熱田へ

 次の日になり、宿を後にする。


「まさか、熱田に向かう途中で、斎藤家の暗殺者に出会うとはな」


「それだけ、戦場だけでなく、情報戦も激しいのでしょう」


「なぁ、ひろ」


「なんじゃ?」


「こっから、熱田までには、どれくらいで着く?」


「なかなか早いペースで移動しているから、昼頃には着きそうじゃ」


「そうか」


 熱田の暗殺者が動くのは、明日の夜。準備をする余裕もあるな。


「なぁ、リン」


「どうした?」


「信長様に昨日の出来事を報告したいのじゃが、俺がいなくなると道がわからなくなるよな?」


 確かに、一日経ってしまったが、斎藤家の暗殺者と戦ったのは報告するべきだな。織田家の領地に斎藤家の刺客が、紛れ込んでいたのだ、大問題だ。


「ひろを外すと熱田への道がわからなくなってしまう。俺が行ったら、目的の郎党づくりもできない。どうするべきか」


「リン様」


 悩んでいると、ロイが話しかけて来た。


「私が、信長様の所に行ってきます。道は覚えております」


 この状況で、頼めるのはロイしかいないか。


「行ってくれるか?」


「もちろんです」


「ロイ、これも頼む」


 汎秀は、ロイに一枚の折られた紙を渡す。


「これは?」


「信長様あてに書いた手紙だ。昨日のうちに書いといた」


「わかりました。信長様に渡しと来ます」


 ロイは、それを懐に入れる。


「リン様。ご無事に」


「ロイも気を付けて」


 俺が、そう言うと、ロイは来た道を引き返す。


「ひろとカグヤ」


 ロイは、途中で振り返った。


「リン様のことは、絶対にお守りしろよ」


「わかっているわよ」


 カグヤの返事を聞くと、ロイは頷いて、その場を後にした。


「三人になったが、熱田に向かうぞ」


 俺の言葉を聞いて、汎秀とカグヤは頷いた。


 宿場町を出発して、数時間経った。


「やっと、熱田が見えて来たな」


 遠くの方に町並みが見えた。


「あれが熱田か?」


「そうだ。あれが熱田だ。信長様が、戦をする前に参拝をする場所でもある」


「そうなのか。あまり、神頼みをするような人物に見えなかったが」


「信長様は、神自体は嫌いじゃないのじゃ。嫌いなのは、神の名前を借りて、欲に目がくらみ、民を苦しめる腐った坊主よ」


 神の名を借りた、腐った坊主……神官のことか。どこ行っても、人間は同じなのだな。実際、勇者との戦争中、俺は、ある人間の都市を占領した。その都市は、宗教都市とも知られていたみたいで、宗教関係者が大勢捕虜になったのだ。


 この時、民を導くはずの宗教者が、『町の人間を奴隷として、差し上げます。どうか、命を助けて下さい』と言われた時の衝撃が忘れられない。あの時は、確かロイが、その言葉を聞いた瞬間、発言した宗教者を炭になるまで燃やし尽くし、残りの宗教関係者を肉体奴隷として、土木工事などの作業をさせていたな。残った、都市の人間は俺が、父や兄に黙って逃げさせた。


「どの国でも、同じなんだな」


「リンのとこも、そんなのだったのか?」


「あぁ、俺がいた所は神官って呼ばれていた。日本でも、そうだと思うが、純粋な宗教家で生涯を全うしている人物は少ない。生きて行く過程で、権力の毒気にやられて、己の欲にしか、目がいかなくなる」


「信長様と価値観が似ているの」


「そうか?」


「そう思っただけじゃ」


 汎秀は、そう言うと熱田の方を指さす。


「安心しろ、熱田にいる神主は、信長様も信頼されているお方だ」


「そうか、夜まで時間あるし、一度会ってみようかな」


「うむ、その方が良い」


 信長が、尊敬する神主か、一度会ってみたいな。


 俺は、汎秀の後に続いて行き熱田に向かった。



「どうじゃ、ここが熱田じゃ!」


 汎秀は、熱田の町を背景に両手を広げた。


「すごい活気だな」


 津島は、交易で栄えていたが、熱田は人の往来で栄えた町に見える。


「熱田神宮は、尾張じゃ知らない人はいないほど、有名な神社だからな。一年通して、大勢の人が来る鳥居前町(とりいまえまち)じゃ」


「鳥居前町?」


「有名な神社へ、参拝しに来る人や神社関係者を目当てに、商工業者が集まって商いして発展した町のことよ」


「商いが元になっているから、この活気なのか」


 津島とは、違い歩いている人間の中に、神社関係者だと思われる、変わった服装をしている人物が、ちらほらといる。


「カグヤと同じような服装をしている女性もいるな」


「あれは、日本の神に仕える女性の証でもある巫女の服よ」


「巫女って言うのか。てことは、カグヤも神に仕えているのか?」


「私は……神を信じていないわ。これは、母の形見よ」


「そうか」


 カグヤには、話していないが、複雑な過去があるようだ。


「リン、熱田神宮はこっちなのじゃ」


 汎秀は、俺の袖を引っ張り、進行方向に指をさす。


「わかった」


 汎秀のあとについていくと、大きな建物と広い土地を構えた場所に辿り着いた。


「ここが、熱田神宮じゃ」


 魔王領でも、なかなか見ることができない立派な建物だ。清洲城とも違うが、独特な建物の造りをしている。これが、神社っていう建物なのか。


「熱田神宮の神主を呼んでくるから、少し待つのじゃ」


 汎秀は、俺の返事を聞かずに敷地内の奥にある大きな建物へ向かった。


「行ってしまったか。カグヤは、ここに来たことがあるか?」


「私は、ないわ。私が住んでいた所は寺だったけど、こんなに規模が大きい場所ではなかったわ」


「そうか。この規模の神社は、どこにでもあるものか?」


「リンは、熱田神宮を知らないの?」


「政秀という、信長の重臣に勧められた時、初めて知った。そんなに有名なのか?」


「有名もなにも、日本三大宮司って言う、とにかく有名な神社の一つが熱田神宮よ」


 カグヤが、知らないことに驚いている。それほど、有名な場所なのか。


「リン、待たせたのじゃ!」


 汎秀の声が、聞こえた。振り返ってみると、汎秀の隣に一人の青年がいた。顔立ちが、整っており、人が良さそうな感じだ。カグヤと似たような服装をしているな。しかし、巫女の服とは違い、ゆったりとした服のように見える。


「初めまして、熱田神宮の神主をしています千秋李水せんしゅうりすいと申します」


 俺は、その名前を聞いて思考が止まってしまった。


「神主、すまないが、もう一度名前を言ってくれ」


「千秋李水ですが?」


 俺は、闘技場の管理人から、もらった紙を開く。


『暗殺のターゲットは、千秋李水』


 熱田の暗殺者が狙っているターゲットが目の前にいた。


「利水、落ち着いて聞いてくれ」


「はい?」


 俺は、利水にことの事情を説明した。


 利水は、それを聞いて一瞬驚いた顔をしたが、黙っていた。


「私が、暗殺のターゲットですか。しかも、今日の夜が暗殺の決行日」


「暗殺者は、金銭で依頼を受けている。なにか、心当たりは、ないか?」


「私は、神主を勤めている身。恨みを買うようなことは、していません」


「てことは、相手の都合に神主である千秋利水が邪魔だということか」


 相手が、誰なのか、わからない以上、動くことはできない。


「リン、どうするのじゃ?」


「緊急で申し訳ないが、今日一日、利水の護衛についていいか?」


「もちろん、大丈夫です」


 利水は、快く了承してくれた。


「では、護衛のために熱田神宮の敷地内を案内してくれるか?」


「はい、お安い御用です。リン殿、一つ質問をしてもいいですか?」


「なんだ?」


「隣にいる巫女の服を着た女性は?」


 利水が聞いているのは、カグヤのことだろう。外見が、人と同じだが、実際は妖怪だと言えない。なんて、言うべきか。


「私は、寺で働いていた元巫女です」


「元?」


「はい。戦火で寺が消失しまして、さまよっている所をリンさんに救われました」


 カグヤは、淡々と嘘をついた。いや、この状況は、それが一番の返答かもしれない。


「それは、お気の毒に」


「いいえ、このおかげもあって、有名な熱田神宮に来られて、良かったと思っています」


「そう言ってくれると、嬉しいです。熱田を見守っている神様も見守っているでしょう」


 カグヤの態度が、今までと全く違う。こんな、綺麗な言葉も使えるのか。


「個人的に不思議だと思った謎が解消されました」


 利水は、そう言うと、俺の方を見る。


「案内してくれるのか?」


「はい、もちろんです」


 俺達は、利水について行き、熱田神宮の敷地内の案内をしてもらう。また、知らない単語が出て来たので、カグヤ達に補足の説明を受けた。

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