39話 善良なる人
「そこの侍女。背格好がユレイアと似ているな。今すぐ服を取り替え、身代わりになって馬車に乗っていなさい。しばらくしたらスペラード騎士団が新しい馬車を寄越す。それに乗って、王都街道を下って我が領を目指すことだ」
ずかずかと無遠慮に馬車に入ってきたショーン大叔父さんには、イヴリンも心底驚いているようだった。
青い瞳をきょろきょろと動かし、結構な勢いで己の頬を叩くまでしている。
けれど、アメリがじろりとイヴリンを睨み、黙って頷いたので、その迫力に気圧されてかこくりと頷いた。
「……はい」
「だめっ、イヴリン……っ!」
イヴリンが私の代わりに身代わりになるなんて、冗談じゃない。
思わず叫んだ私に深いため息をつき、ショーン大叔父さんは私を睨んだ。
「ユレイア、お前は私と来なさい。別の道を使う」
「嫌です、イヴリンも、アメリも置いてはいけません」
「聞き分けなさい。私もお前も足手まといだ」
騒ぎを聞きつけてなのか、あるいは刺客を全て倒したからなのか、慌ただしくバーナードが走ってきた。そのたくましい腕には既に刺客の胴が二人ぶん抱えられていて、どちらもぐったりと力なく気を失っている。
「ショーン殿……!?」
イヴリンよりもあからさまに驚いたバーナードは、すぐさま渋面を作って、私とショーン大叔父さんの間に割って入ろうとした。
けれども、さっとアメリが片手をあげてそれを制して、馬車から降りた。
歪んでほぼ戻らない扉を無理矢理閉める寸前に、私とイヴリンへ「お着替えを」と囁く。
「ユレイア様をお願いいたします。私は伯爵屋敷から馬車を出し、イヴリンを連れて王都街道から領地へ戻ります」
「伯爵屋敷はやめておけ、もう手を回されている。今行くのは面倒だ」
「差し出がましいことを申し上げますがお許しを。伯爵屋敷が監視されているなら、引っかかったと思わせて、居場所を宣伝しなければなりません。伯爵屋敷の中に籠城しているか、あるいは街道から抜けたかを迷わせる必要があります」
「なるほど。いいだろう。せいぜい目くらましになってくれ」
外から話し合う大人達の声を聞きながら、私はイヴリンが次々とドレスを脱ぎ始めるのを見て唇を引き結んだ。
無表情に近い澄んだ瞳が「私は裸のままでも構いません」とばかりに私の顔を見つめる。
「バーナード、イヴリンを護衛なさい」
「アメリ殿、私は何があってもユレイア様をお守りしなければならないのです。お言葉ですが、ショーン様は……」
「こちらにおわすのは、伯爵夫人の弟様ですよ。それでもあなたは伯爵家の護衛騎士ですか」
アメリの叱咤は扉を突き抜けて私の胸にも刺さり、ぐっと奥歯を噛みしめた。
そうだ、彼はシレーネ大叔母さんの夫なのだ。彼が裏切っていないという保証はないけれど、アメリの言葉を今は信じるしかない。
汗まみれになって追いかけて来てくれたのが、真心か策略かはわからないけれど、このまま言い争っても追っ手に囲まれるのだということだけはわかる。
私はとうとう諦めて、重たい腕でドレスを脱ぎ始めた。
既にほとんど下着姿になっていたイヴリンが、真剣な顔つきで手早く私の背中にある飾り紐を外し始める。私は小さく呟いた。
「イヴリン……恐くないの? 私は、震えが止まらない」
「父は、弱くありませんから。……ユレイア様、こちらを着てくださいませ」
幸い、イヴリンのドレスは可憐だったが簡素で私一人でも着ることができた。けれど、複雑な私のドレスは、脱ぐのも大変だが着付けるのも大変だ。
イヴリンの背中にへばりついて、複雑な飾り紐に悪戦苦闘していると、無遠慮に扉が叩かれた。ショーン大叔父さんのイライラした声が、ノックの合間に飛び込んでくる。
「おい。早くしろ。次の追っ手が来るぞ。ああいう手合いはしぶといんだ、面子がかかってるからな」
ショーン大叔父さんが、膀胱の危機でも起きているのかと思うほど切羽詰まって激しく扉を叩くので、私はイヴリンの飾り紐をほとんど固結びと蝶々結びで仕上げて慌てて扉を開けた。
「遅い! 何をぐずぐずしていたんだ」
途端に、そう言われて腕をぐいぐい乱暴に引かれて、引きずり出されるようにして馬車から降ろされた。
既にショーン大叔父さんの手には、自分で乗ってきたらしい、新しい白馬の手綱が握られている。
私を粗雑に鞍の上に押し上げた彼は、ずんぐりしたネズミが意外に素早く壁を登るような機敏さで馬によじ登って、ぶつぶつ愚痴を吐いた。
「まったく。大貴族の奴らは白昼堂々動いても誰も何も言わん。羨ましいご身分だ……ああ、来たぞ! うわあ、だから嫌だったんだ!」
馬の首とショーン大叔父さんの間にいると、大声が余計耳に響く。
顔をしかめて振り返ったが、私には、どこに追っ手がいるのかちっとも分からなかった。
むしろ、ハリネズミのように矢が突き立ち、周囲に昏倒した人間が散らばっている馬車を、怯えた目で遠巻きに見ている通行人達の方がよっぽど目立つ。
素早く手綱の長さを調節したショーン大叔父さんは、馬車の前で武器を構えているアメリとバーナードを振り返ると、尊大に告げた。
「ではな。運が良ければ無事でいろ」
「お二方に虹の神の御手のごとき幸運がありますよう、祈っております」
「どうか、必ず、黒翼城でお会いしましょう……っ!」
静かに頭を下げるアメリと、声を詰まらせるバーナードを置き去りに、馬は瞬く間に走り出した。
別れの挨拶も出来なかったと思えば恐怖に身体が強ばり、私は必死に身体をねじった。
馬車の中から、私のドレスをまとったイヴリンが顔を出し、きゅっと唇を噛んで手を伸ばしている姿が、目に飛び込んでくる。
「ご無事で……っ!」
その細い声が震えているのに、胸を突かれたような気になった。
彼女だって不安なのだ。
いつも図太くて自信にあふれていると信じていたけれど、まだ私よりずっと幼い子供なのだ。そう思ったら感情の堰がぷつっと切れて、私はほとんど泣き声で叫んでいた。
「イヴリンっ! アメリ、バーナード……!」
「こら、名前は呼ぶな! 追っ手に聞こえるだろうが!」
鋭く叱られて、私は涙目でショーン大叔父さんを睨み付けた。
彼は汗を額にうかべながら、私を見もせずに王都街道から外れ、横の路地へと駆け込んでいく。
「強いのは護衛騎士に任せろ。私はそうそう戦えんぞ。生意気なだけではなく、愚かなのかね」
「生意気で愚かな私のことなんて、お嫌いでしょう。何故、放っておいてくれないんですか!」
「これだから子爵家の娘は嫌なんだ。自分の身柄ひとつで何を巻き込んでるのか、そういう自覚がまるでない!」
ショーン大叔父さんは、あからさまに苛立って鼻を鳴らすと、乱暴に馬を操った。
怯えていたはずの馬は、ショーン大叔父さんの苛立ちに当てられて必死に駆け足で走り始めた。激しく上下する鞍の上で、私は膝で衝撃を逃がすのに必死になった。
お姉様との二人乗りで鍛えていなければ、あっという間に落馬するか、お尻がすりむけてしまっていただろう。
ショーン大叔父さんは、目についた角を次々と曲がり、でたらめに馬をぐるぐると走らせているかのようだった。
何度か「しつこい」だの「ああもう!」だのとぶつぶつ呻いては、ぎょろぎょろとビーズのような目玉を左右に走らせて、路地を細かく曲がっていく。
けれど、何度目かの曲がり角を抜けると、やがて大きなため息をついて急に馬を落ち着かせ、ゆっくりと並足へ移していった。
ようやく周囲を見る余裕が出来た私は、そこが王都オーブの中でもかなり雑多な路地だということに気がついた。
小さな劇場と小売店が軒を連ね、旅芸人や踊り子があちこちで華やかな音楽を奏でている。
ショーン大叔父さんの華美な上着は、貴族達の往来する広間で見ると品がなく目立って見えたが、旅芸人達が行き交う通りに混ざると実に自然で、いっそ地味に見えて不思議だ。
簡素寄りのドレスをまとった私と馬を二人乗りしている姿は、旅芸人の父と踊り子見習いの娘に見えなくもないのかも知れない。あまり嬉しくはないが、血が繋がっているので、そう顔立ちがかけ離れている訳でもないし。
ショーン大叔父さんは、まだ王都街道の事件など知りもしない雑踏の流れに乗ると、路地の中でも馬が多い方ばかりを選んで手綱を操った。
やがて、城とはとても言えないが、それなりに大きなお屋敷のある通りにたどり着いたショーン大叔父さんは、何故か裏手の門に回って、屋敷へ入るための行列に加わった。
赤茶色のレンガが積まれた壁沿いは、沢山の荷馬車が並んでいて、ゆるく歩く程度の速度で進んでいた。
埃や馬の臭いがきつく、荷車の鶏や羊が喚く声でひどく騒がしい。
一体この屋敷に何の用なのだろう、とショーン大叔父さんを振り返ったら「おお、忘れていた」と言うなりいきなり髪飾りを引き抜き、私の頭をぐしゃぐしゃにしてきた。
「な……っ! 何す、何して……っ!」
「その服にこの髪型はおかしいだろうが」
あっさり正論を言われて私はやり場のない怒りに唇をひん曲げた。
よりにもよって、ショーン大叔父さんにこんな事を言われるなんて、最悪だ!
これ以上髪を触られるのが嫌過ぎて、私はショーン大叔父さんの手を払って、自分で髪を解き始めた。
幸い、子供だったお陰で髪の半分は流しており、ダイヤモンドのヘアピンと花飾りをいくつか抜けば、柔らかく巻いた髪が滑らかに肩へ落ちてきた。
逃亡中であることを思い出し、横の髪を額に回して顔を隠す。
陰気な髪のカーテンを被った私を眺めると、ショーン大叔父さんはふむ、と頷いてから、いきなり下品に大きな声をあげた。
「ああくそ! こんなに待ってられるか!」
隠れなければいけないのに、何をしているんだと心臓が口から飛び出そうになったけれど、荷馬車の持ち主達は、ほとんどが面倒そうにちらりとこちらを見ただけだった。そんなに治安のいい場所ではないようだ。
ショーン大叔父さんは、ぶつぶつと口の中で文句を言いながら、私を抱き上げて馬から下りる。
それから、たまたま真後ろに居た、野菜が山積みの籠を背負った男を「おいあんた!」と横柄に怒鳴りつける。
「馬預かってろ! 私はこいつを旦那様に見せてくる」
突然手綱を押しつけられた男は慌てたようだったけれど、ショーン大叔父さんは確認もせずに私を地面に降ろすと、雑に腕を引っ張って行列を追い越していく。
裏門に出入りしようとしている商人を突き飛ばすと、門番に対して腹を突き出しながら、私の髪飾りを押しつける。
「おい、先に入れろ。こいつをやる」
「あ、私の……」
「黙っていろ!」
それだけで、私達の関係を理解したのか、門番はにやにやしながら先に通してくれた。
裏庭の中は多くの人でごった返して、どこで誰がどう取引をしているのかよく分からない。
ショーン大叔父さんは、しばらく私の腕を引っ張り、肩をそびやかして歩いていたけれど、屋敷の壁沿いにたどり着くと、植え込みの影で急に上着をひっくり返して着直した。
「ああ、疲れた。損な役回りばかりだ、寿命が縮んだ」
そうぶつぶつ言いながら来ている上着の裏地は地味な紺色で、うすっぺらい安物の生地だ。それだけで、ショーン大叔父さんは、品のない成金から、地味で小太りの商人に早変わりした。
もしも王城の大広間でこの裏地を見たら、ぼったくられて偽物を掴まされた男だと思うだろうが、商人のあふれるこの庭では、五人に一人はこんな格好だろうと思える程に自然だ。
「あの……今のは」
「この家は商売が雑でな。出入りする商人も使用人もすぐ入れ替わる。あの男に渡した馬はもう返って来んだろうよ。つまりはまあ、馬を捨てるには都合のいい場所だ」
そう言いながらショーン大叔父さんは、今度は私の手を普通に引いて、屋敷沿いの植え込みを歩いて行った。
「あの……ここは一体、どこなのですか?」
「妻の実家だ。昔、ここからあいつをよく盗んだもんだ」
「裏から入るんですか?」
「当たり前だ。妻はとっくにこの家と絶縁しているからな」
「勝手に入ったら駄目じゃないですか」
「見つかればな」
人々の喧噪は少しづつ遠くなり、屋敷の壁もどんどんと苔むしたり、カビたりと劣化が進んでいった。他人に見えるところしか直していないのだろう。
「私は好きだがな。こういうネズミがぬくぬく過ごせる場所っていうのは大切なんだ。誰も彼もが清廉に生きられる訳ないじゃないか。だがまあ、頭の良い女には耐えられん場所だったんだろう……ああ、あったあった」
ショーン大叔父さんはほっと息を吐くと、壊れた馬車や、家具などが山積みにされた粗大ゴミ置き場のような場所へ分け入っていった。気味の悪い虫やネズミが居そうで、後に続くのはためらわれたけれど、手を引かれているのだから仕方が無い。
「君もそのうちわかるぞ。黒翼城では、適当に手を抜いて楽をして生きたい、という考え方が異端になってるんだ。本当に息が詰まる。女子供であっても、武芸をやらんと肩身が狭い。そのうち嫌というほど習わされるぞ。確実にだ」
「もう随分手ほどきされていますけど……」
「あんなの、遊びのようなものだ」
「アースだって、そんなに練習していませんけれど……」
「そろそろ骨がしっかりして来るからな。まあ、来年の春には逃がしてもらえなくなるだろう。かわいそうに……」
そう言って鼻を鳴らすショーン大叔父さんと共に、私は布地の裂けたソファをのぼり、ほとんど腐ったタンスの横をすりぬけた。
ショーン大叔父さんは、私から手を離すと、ゴミ山の、原型をとどめていないような枯れツタに絡まった扉を一枚、ゆっくりとどかした。
下からもう一枚、古びた金属の扉が出てくる。
廃材とばかり思っていたその扉の取っ手を握り、ショーン大叔父さんは軋ませながら押し開けた。
埃と蜘蛛の巣まみれの細い階段が現れ、私は息を飲む。
地下通路にはいい思い出がないのだが、ショーン大叔父さんは、立ちすくんだ私を振り返り、それからきゃしゃなパーティー靴に目を留めて派手にため息をついた。
「靴もか」
心底面倒そうな顔をして、ショーン大叔父さんは私に背を向けてしゃがみこんだ。
「早くしなさい。ぐずぐず立ったままで見つかる気か」
「えっ、えっと……」
もしかして、まさか、と思いながら背中に両手を乗せたら、ショーン大叔父さんは当たり前に私を背負って立ち上がり、薄汚れた階段を降りていった。
重たい鉄の扉は勝手に自重で閉まり、あたりは真っ暗で何も見えない。
遠くから生臭い臭いがして不気味で、私は思わず首を縮めた。
「ああ、使用人がいないのは疲れる。なんだってこんなことになったんだ」
まったく先が見えない程に暗い通路の中では、ショーン大叔父さんの愚痴ですら、あった方が気が紛れた。
階段はなだらかに地下へと続き、どこかから風が吹いているのがわかった。
「お二人で協力して馬車を操れば、一緒に行けたのではないですか……」
「馬が疲れて伯爵領まで持たん」
「で、では、敵を欺き、倒しながらゆっくり……」
「こんな小心者の凡人に何を求めているんだ、君は。お義兄様ならできるだろうが、私にそんな芸当を求めるなよ。私があの伝説じいさんの義弟でどれほど苦労したと思っている。あの人はあれだ、化け物だ。天才だ」
「やっぱり、お祖父様って凄かったのですね」
「当たり前だ。嫌だぞ、ああいうのが上の世代にいつまでも居座っているのは。私の全盛期はじいさんの影に隠れ、私が衰えていく中でいつまでも能力を保っているんだ。ああいやだ」
「嫌いなものが多いのですね」
鈍く響いていた足音の調子が少し変わった。
音が遠くに反射して、細い通路から少し広い場所に出たのだとわかった。
「そりゃそうだ。こんな世の中なんだ。もちろん、君だっていけ好かないぞ、ユレイア」
生臭い臭いが強くなり、じゃぶじゃぶと水の流れる音がする。洗濯場が近くにあるのだろうか。
ショーン大叔父さんは、片手で壁に触れながらぐるりと部屋をまわった。
「突然現れて、夢にまで見た息子が伯爵になる夢を奪っていくんだぞ。嫌われるだろう、それは。頭を使いなさい。賢いんだろう、君は。家庭教師達は皆そう言っていたぞ。……さて、落ちないように気をつけなさい」
ぎちり、と縄が軋む音と共に、ショーン大叔父さんが私の両足を支える腕を外したので、私は腕と足の力だけで彼にへばりつかなければならなかった。
どうやら、縄ばしごを使って、どこかを登り始めたらしい。
背中に背負われたまましばらく緊張していたけれど、ショーン大叔父さんはぜいぜい息をしながらも、案外安定した速度で登り終えてしまった。
どん、と振動があって、ショーン大叔父さんはどこかに着地した。
流石に息が切れたのか、盛大な愚痴はなりをひそめて、荒い呼吸が背中に伝わってくるばかりだ。
しばらく周囲をうろついていたショーン大叔父さんだったが、やがてかつん、と金属音と共に足を止めた。
彼が片手で何かを思いきり引いた途端に、小さな炎が火花と共に、ぼっ、と燃え上がる。
突然ひろがった光は、闇に押し込められた視界にはひどく明るく、私は灯されたランタンに目を細めた。
「ここは……」
そこでようやく、私はここが小さな船の甲板だと気がついた。
暗い中でも灯がつくように工夫されたランタンは、メインマストに吊り下げられて、だらりと垂れた帆に橙色の光をまるく広げている。
「ああ、疲れた。しんどかった。なんてわりに合わないんだ、信じられん。君のせいだからな、ユレイア」
ショーン大叔父さんが、メインマストにへばりつくようにして息を整えている。
背中にびっとりと滲んだ汗に、私は思わず小さな声で呟いた。
「どうして……」
「地下の船着き場だ。運河に繋がっていてな、ここの家の主人が悪いもんを輸送するための船だ。この次期は使われてないから、明日の朝になったらこいつを使って外に出る」
「そうではなくて、どうして……私を、嫌いなのに……」
はあ? とショーン大叔父さんは実に品のない声を上げて私の無知を非難した。
「私をなんだと思っているんだ。私は、街道の守護者にして清廉な騎士団。悪しき蛇を食んで羽毛で子供を暖める、雪銀鷲の紋章を戴くもの。スペラード伯爵家の係累だぞ」
「それは……」
「ユレイア、おまえのことは好きではない。命の保証だってせん。私はできないことは言わんからな。妻と息子を人質に取られたら迷わずおまえを見捨てるし、私自身の命までは賭けてやれん」
べらべらと早口でまくし立てたショーン大叔父さんは、それから少し詰まって、大きくため息をまたついてから、ぼそりと告げた。
「それでも、この程度のことはする。普通だろうが」
なんとなく、気まずい沈黙があたりに落ちた。
ショーン大叔父さんは、面倒そうに、あー、と呻くと、少しだけ苦笑して身体を揺さぶった。
「さあ、降りてくれユレイア。腰がそろそろ限界だ。……ああ、久しぶりに子供を背負ったな」
アースもこのくらいの重さの頃があった、と懐かしそうに呟く声が、妙に素朴に耳へ響く。
私は妙に気恥ずかしい気持ちで、ゆっくりとしゃがんだショーン大叔父さんの背中から手を離し、甲板にぽんと飛び降りた。
細い靴のかかとが、かつんと洒落た音を立てた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます