クロヌイ男爵戦その1

「男爵様」


 リザードマンが、なにかを言おうとしたが、男爵と呼ばれる男は、手で発言を静止させる。


「謝らなくていいですよ」


 男爵は、そう言うと前に出る。赤髪に、丸い眼鏡をかけている。レイ兄さんに属する武闘派の貴族に見えないな。


「私は、クリンデン家男爵クロヌイです。人間よ、名前を名乗りなさい」


「俺は、前田利家。織田信長の家臣だ」


「織田信長。あなたに従える主の名前ですか」


「そうだ」


 クロヌイと前田利家が会話しているのを、聞いているとロイが近づいてくる。


「リン様。男爵と名乗っているクロヌイは、クリンデン家と名乗っていました」


「あぁ、クリンデン家は、聞いたことがある。魔王領の西海岸を、拠点にしている貴族だと覚えている」


「確か、クリンデン家は」


「あぁ、武力で名をあげた一族だ」


 あの男、見た目は文官みたいな風貌をしているが強いぞ。


「ぐわああ!?」


 突如、俺達が来た反対の方向にいたリザードマンが吹き飛んだ。


「たく、利家達が先についていたのかよ」


 鬼と呼ばれる妖怪と共に来たのは、勝家と可成だった。


「お! 遅かったな勝家。妖怪の力を借りといて俺より後かい?」


「利家てめぇ。後で、ぶん殴ってやるからな」


「落ち着くのだ、勝家。まずは、目の前の敵を倒そう」


 苛立つ勝家を可成は、なだめた。


「利家様にやっと追いついた!」


 織田軍の兵も、リザードマンの隊列を突破し、集まってくる。


「戦う前に一つ聞きたいことがあります」


「おう、なんだ? 変に几帳面な口調しているなてめぇ」


「さっきの突撃で、リザードマンが空気も震え上がるような轟音と共に、倒れました。その場にいた者からは、体に穴が開いていたと言います。どんな魔法を使ったのですか?」


「魔法?」


 利家は、そう言うと、しばらく黙り込む。


「あぁ、火縄銃のことか!」


「火縄銃?」


「隙あり」


 俺の後ろから女性の声が聞こえた瞬間、火縄銃の轟音が聞こえた。


 慌てて振り向くと、桃が火縄銃をクロヌイに向かって撃っていた。


「桃、いつの間に火縄銃を持ってきていた?」


「リンと利家が、頑張って大将に向かっていた間よ。信長の本陣まで戻って、持って来たのよ」


「だからって、いきなり俺の後ろで、火縄銃を使うか?」


 火縄銃の音が、あまりの轟音で、少し耳鳴りがする。


「ごめんなさい。てへっ」


 桃は、愛嬌でなんとか許してもらおうとしている。


「これが、火縄銃ですか」


 後ろから、クロヌイの声が聞こえた。


「桃、俺の鼓膜を攻撃しただけで、狙いを外したのか」


「ううん。そんな訳ない。絶対に当てたよ」


 桃は、驚いた表情で答える。


「その娘の言う通り、確かに小さな鉄の塊は、我の胴体に向かって飛んできました」


 クロヌイは、冷静に話す。


「その鉄の塊は、どうした?」


 俺は、刀をクロヌイに向けて聞きだす。


「飛んできたなら、斬り落としました」


「斬り落とす?」


「その言葉の通りです。私は、その娘が火縄銃とやらで、放った鉄の塊を、この剣で叩き斬ったのです」


「な、なによ。そのでたらめな理論」


 桃は、そう言うと、火縄銃を抱きしめて後ろに後ずさりをする。


 クロヌイの発言に、俺達は静まり返った。


「へぇー、火縄銃の弾を斬り落とす男、初めてみたぞ」


 最初に沈黙を破り、喋ったのは利家だった。


「俺の突きは、火縄銃の弾より、速い自信があるぞ」


「ほう」


「一回、受けてみるかい?」


 利家は、槍を構える。


「利家さん、なに一人で抜け駆けしようと、しているんですか」


 利家の前に、織田軍の兵達が出て来る。


「けけけ、報酬を十倍にすると言ったのは利家さんですぜ?」


「俺達の昇進への道、邪魔しないでくださいよ」


 利家は、最初こそ呆気に取られた表情をしたが、織田軍の兵達の言葉を聞いて、笑みを浮かべた。


「ふ、そうだな。お前達、暴れてこい。だが、俺も加わるからな。早い者勝ちだ」


「げ、利家さん。それは、ないですよ」


 利家と織田兵は、誰が先に報酬を手に入れることができるか話し始めた。


「私の実力を見て、怖気つかないのですか。面白いですね」


 クロヌイは、そう言うと馬から降りる。


「馬に乗らなくて、いいのか?」


「私は、地上戦の方が戦えまして」


「男爵様」


「あなた達は、反対から来た奴を相手にしてください」


「わかりました」


 リザードマン達は、勝家達の方を向いた。


「さぁ、かかってきなさい」


「うおおお!」


 織田兵達は、クロヌイに向かって突撃を始める。


「死ねぇぇぇ!」


「三連撃」


 クロヌイは、瞬時に織田兵三人を斬り捨てる。


「速い!」


 さすが、武力だけで爵位を得た一族だ。並みの魔族より、強い。


「俺を忘れるなよ」


 利家は、馬の背中を蹴り、上空からクロヌイに向かって槍の突きを放った。


「確かに、火縄銃の攻撃より速いかもしれないですね」


「はは、化物かよ」


 利家の突きは、クロヌイによって軌道がそらされた。


「槍の欠点は、一度攻撃したら次の攻撃まで時間にロスがあること」


 クロヌイは、利家に向かって攻撃を仕掛ける。


「槍の又左またざと呼ばれた俺を、なめるんじゃねぇ!」


 利家は、自分の槍を蹴って、無理やりクロヌイの顔に槍を当てた。


「なんと、凶暴な攻撃」


 クロヌイは、そう言うと当てられた顔の部位に手で触れる。


「おい、利家。何ちんたら、しているんだよ?」


 クロヌイの後ろに勝家が立っていた。


「おっと」


 クロヌイは、勝家の気配に気づき距離を取ろうとする。


「遅いわ!」


 勝家は、素早く刀を抜き、クロヌイを斬りつけた。


「なるほど」


 クロヌイは、剣で勝家の攻撃を防ぐ。


「男爵様……申し訳……ございません」


 声の方向を見ると、クロヌイのそばに居たリザードマン達が、倒れていた。勝家達は、クロヌイの側近であるリザードマンを倒したようだ。


「よ、直接話すのは初めてかもしれんな」


 俺の隣に可成が来る。


「初めまして」


「可成と呼んでくれ」


「可成」


「うむ、リン初めてだな。一緒に見学させてもらうよ」


 可成は、そう言うと勝家達の方を向いた。


「これは、多勢に無勢だな」


「どうする、クロヌイさん?」


 勝家と利家は、それぞれ手にする武器を構えて、クロヌイに近づいていく。


「仕方ないですね。体力を消耗するから、あまり使いたくなかったのですが」


 クロヌイは、そう言うと懐から短刀を抜き出し、自分に刃を向ける。


「ここに来て、自害する気か!」


「信長様は、生け捕りを望んでいる! 生け捕りにしろ!」


 勝家と利家は、クロヌイを自害させないように飛び込む。


「まさか!?」


「リン様、あの構えは!」


 これは、明らかに俺が予想をしていなかった。いや、男爵だからって油断していた。


「勝家! 利家! 離れろ!」


 まさか、クロヌイが、その次元に達している男だと思わなかった。


解放リべレ


「なに!?」


「うわ!?」


 勝家と利家は、勢いよく吹き飛ばされる。


「カグヤ!」


「任せて」


 カグヤは、利家と勝家が吹き飛ぶ方向にガイコツを多数出現させて、受け止めさせた。


「なんだい。あれは」


 近くにいた可成は、額に汗をにじませて言う。


「おっと失礼、ここにいる人間達は初めて見るのかな?」


 クロヌイの言葉使いは、さっきと変わっていないが、容姿が大きく変わっていた。

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