温泉

「見えた。あれが、宿場町だ」


 津島から出て数時間。俺達は、熱田と津島の間に位置する宿場町に辿り着いた。


「この匂いは硫黄の匂い?」


「お、わかったかのじゃな?」


 汎秀も、カグヤがいる状況に慣れてきたのか、いつもの喋り口調に戻ってきた。


「ま、まさか」


 カグヤは、硫黄の匂いだと気づいた瞬間、目を丸める。もしかして、硫黄が苦手か?


「温泉じゃ」


 温泉か、昔お父さんと温泉に入ったことがある。お父さん、魔王になったばっかりなのに、温泉にどうしても入りたくて、俺を連れて魔王城から脱出したな。


 温泉に入っていたら、親衛隊の人が慌てて来たっけ、懐かしいな。


「お、温泉なんて、別に興味ない」


 このタイミングで、それを言うと温泉に興味がある人の反応だぞ。


「しかも、美白にも効果があると聞く」


「び、びひゃく!?」


 カグヤ、噛んでいる上に語尾が上がっているぞ。もしかして、温泉好きなのか?


「おい、お前」


「ひぃ」


 カグヤは、汎秀に詰め寄る。


「名前は、なんて言う?」


「汎秀です。みんなからは、ひろって呼ばれています」


「ひろ、今言ったことに嘘、偽りはないな?」


「な、ないです」


「本当だな?」


「ほ、本当です」


「今は、ひろが言ったことを信じよう。もし、嘘ついていたら朝日が見られないと思え」


「ひぃー!」


 汎秀は、再び俺の後ろに隠れてしまった。


「リン、早く行こう」


 俺達は、カグヤの後をついていく形で、宿場町の中に入る。


「ここが、宿場町」


 宿場町の中に入ると多くの旅人が歩いている。道には、提灯(ちょうちん)が設置され、明かりを照らしていた。


「津島に負けないぐらいの盛況ぶりですね」


 ロイは、感心したように言う。


「ここは、津島と熱田の間にある町じゃ。信長様の父が、熱田を占領したことで、人の往来がしやすくなった。今は、小さな宿場町だけど、立派な町になるのじゃ」


 汎秀は、俺の後ろに隠れながら懸命に説明する。


「なるほどな。俺達は、どの施設に入ればいい?」


「俺達が泊まる所は、あそこにある宿屋じゃ。温泉もあるし、この宿場町の中で、一番規模が大きい」


「わかった。そこね、早く行くよ!」


 カグヤは、それを聞くと我先にと宿屋の中に入る。


「リン様。もしかして、カグヤさんは」


「温泉好きだな」


 津島で、話していた時より、明らかにテンションが上がっている。よほど、温泉好きなんだろう。


「俺達も行くか」


「わかりました」


 俺達も宿屋の中に入る。


 宿屋の中に入ると、カグヤが椅子に座っていて、『遅い!』と怒っていた。どうやら、汎秀の名前で予約していたらしく、入れなかったみたいだ。汎秀は、受付の人に話しかける。


「平手汎秀じゃ」


「平手汎秀……あぁ、政秀様のご子息ですね。どうぞ、上がってください」


「あと、急なお願いをしても大丈夫かの?」


「はい、なんでしょうか?」


「実は、連れに女性の人がいる。部屋をもう一部屋追加して欲しいのじゃ」


「大丈夫ですよ」


 宿の人は、快く部屋を、もう一部屋増やしてくれた。


 この小さな宿場町でも、織田家と聞けば笑顔になっている。信長様の統治が上手く行き届いているんだな。


「温泉はどこよ?」


「焦るな。一回荷物を置いてからじゃ」


 カグヤは、よっぽど早く温泉に入りたいらしく、汎秀を急かす。


 泊まる部屋に辿り着き、部屋の中に入ると、木の良い香りがする部屋に入った。


「ここが、日本の宿か」


 日本の宿は、魔王領にあった宿とは、全く違っていた。


「ひろ」


「なんじゃ?」


「この床に敷いている物は、なんだ?」


「あぁ、これ? これは、たたみじゃ」


「たたみ」


 たたみ、不思議な物だ。植物を編んで作っているのか?


「温泉は、どこ?」


 荷物を置いてきたカグヤが部屋の中に入って来た。


「これから、案内する。リン達も案内して大丈夫かの?」


「あぁ、大丈夫だぞ」


「わかった。じゃあ、俺についてくるのじゃ!」


 汎秀は、そう言うと部屋を出て行く。俺達も汎秀の後について行った。


 温泉までの道のり、俺は、気になったことを汎秀に聞こうと思った。


「この宿場町は人口どれくらいいるのだ?」


「どれくらいかの。二百、三百人ぐらいは、いるかもしれない」


「みんな、こういう宿屋を営んでいるのか?」


「いや、お土産屋さんとか定食屋とか様々な店をやっているの」


 俺は、津島を見てから、人間の町に興味を持ち始めている。いろんな町に訪れたいものだ。


「ここが、温泉じゃ」


 汎秀の目の前には、左右に青と赤のたれまくが、垂れていた。


「このたれまくはなんだ?」


「これは、のれんじゃな」


「のれんか、初めて見る形だ」


「ここが大事だから、ちゃんと聞くのじゃ。青色の、のれんが『男湯』。赤色の、のれんが女湯じゃ。リンやロイは、間違って赤の、のれんをくぐってはいけないぞ?」


「わかった」


「私、先に温泉入ってくるね」


 カグヤは、そう言うと、赤色の、のれんをくぐった。


「俺達も行くか」


「そうしますか」


「うん、行くのじゃ!」


 俺とロイ、汎秀は、青色の、のれんをくぐった。


 さすが。この町で一番大きな宿だ。人もいるが、それを気にしなくなるぐらいの大きな浴場が広がっている。


「温泉じゃー!」


 汎秀は、嬉しそうに温泉につかろうとする。


「ひろ、待て。先に体を洗って、流してからだ」


「えぇー、いいじゃないか。先に入って何が悪いのじゃ」


「ダメだ」


 俺は汎秀を連れて、体を流し、タオルで汚れを落とした。


「もう、つかっていいかの?」


「いいよ」


「やったのじゃー!」


 汎秀は、大喜びで温泉に入る。


「リン様。我らも体を休めましょう」


「そうだな。休める時に、休まないとだな」


 湯船につかってみると、体が温まっていくのを感じた。


「温まるな」


「はい」


「なぁ、リン」


 俺とロイが、湯につかってリラックスしていると、汎秀が話しかけてきた。


「どうした?」


「異国から来たと言っていたけど、元いた国はどんな感じの国だったのかの?」


「どんな感じの国か」


 さすがに魔王の息子とも言えない。大事なとこは、ぼかして抽象的に伝えよう。


「平和だったか?」


「いや、父が死んでからは、荒れてしまった」


「お父さん、偉かったのか?」


「あぁ。王様だった」


「王様?」


「大名みたいなもんだ」


「え、すごいのじゃ」


 汎秀は、目を丸くして驚いた。


「よく城から抜け出して、いろんな所に連れて行ってくれて良い父親だった」


「じゃあ、リンは王様だったのかの?」


「いや、父親が後継ぎを誰にするか言わないまま、死んでしまったから後継ぎ争いの真っ最中だった」


「リンも巻き込まれたのか?」


「あぁ、ここに来たのも兄にはめられて、ここに飛ばされてきた」


「大変だったんじゃな」


「だけど、それがなかったら、信長様やひろなどの織田家のみんなと会えなかったから、飛ばされて良かったと思う」


「リン……」


「ただ心残りがあるとすれば、みんな元気かな」


 ロイは、ついて来ているが、残された俺の仲間と俺を応援してくれた魔物や魔族たちが心配だ。今、どうなっているのだろうか。


「大丈夫じゃ。帰れる」


「そうだな。まずは、郎党を集めて斎藤家を倒してからだ。そうすれば、西に進める」


 俺は、外の夜景を見て、先に進むことを誓った。

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