はい。約束です」


 徳姫は、頷くと部屋を出て行った。


「もっと異国の話を聞きたかったのに、どうすれば好きなだけ話が聞けるかしら」


 廊下の方から、徳姫が呟く声が聞こえた。


「元気でいいな。未来がある子供だ」


「リン様も、まだ若いでしょう」


「いや、損得で人付き合いをし始めたら、若いとかは関係ない」


 ただ遊びたいから、一緒に遊ぶ。気になるから、仲良くなる。そんな純粋な動機で人付き合いできなくなると、子供心がなくなったと感じる。


「ロイも、そろそろ寝た方が良い。明日は、美濃攻めだ。寝て体力を養うぞ」


「わかりました」


 俺とロイは、明日の美濃攻めに備えた。

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