2-EPILOGUE(I)

「あー痛ぇ……今日もベッドの中で寝たきりかぁ……」


「でもゾンビにならないのが確定してるだけいいじゃん」


「まあな……。それはさておき、バイトいつ再開できるんだろーな」


「全快するまで無理だろうな」


「クッソォ……」




 あれから2日後。


 夏子は俺の部屋で横になっていた。当然、先日の戦闘で負った脇腹と背中の治療の為だ。


 魔法少女は常人より傷の治りが速い、と夏子から聞いている。しかも体が歪むようなダメージも自動矯正で修復されるので、寝るだけで綺麗な治り方ができるというのだ。


 という訳で今、彼女はいつものベッドに横たわっている。


 しかし今回の傷は正直、治りが遅い部類に入っていた。理由は、傷を負った後も夏子が無理して動いていたから。全治3日間、と言われたがこれではその分のバイト代が死ぬ。その事で、俺も夏子も不安の種を埋められていた。




 今日も愚痴をこぼしながら、夏子はベッドに横たわる。


「ま、今日は学校だしさ。巴美さんにもよろしく言っとくから」


「もう来るんじゃねえの?」


「いやいや、こんな忙しい時に――」


 その時俺の声を遮って、T.M.Revolutionの曲が流れてきた。紛れも無く、俺のスマホの着メロだ。画面には『巴美さん』とある。全治3日間、と言ってくれた人の名前。金曜日、夏子に言われて追加したものだ。


 この連絡先が無かったら、巴美さんに『仲間』認定されてはいなかっただろう。











 2日前、夏子達がアオを『分からせ』た帰り。


 四人は現実世界に帰り、例の炎魔法でウイルスだけ除去して貰った。家の物が何一つ焼失しなかった事に、裕誠と真司は驚いた。アオもまた、驚いていた。その後、夏子のチョップでアオが気絶。そのまま家に送還、という形になった。送還役は、真司。


「これで行方不明者が出なくなったら、失踪事件は解決だな」


 そう残して、真司は自宅に帰っていった。


「さて……うぎゃあっ」


 今、話す時になって遂に、夏子に蓄積された痛みが解放された。あまりの痛みに夏子は倒れ、裕誠の方を向いて言った。


「頼む、巴美に電話してくれ、あうっ」


 言われるがままに、裕誠はスマホを取り出して巴美の番号にかける。


「アタシが近くにいる事と、事の次第だけ話せばいい……うげっ」


 夏子が付け足す。


 数秒後、巴美の声が聞こえた。


『もしもし?』


「巴美さん?」


『裕誠君?なぜ私の番号を――』


「夏子に教えて貰いました」


『倉十さんが?』


「はい、今戦ってきたばかりで痛みが激しいみたいで、俺が出てます」


『……倉十さんの話が聞きたいわ、替わって貰える?』


 それを聞くと、裕誠は夏子に電話を替わっても良いか尋ねた。


「わ、分かった……出てやるよ」


 渋々ながら、夏子は裕誠のスマホを取り、苦し紛れに話した。




「よぉ巴美ぃ……」


『倉十さんなのね?どうしたのその声、苦しそうじゃない』


「ゲームの世界に閉じ込められて、そこで戦ってた」


『えっ嘘でしょ?』


「ホントだ……生命力も膂力も強すぎるヤツに遭って、ソイツとの戦いで背中と脇腹を痛めた」


『成程ね。それはまた聞くとして、なぜ私の番号が』


「そりゃアタシが裕誠を守ってっからだよ」


『……倉十さんが、裕誠君を?』


「そっ。アイツも『神徒』に襲われて、アタシが奇跡的に助けたんだ。アイツも『神徒』の事を知ってる。アンタの事も、とっくに教えてんぞ?」


『まさか』


「番号も、な」


 黙りこける巴美。しかし、数秒後。


『フフッ』


 巴美の笑い声が電話の向こうから聞こえてきた。


『信用、してるのね?』


「当然さ、だって同じ事を知ってるからな。加えて、アイツは変態でも何でもない。ただの意気地無しさ」


 裕誠はそれを聞いてムッとした。しかし直後。


「でも……家の無かったアタシを『家』に迎え入れてくれたのは、他でもない裕誠だ。それに、アタシを襲ってもいない。何てったって、アイツは優しいからな。そんな無害なヤツが勝手に死んでくのを、アタシは見たくねえ。アタシは全力で、アイツを――裕誠を守る」


 電話の向こうの巴美に、夏子は毅然とそう言った。


「それに裕誠にゃ、アタシを襲えねえよ。めっちゃ痛え返り討ちが待ってるって、分かってっからな」


『へえ』


 巴美が息を吐くのが、夏子の耳に聞こえた。それは、感激と祝福を含むかのように。


『頑張って』


「え?」


『とりあえず家でじっとしてなさい、続きはそっちで聞くから』











 それから俺は、家に来た巴美さんから「倉十さんをよろしく頼むわね」と託された。『翌日、家を襲ってきた犯人を連れて来る』という条件付きで。しかしそれも真司のコネでどうにかなった。アオの能力が本物だと知ると、巴美さんも本格的に信じてくれた。




 そして今。


「ほーら来た」


「うるさいやい」


 夏子の態度に呆れながら、スマホを取って返事に出る。


「もしもし裕誠君?」


「え?」


 巴美さんの『裕誠君』呼びに、思わず心臓が一部プチっといきそうになった。


「あ、はい裕誠です」


「倉十さんは大丈夫そう?」


「はい、あと一日で全快すると思います」


「分かったわ」巴美さんは穏やかに了解の意を告げた。「それじゃあ、倉十さんによろしく頼むわね。続きは学校で、真司君も混ぜて」


 そこで通話が切れた。


「どーだった?」


「続きは学校で、だとよ」


 ヘッ、と短く息を吐いて、夏子はテレビを点けた。


「ニュースか?」


「ああ、アオがまた何かやらかしてねえか、ってね」


「そっちか……でもあんな風に脅されたら誰もやらないだろ」


 今でもアオのあの怯えた表情が目に浮かぶ。しかも夏子が「なんだったら今やるか」と言った後に「おい裕誠、今からコイツを***しろ」って言ってきたのも思い浮かんでしまう。流石に断ったが。


 あれから夏子がさらに頼もしく見えるとともに、絶対に敵に回しちゃいけないな、という警鐘すら感じるようになった。同じ以上の警鐘がアオの中でも響いているのだろう。そうでなければ『連続失踪事件』の件数がまた増えているハズだし。実際、テレビにはそういうニュースは流れていなかった。




「警察に言わなくていいのか?」俺はふと気になった事を、当たり前の事のように訪ねる。「報奨金でゲーセン通いするんじゃなかったかって」


「ああ、アイツはサツに突き出さねえ事にした」夏子が即答する。「アイツが炎上しても、こっちにゃ何の得も無えからな。真司にも」


「そっか」


「それよりも次のテストの事、気にしなくていいのか?」


「うっ……そうじゃん」


 中間考査が迫っているのを思い出し、頭を抱える。


「ニュース見る暇無いんじゃねえの?」


「……巴美さん、勉強会開くんだろうな……」


「へへっ」


 太陽のような笑みを浮かべる夏子。


 できる事なら、一生……無理なら一日中でもいいからこの笑みの前にいたい。


 そう思いながら。


「とりあえず、行ってくるよ」


 俺は夏子に、挨拶をかけた。


「行ってこい、裕誠」


 その言葉を背中に感じながら、俺は部屋を出た。











「昨日も発生無し、か……」


「はい……これ以上、事が拡散するのを恐れて逃げたんでしょうか?」


「恐らくな……」


 権藤総監はニュースを見ていた。気難しい顔で画面を見つめている。僕の返答に対する答え方も、気難しくなっていた。


「……しかし何としても犯人は逮捕せねばな」


「はい」僕はその気難しさに呼応し、あまりハキハキとはせずに答えた。「トラックの方は解決が難しいでしょうけれど、ネットカフェ失踪事件の方は――」











「おっ、子分一号」


「子分一号じゃなくて松ケ谷裕誠ですよ、何度言ったら分かるんですか」


 学校に向かう途中、偶然にも欠端さんに会った。確か今日は、夜勤だからあまり早くは起きないハズ。なぜここにいるのかは分からなかったが、何か買いにでも向かっていたのだろう。


「おおスマンスマン、2日前だったろ?翌日が激務だったから忘れちまったわ」


「それは仕方ないですけど……今度はちゃんと覚えてくださいよ。俺の名前は『松ケ谷裕誠』ですから」


「そうかそうか、『松ケ谷裕誠』ね、覚えたぜ」ヘラヘラと答える欠端さん。「先日はありがとな、俺の捜査に協力してくれて」


「また忘れるといけないんでメモしてください、ホントに感謝してるんなら」


「へへっ、言ってくれるじゃねえか。ま、感謝はしてるが事件自体はまだ解決してねえしな」


 そう言うと、「そろそろ行くわ」と俺に手を振った。同じように手を振った俺に向けて、欠端さんは一言。


「学校、次テストだろ?頑張れよ、その次ゃ楽しい修学旅行だからな……一度きりの人生、楽しまなくちゃ損だぜ?」


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