2-6

「おらおら死ねやゾンビども!」


 嬉々として夏子が叫ぶ。余程、欠端さんがストレスだったのか。


「ちょ夏子、ここアパートだから静かにした方が良いって」


「悪い悪い、でもこれ超スカッとすんだよなー」


 ゾンビゲーム。そのスコアタモード。それをオフライン二人協力プレイでやっているが、夏子が正確に敵を撃ちまくり、どんどんスコアを伸ばしていく。


「特に、こういう時とか……さっ!」


 「さっ!」のタイミングで、夏子の操作するキャラが体術でゾンビを倒す。


「すげーだろアタシ。アタシ一人で全員倒せそうだ」


 画面の敵がどんどん倒れていく。ゾンビより強敵とされる複眼のゾンビもどきも、次々と散っていく。


「まあな。でも」俺はキャラを操る手を速めた。「こっちはこのゲームを長くやってんだよなあ!」


 俺のキャラも夏子に負けじと敵を薙ぎ倒していく。


 フィーバータイム。突入の数秒後、試合終了の合図が鳴った。


 ランクは……S。


「っしゃー!」


「だから、うるさいんだよ」


「すまねえすまねえ」ブイサインを俺の目の前に引っ提げ、夏子が言う。「なあ、もう一回やんないか?」


「なんか妙に不完全燃焼だからもう一回」


 正直言うと、もう十分だが。


「分かった、次行くか」


 夏子が〇ボタンを連打した。




 そこで信じられない現象が起こった。




「おい、急にコントローラー消えたぞ!?」


「えっ?」


 夏子の声に反応して自分の手元を見る。


「こっちのも、消えてる」


「それだけじゃねえ、ここ……」夏子が立ち上がった。周りを見渡して、剣呑な顔で言う。「辺り一面、夜の都会じゃねえか……」


「おいおい、冗談だろ」


 俺も立ち上がり、周りを見渡す。


 確かに、ネオンサインが多用されている、大通りっぽい雰囲気だ。金色のネオン看板を掲げ、鮮やかな赤に彩られた高架橋が、圧倒的存在感を放つ。


 しかし夜。おまけに、都会だというのに人はどこにも見当たらない。


「書いてある文字も漢字ばかり、って事は」


「おい……これって幻覚とか夢とかか?」


 そう言って夏子が槍を取り出し、雑に振り回した。


「ちょっと夏子!ホントに幻覚だったらどうすんだよ」


 慌てて夏子を止めに入ろうとするが、柄の先が腹にぶつかる。


「ぐあっ……」


 少し遠くに、俺の体が飛ばされていく。


「裕誠!?」


 夏子が俺に駆け寄りかけて、そして足を止めた。


「――無え」


「え?」


 衝撃に痛む腹を抱え、夏子の方を見た。


 その瞬間、夏子の大きな声が聞こえてきた。


「ここは幻覚じゃねえ!ぞ!」


 焦り気味に自分の頬をつねる夏子。それからこっちに向けてもう一度大声で、


「お前も頬っぺたつねってみろ!」


 と叫んだ。


 何が起きているのか分からない。しかし彼女は一応、経験者。従っておいた方が賢明かもしれない。


 俺は言われた通りに頬を引っ張ってみた。鈍い痛みが頬に溜まる。


「……夢じゃない」夏子に向かって、俺も大声で叫ぶ。「夢でもないぞ、これ!」


 それを聞くや否や、夏子が俺の側に飛び込んできた。


「ここ……転移したとしか思えねえ」


「それは俺も思ってる……それもただの転移じゃない」


 今の景色は、自分が何度も見たもの。中国の都市だ――の。


「俺達がやってたゲームの世界だ……!」




 途端。


「クスクスクス」


「だ、誰だ!」


 突如、嬌声が辺りに響いてきた。夏子が槍を構え、大声で叫ぶ。


「まさかゾンビゲームに転移させる事になるとはねー」


 語尾を伸ばす挑発的な声。そして人影が俺達の前に降り立つ。


「ファンタジー世界の方が良かったんだけど……魔法少女さんがビッグリグスさんに言った『不便な世界』の代表だし」


 ローブを被っているが、先程の声からして少女、或いは男の娘で確定している。そして背の高さから、10代前半だろう。


 高い声が再び続ける。


「でもここも、かなり不便そうだからいっか」


 その人影に向かって、俺は言った。


「お……お前が、『インターネットの霊』……なのか?」


 人影は右手を挙げ、何か合図らしき事をした。それからこんな場所にそぐわない間延びした声で言った。


「うーん、ちょっと違うかなー」


 それを聞いて俺は戦慄した。夏子もまた、何か感じたようだ。


「誰だ、お前……こんな事ができておいて『霊じゃない』って、まさか」


「そーだよー、あなたが思ってる通り。分かりやすいように『ビッグリグスさん』って言ってあげたのに」


 その時。


 示し合わせたかのように、何かの唸り声が辺り一面に響き渡った。


「「っ!?」」


「自己紹介、行くよ」


 そう言って一秒。


「私は『ゲームゲート』。14歳。あなた達が死ぬ瞬間は見られないけどよろしくね、クスッ」




 14歳の、子ども……!?なぜ……!?




「アンタが連続失踪事件の黒幕かい」夏子が不敵に吐き捨てる。「警察に突き出せば報奨金で毎日ゲーセン通い、できそうだな」


「そんな大口を叩くのも最後になっちゃうね~」ゲームゲートは質問にそう答え、口元を覆ってクスリと笑う。「だって君達は~、ここから帰れないんだから」


 無邪気な顔が恐ろしい事をサラッと言う。しかし、恐らくかなり的を射た発言だ。


 ここはゲームの世界。ただしラノベの典型に沿うなら、『ゲームの』じゃなくて『ゲームの』。現実世界でゲームを閉じたとしても、ここの時間は動いたまま。さらにウイルスも存在する為、感染したら最後ゾンビ化だろう。


 それを承知で、ゲームゲートもこれまで何人かを異世界送りにしてきた――恐らく声からして「楽しい世界へ連れて行っている慈善事業」だと思っているだろうけれども。


 しかし帰れない上にゾンビ化は流石に御免だ。それは夏子もそうだろう。俺だってそうだ。


「やいテメェ」予想通り、夏子がキレた。「アタシ達を元の世界に戻せ」


「無理」ゲームゲートが即答する。「だって『神徒』のお仕事を邪魔するんでしょ?悪者じゃん」


「悪者はテメェらだ、人を殺したり誘拐したりよぉ」


「えぇ~!?せっかくゴミ拾いとかのボランティアをやってる『神徒』の事、そんな風に言うんだ」


 ゲームゲートはどうやら気付いていない。彼女がやってる事、そして『神徒』の本性に。『神徒』の事を本気で善人だと思い込んでいる。純粋さのままに。


「もう、怒った。あなたたちだけは絶対帰さないから」


 ゲームゲートが手を掲げる。そして迫真の声で叫んだ。




「ゾンビの皆!ここにいる二人を食べちゃって!」




 唸り声達の反響が響き渡る。


 足音まで撒き散らし、ゾンビ達が俺達の目の前に躍り出た。




「……っ、こんな大量にか……!?」


 夏子が顔から汗を流して言う。


「ど、どうする夏子」


「決まってんだろ、あのガキとっ捕まえて家に――」


 夏子はゲームゲートの方向を見た。俺も同じ方向を向く。しかし。




 そこに彼女の姿は無かった。




「クソッ……!」


 夏子が悪態をついたその時。




「ブヴヴォオオオオオオオオオアアアアオオオオアアアアッ!!!!!!!!」




「今度は何だ!?」


 突然の唸り声の方を向く夏子に、俺は力無く答えた。


「ああ、多分……アイツだ……。ここのステージの……ボスキャラだよ……っ!」











「ハァ、ハァ、ハァ……どうしよう……」


 ゲームゲートはリビングの前で頭を抱えていた。


「ウイルス持ち込んでたらどうしよう……!」


 ターゲット二人をゲーム世界に閉じ込めるという任務は遂行した。奴らにはチートも何も与えなかった。与えていれば、あの世界を救ってしまうかもしれない。そしてそこから元の世界に戻る為、色々企んでくるだろう。しかし、それも防いだ。奴らはゾンビに襲われ、じきにゾンビになってお終いだろう。


 後は家に真っすぐ帰るだけ、のハズだった。しかし問題が一つ。


 それは閉じ込めたゲーム世界が、ゾンビゲームの世界であった事。その作品の世界へ転移・転送する権能である以上、ゾンビゲームの世界もまた本物を見る事ができる。それはつまり、ゾンビのウイルスも付着している恐れがある、という事。


 流石にゾンビウイルスをこの世界に撒き散らす訳にはいかない。


「やりたくないけど、やるしかないか……あっ」


 消毒液の容器を持ちかけて、ゲームゲートは思い出したとばかりに声を漏らした。


「あの人なら……異世界にウイルスを送ってくれるかもしれない」




『ゲームゲートか……聖務は遂行できたか?』


「はい、難なく遂行できました。しかし一つ、重大な問題が」


 『神徒』の共通能力たるテレパシーを使い、リーダー格のスペースフレームに報告する。無論、ゾンビワールドの事も。


「あの二人を転送した先がまさかゾンビゲームの世界だったなんて。しかも名乗る為にその世界に赴いちゃったから、ウイルスが付いてる可能性もあるかと」


『成程な』スペースフレームが笑って言ったが、恐らく苦笑だろう。『だが我々の事はもう奴らに知られているからな。ビッグリグスの事もあるし、仇討ちの格式として名乗りたかったのだろう?』


「分かるんですか?」


『実際、私もそうだからね』


 スペースフレームの声は穏やかで、ゲームゲートを安心させるには十分だった。


『よし、そこで待っていろ。すぐに向かう。こちらの表仕事も丁度終わった頃だ』


 スペースフレームの快諾。そこに、ゲームゲートの心は安堵を得た。


「ありがとうございます」


『そこからはまた会議になるだろうな。これ以上ゾンビゲームの世界に関わらないように聖務を全うする方法を話し合うべきだ』




 15分後。


「待たせたね」


 フードを被った男が、ゲームゲートの待つ部屋に入り込んできた。その入り方は、不審者としてはかなり礼儀が良かった。


 それを見て、ゲームゲートが飛び上がるように腰を上げる。


「はい、待ってました」ゲームゲートの声は間延びせず、しかしまだ穏やかだった。「では私とこの部屋に付いてる、ゾンビウイルスを」


「皆まで言うな。異世界に飛ばせ、だろ?」


 男がゲームゲートと同じくらいの穏やかさで言った。


「君はじきに素晴らしいインフルエンサーになる……だから『神徒』に呼んであげたんだ。そんな人に『ウイルスを撒き散らした疫病神』のレッテルが貼られたらこちらとしても肩身が狭い」


「じゃ、じゃあ」


「大丈夫、もうウイルスは異世界に飛んだよ。一粒残らず、ね」











「とりあえず、まずは雑魚ゾンビどもを蹴散らさねえと……」


 そう言うと、夏子は胸元のネックレスから十字架を片手で器用に取り外した。右手にそれを持ち、後ろの裕誠に見せびらかすように立つ。


「それって……!?」


「アンタみてえなオタクなら、見たいだろって思ってな……見たけりゃ、とことん見せてやるよ」


 右手の十字架を、左中指の指輪にかざす。その瞬間、十字架と指輪が何かの力で接着され、赤く輝く。


 それを見届け、夏子は叫んだ。


「変身!」




 夏子の足元から炎が勢いよく舞い上がり、その体を包む。まるで『絶望の闇を照らす炎』。その中から、魔法少女の姿となった夏子が現れ出た。その髪を染めるのは、茶色の要素すら無い完全なる赤。


 赤とオレンジと黄色に彩られたその姿は、もはや『希望の炎』の擬人化。すらりとしたシルエットが、救いのヒーローという雰囲気をさらに醸し出す。


 手に大きな槍を持ち、凛々しく立つ魔法少女。彼女が、不敵に笑った。


「さあて……アタシらにもウイルスが付いてんだろうし、まずはアイサツ代わりに!」


 そう言うと槍を頭上で数回転させ、石突きで地面を突く。


 そして詠唱。


Flammeフランメ derデア Reinigungライニグング!」


 瞬間、夏子と裕誠の足元から勢いよく炎が噴き出した。


「おわわっ、熱っ!?」


 炎が自分を包み、思わず叫ぶ裕誠。


「ハッハッハ、安心しな」夏子が笑って裕誠に言う。「今のは『浄化の炎』。『』燃やす炎だぜ」


「えっ……?」


「まあ見てなって」


 二人の目の前で、ゾンビ達が次々に炎に包まれ、そして倒れていく。ある者は瞬時に灰と化す。ある者は原型を留めながら激しくのたうつ。しかし夏子と裕誠には、何のダメージも無い。


「っ……ホントに、燃えてない……!」


「だろ?宣言通り、アタシらは燃えてねえ。アタシらに付いたウイルスも、全部死滅してるよ」


「す、すげえ……」


 裕誠は驚く事しかできなかった。


「さて……暫く異世界から帰れねえだろうしな」未だ湧き出るゾンビの群れを見て夏子が言う。「異世界でもちょっくら人助け、しますか」


 言い終わるや否や、地面を蹴ってゾンビの群れへと突っ込む。「アンタも襲われねえように付いて来いよー!」と、裕誠に言って。


「分かってるよ!」裕誠が夏子に負けない声量で叫ぶ。「一回たりとも嚙まれたくないから、ね!」


 そして全速力で夏子の後ろへ。彼の後ろには、防御用に張られた浄化の炎。


目の前で、夏子の無双シーンが展開される。


Kreuzigungクロイツィグング Longinusロンギヌス!」


 夏子が叫んで3秒も経たぬうちに、大きな槍が地面から湧き出始めた。


 その湧き出る間隔は、もはや小数点以下の世界だった。彼女の持つものと同じ見た目の、さらに大きな槍の群れが、ゾンビ達を串刺しにしていく。そして地面から湧き出る浄化の炎によって焼き尽くされるのを待つばかり。


 さながら、江戸時代の磔&火炙りの同時執行のような光景だ。


「まだまだ行くぞ!」


 槍の群れ、攻撃用の浄化の炎、夏子、裕誠、防御用の浄化の炎。その順番で進むにつれて、ここら一帯のゾンビ達とウイルスが次々と掃除されていく。


「おーい」裕誠が夏子に呼びかける。「もしかしなくても、空気感染してるかもしれないけど大丈夫か!?」


 それに対し夏子が笑顔で即答する。


「安心しろって、最後にこの炎で中に入ったウイルスも焼くから!」


 そしてそのまま前進。


「スコアタモードだったら焼殺ボーナスだな!」











 天酒あまさかアオ。


 超有名な動画配信者で、チャンネル登録・フォロワー数なんと10万人越え。何より凄いとされているのが、これで中学生だという事。これからもっと伸びるであろうインフルエンサーの一人に数えられ、そのうちに子役にでもなるだろうとまで言われている。当然、裕誠や真司、果ては夏子も彼女の事を知っており、裕誠はフォローまでしている。何と言っても、ゲームが上手いから。




 その彼女が一人で、電車まで乗る。


 今はまだトップインフルエンサーではないので、未だアオは中野で暮らしている。しかし中野はサブカルの聖地であり、バズるには無論役に立つ。そればかりか下北沢にも近い為、ファッションにも困らない。


 アオにとって、中野と下北沢は世話になっている重要な二つの街と言った所だ。




 今日は土曜日なので、本来ならば友達と下北沢まで週1のショッピングに行く。しかしを優先する必要がある為、今日は行けない予定だった。友達にも、仕事の日には「図書館で勉強」と言って隠している。尤も、そういう日は稀だが。


 しかしが事前に準備をしていたお陰で、予定より早く仕事を終わらせる事ができた。よって、遅ればせながらショッピングに行く事ができる。


 はやる気持ちを抑えながら、アオは列車に揺られていた。




 三間茶屋にて電車に乗ってから15分後、アオは下北沢に到着した。今日も人で賑わう駅を後にして、いつもの店まで歩く。


 行こうとしている店は、自分が友達と共に毎週赴くアパレルショップ。ここが自分のお気に入りの店だ。友達に合流する為、まずはそこから行くのが確実である。そこにいなければ、通話するまでだ。


 アオは早速、目的のアパレルショップに入った。




「いらっしゃい」


 いつも会う若い店員(男)がチャラく言った。


「今日遅れて来てますね~、どしたんすか?」


「図書館で勉強してたんだ~」


 いつもの口調で答える。


「へ~」店員が頭を掻いて言う。「友達行っちゃいましたよ?どうするん」


「そりゃ、通話でしょ」


 そう言って、店を離れた。そのまま通話に入る。











「さて、大方片付いた……よな?」


 夏子が裕誠に確認する。その流し目にたじろぎながら、裕誠は言った。


「うん、とりあえず大丈夫だと思う……問題はアイツをどうするか、だけど」


 裕誠が大通りの先を見る。夏子も同じ方向を向く。




 瞬間。


 その方向から、地響きのような雄叫びが鳴り響いた。


 そして金属音。




 そこにいたのは。


 体の一部に機械を宿した、3メートルはあろうかという色白の巨人だった。




「……嘘だろ!?」


 裕誠が言った。自分の予測が外れた、とでも言うように。


「おい、アイツは何なんだ!」


 夏子が焦りを含んだ声で問う。


「ここのボス……全身が岩みたいになってる奴のハズだ……」


「え?それってさっきのスコアタの……」


「ああ。でもアイツは明らかに違う」


「言われてみれば……ってまさか」


「アイツは格段に強い。戦闘力も、生命力も、岩怪人より段違いに上だ……」


「アイツが何者なのか、教えてくれさえすればいいから」


「アイツは……ラスボス格のキャラだよ」




 次の瞬間、そのラスボス格が二人の目の前に跳び込んできた。


 三連ガトリング砲を右腕として携え、左腕で自重を支えている。人型なのは明確だったが、顔の大部分が歪んでいる。こういうのを鬼として『桃太郎』を書けば、この世で最も格好良い『桃太郎』が出来上がるに違いない。


 その巨人が再び雄叫びを上げた。


「チッ……」舌を一度だけ打ち、夏子が裕誠の手を握った。「一旦退くぞ」


「言われなくても」


 怪人のガトリング砲が火を噴いた。夏子が裕誠を引いて跳び退く。


 車の横に着地し、ドアを開ける。


「入っとけ。『カーテン』張っとくから」


「分かった。気を付けろよ、夏子」


 裕誠が車内に入った事を確認すると、夏子が車の周りに網目状の結界を張る。そして怪人の方を向き、笑顔で、しかし睨みを利かせて吐き捨てた。


「テメェがどれだけ強いか知らねえが……絶対倒してやる」









 アオは通話を終え、下北沢を練り歩いていた。


 どうやら友達は全員、帰宅済みらしい。


 こうなっては仕方がない。どうせ今日も行けないと最初こそ思っていたくらいだ。しかし折角行く事ができたので、せめて何か買って帰ろう。


 そう思って、アオは歩いている。


 次の目的地は生憎、路地裏の中。


 犯罪に巻き込まれるのを防ぐ為、路地裏は避けたいと思っていた。しかしそこに新作があるらしいのでどうしても行くしかない。


 覚悟を決め、アオは路地裏に入った。その時だった。




「動くな」


 男の声が、すぐ後ろから聞こえてきた。


アオは跳び退こうとした。しかし跳び退けない。自分の首に腕が絡んでいるのだ。こうなればやるべき事は一つ。


その時、男が「それも見抜いてる」と言うかのように、


「叫んだら首を絞めるし、お前の事を殺人犯として通報する」


 と脅した。


 こうなってはどうしようもない。


「もう一度言う。動くな、叫ぶな。やったら首を絞めて警察に『殺人犯です』と言って突き出す」


「え……?」


 しかし。


 よく聞くと、聞き慣れた声。今の声はどこかで何度も聞いた声だ、とアオは気付いた。雰囲気が違うだけで、先程も聞いていたハズの声。


「……さっきの、店員、さん……?」


「ああ」男はすぐに肯定した。「いつもお前らが世話になってる店のモンだ」


「何……?」


「悪いようにはしねえ。俺はあんな事やこんな事とか、やるつもりは端から無えんだ。今から言う通りにしてれば何も危害は加えない。そのまま家に帰してもいい」


「……ホントに?」


 アオの声には怯えが含まれていた。しかしそれは常人の怯えではない。


 それを察している事を、男が遠回しに言った。


「ああ、ハレンチな事は何も言わねえから。な……『連続失踪事件』の犯人さん、いや『神徒』さんよぉ」


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