闘技場

「これは、闘技場?」


 円形の舞台を中心にし、観客席で覆うようにしている。魔王領内にもいくつか、あった施設だ。


「なんじゃ、知っておったのか。そういえば、リンとロイは異国から来た者だったな」


 汎秀は、残念そうな顔をして落ち込んだ。


「いや、十分に驚いたよ。ここにまで、闘技場があるなんて」


 元々は、北に位置する大陸、ローパ大陸が発祥の娯楽だったはず。昔は、奴隷と魔物を戦わせていたと聞いている。俺のじいちゃんが、『わしも作りたい!』と言って、魔王領内にも闘技場を作り始めたんだっけな。


「そうか、ならいいのじゃ」


 汎秀は、嬉しそうに頷いた。


「ここでは、誰と誰を戦わせるのだ?」


「公募で集まった、力自慢の男達と妖怪じゃ!」


 妖怪。前に合戦で見た、怪物のことだ。


「ちなみに、これからやる試合は今日一番、観客が注目されている試合じゃ」


「そうなのか」


「リンとロイは、運がいいの!」


 汎秀も楽しみなようで、目を輝かせて円形の舞台を眺めている。


「誰だ、あの男?」


 円形の舞台に、一人の男が立っている。


「実況者じゃ」


「実況者?」


「見ればわかる」


「はい! 午後の部、一回戦目はいかがだったでしょうか!」


 真ん中にいた男が大声をあげる。


「楽しかったぞー!」


「次も楽しくなるんだよなぁ!?」


「筋肉質の男を出してー!」


 男女と共に歓声をあげる。すごい熱気だ。


「では、次の試合といきましょう。第二試合、人間側の挑戦者はこいつだ!」


 実況者の声と共に一人、上半身裸の男が入ってくる。


「この男の欲を埋めるものは、なんだ!? 一国を買えるほどの金か! 否! 数多の美女に囲まれることか! 否! この男! ただ斯波しば一族を守護大名に返り咲かせるだけが、目的ではない! あの織田信友と共に散った斯波しば義虎よしとらの遺児! 斯波しば銀次(じ)ぎんじ―!」


「おー! 斯波氏の生き残りだぞ!」


「室町幕府で重鎮だった、一族の力を見せてやれー!」


 観客の歓声は一段と高まった。


 銀次は、歓声が落ち着くと、刀を一振りする。すると、空気が大きく斬れる音が聞こえた。


「リン様」


「あぁ、こいつ強いぞ」


 鍛え抜かれた体に、真っ直ぐな剣筋。単純な武力なら、日本に来て会った者の中で上位に入る強さだ。


「対する妖怪側の挑戦者は、こいつだ!」


 一人の若い女性が、出て来る。


「女性?」


 髪を一つに束ね、白い服に身を包み、刀身が沿っている槍みたいな武器を持っていた。


「ひろ」


「どうした?」


「あの滝夜叉姫が着ている服と武器はなんていうのだ?」


「着ている服は、巫女みこ服だね。武器は、なぎなたって言うよ」


 巫女服となぎなたか。神聖さを感じるな。魔王軍の魔法部隊も、このような服装を、させてみるのもいいかもしれん。


「ねぇ、リン、もしかしてこれも何かわからない?」


 汎秀は、そう言うと自分が腰にかけていた剣を指さす。


「剣だろ?」


「これは、剣じゃなくて刀だよ。ほら、よく見てみて」


 汎秀に言われて、よく見てみると、包丁みたいに片方にしか刃が付いていなかった。剣なら両方に刃が付いているはずだ。ずっと、剣だと勘違いしていた。


「リン様、試合が始まりそうです」


「そうだな」


 後で、汎秀にいろいろ聞いてみよう。今は、試合の観戦に集中だ。


「父は日本三大怨霊の一人である平将門たいらのまさかどを持つ、伝説の妖怪がやってきた! この娘の宿命は、父と同じ天皇になることか! それとも、現在の朝廷を再び転覆させることか! 数多の妖怪を従える妖怪の姫! 滝夜叉たきやしゃひめ―!」


 実況者は、流暢な口調で滝夜叉姫を紹介した。


「生きてたんかよこいつ!」


「朝廷に負けて、寺に引きこもった話は嘘だったのよ!」


 会場内は、驚いている人もいるが、大部分は歓声だった。


「初めて、妖怪の戦い方が見られるな」


「えぇ、戦場では、砂煙もあって、ちゃんと見られませんでした」


 俺とロイは、滝夜叉姫という妖怪と斯波氏の生き残りである銀次の戦いに注目した。


「俺が合図出したら、試合が開始だー!」


 銀次と滝夜叉姫は。実況者に対面するように誘導される。


「では、午後の部、第二試合。始め!」


 最初に動いたのは、銀次からであった。銀次は、滝夜叉姫に向かって、突きを放つ。


「早いな」


 一般兵では、出せない突きの速さだ。


 滝夜叉姫は、顔色を一つも変えずに軽々と避ける。滝夜叉姫は、避けると、なぎなたを下から振り上げて銀次を攻撃する。


「銀次は、突きで重心が前に行っている。簡単には、避けられないぞ」


 勝負がついたかと思ったが、滝夜叉姫の攻撃は、銀次のわき腹を斬ることができなかった。


「なんだ、小さい刀は」


 銀次は、滝夜叉姫の攻撃を止めた。銀次が突きを放った刀とは、違う刀が攻撃を防いでいた。


「あれは、脇差だよ。銀次って人、攻撃が避けられないってわかった途端、攻撃した刀を離して、もう一本の刀で攻撃を防いだね。実戦慣れしているサムライの動きだ」


 滝夜叉姫は、攻撃が防がれると、距離をとった。


膠着こうちゃく状態に入りますかね?」


「いや、お互い、まだ手の内を全部出しているわけでは、なさそうだ」


 再び銀次から、動き出した。持っていた脇差を大きく振りかぶって、滝夜叉姫に向かって振り下ろした。


 滝夜叉姫は、再び避ける。


「おい、なにしているんだよ。また、おなじことを繰り返しになるよ」


 汎秀は、呆れ気味に言う。


「いや、なにかあるぞ」


 滝夜叉姫は、再び銀次に向かって、なぎなたを振り落とす。


 その時、銀次が笑みを浮かべたのを、俺は見逃さなかった。銀次は、振り落とした脇差を力任せに、下から滝夜叉姫に向かって斬り上げた。


「あの体勢から、無理やり!?」


「おそらく、脇差が刀より軽かったから出来た。それにしても、一度振り下ろした武器を休む間もなく、斬り上げるなんて、力任せが過ぎるぞ」


 命の奪い合いをしている中で、この技をしかける。それだけ、銀次は、自分の肉体に自信があったのだ。


 この斬り上げは、滝夜叉姫は想定していない。避けることは、できないだろう。


「な、なんだぁー!?」


 実況者が、驚きの声をあげた。


 銀次の斬り上げが当たったと思った瞬間、脇差は滝夜叉姫の寸前で止まったのだ。


「リン様、あれは」


「あぁ、なにかいるな」


 魔力が使えないから、見えないものを可視化させることができない。魔力が使えないのが、こんな不便だとは。


 すると、滝夜叉姫の体から脇差の刃を止めた妖怪の姿が現れる。


「実況歴、五年以上の人生で初めての光景を目にしています! なんと、滝夜叉姫の体から、ガイコツが現れたー!」


「なにが、起こっているんだ」


「妖怪の中から、妖怪が現れたぞ」


 実況者と同じく、観客たちも驚きの声をあげる。


「ネクロマンサーか」


 ネクロマンサー、死体を操ることを専門とする魔女や魔法使い。ネクロマンサーは、魔物や魔族もネクロマンサーになったりすると聞くが、日本でも存在していたのか。


「勝負ありましたね」


「あぁ」


 銀次は、その光景を見て、距離をとろうとしたのか、体を動かそうとしたが。ガイコツが、銀次の体に絡みつく。


「はなせー!」


 銀次の必死な声が、闘技場内に響き渡る。


 滝夜叉姫は、表情を変えることなく、動けなくなった銀次に向けて、なぎなたを振り下ろした。

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