2-3

 翌日。


 学校が転校生の話題で埋め尽くされていた。学級が、ではなく学校全体が。


「ねえねえ、今度の転校生ヤバいよ」


「ホントヤバい。イケメン過ぎて語彙消失だよ」


 これが転校生ではなくアイドル来訪だったらどんなに良かったか。転校生である以上、俺が転校生と関係を深める可能性がゼロな訳が無い。つまり、この話をヒトゴトにできない、という事。精神的な重荷が俺の背中に乗っている、という感覚が止まない。


「なあ」


「真司?」


 真司が机に伏せている俺の横に立っていた。


「転校生、15歳の1年だってよ」


「ありがと、良かった」


 同じクラスではない事が分かり、笑顔がこぼれた。


「同じクラスのが良かったけどよ……こればっかりは仕方ねえな、学校サマの決定なんだから。ワンチャン、俺が喧嘩を売れるぐらい強い不良かもしれねーのにな」


「戦える不良は良いよな、そういう心の余裕があって」


「だからお前を守ってんだろ?お前が戦わなくてもいいように」


「それは良いんだがなぁ……」




 ところが昼休み。


「な……なんだよ……」


 真司が頭を抱えた。


「ふ……不良じゃねえじゃねえかよぉぉぉぉぉぉ!!」


 真司の渾身の叫びは、しかし女子達(俺と真司以外の男子も含んでるだろうが)の黄色い歓声にかき消されてしまっている。


 真司の目線の先には、お世辞にも硬派不良とは言えない見た目の優男がいた。電気のようなホワイトブロンドに染まった、サラサラの髪。口の柔和さによって、鋭いハズの目が逆に柔和の要素に変わってしまう。まさに小悪魔にして大天使。つまり堕天使、か。弟系である事は間違いないが。


 そんな優男が、あまりの大きさに教師陣に怒られやしないかってくらいの歓声を受けて歩いている。転校生だな、とすぐに分かった。


その時。


「はぁー、ちゃけば転校生可愛くね?カッコイイも共存してるし。マジで某オタクとは天地の差だわー」


 それを聞いたのか、真司が俺に言った。


「まーたアイツが何か言ってら。どうせ女子全員取られて終わりなのによ」


「ほおーぉ」


 ゾクリ。春真っ盛りの陽気を打ち消す寒気が背筋に走った。


 恐る恐る、後ろを振り返る。


「前々からここにいる俺がぽっと出の転校生に女子全員取られる、的な感じっすか?」


 耳にピアスを掛けた、茶髪マッシュの高身長。イケメンではあるが、転校生と違いチャラチャラ感の塊。そしてその心は、オタクや異質者に対する差別に満ちている。


 それは、俺を玩具おもちゃにしていた張本人。


「……悔しいのか?現ボスの早川ばやかわすばるさんよぉ」


「またまたー。むしろ逆だよ、アイツは女子を取れずに悔しがるなーって」


 真司からの言葉を自身たっぷりに返す昴。


「ま、アンタらアウトサイダーには関係無い話っしょ」


 そう言って昴は拳を握った。


「やんのか?」


「ああ、絶対にモテないような顔にしたろか」


「ここ学校だぞ?」真司が嘲笑する。「先公に知られんぞ」


「いーや、さりげ全力で揉み消してくれるね。それに他の連中も、俺が指示したら動いてくれるっしょ」


 昴は笑みを浮かべていた。


「やっぱあのアマがいねーとやりやしーわ」


 そう吐き捨てた昴の拳が、真司に向かうその時。




「やめなさい」


 別の腕が、昴の腕を止めた。


「げっ」


 顔をしかめる昴。俺と真司も、その様子を見て目が大きく開いた。


その目の前に、女子生徒がいた。金髪ロングツインテール、豊満な巨乳、柔和さの塊のような顔。何から何まで柔和な雰囲気を持つ『お姉さん』タイプ。しかし今の姿は、どこまでも凛々しく、頼もしい。


美しい、そしてカッコイイ。母性の塊のような女子生徒。


「おま、またかよ……」


「貴方って、ホントに問題児ね」


 堂々と昴に物申すその姿。実際何度か見ているが、何度見ても感激で息が詰まる。


「次やったら、未遂でも先生方に言いつけるから」


「ちっ……」舌打ちする昴。「女の癖によぉ……黙って俺になびいてりゃいいんだよクソが……!」


 昴はそれだけ言って女子の腕を振りほどき、元の場所に戻った。


「さて」女子生徒が俺達の方を振り向く。「良かったわね、暴力沙汰にならないで」


 俺達は感激に詰まった息を無理やり押し出し、感謝を述べた。


「「あ、ありがとうございますともさん……!」」




 水橋みずはしとも。生徒会長でもクラス委員でもないが、クラス一の成績優秀者。そして美人。


 俺がいじめられていると、時たまに(同じ場にいる時限定。俺がいじめられている時は大抵、巴美さんがいない時である)助けてくれる善人だ。この人のお陰で真司も暴力沙汰を起こしていない。




「まったく……いつになったら止めてくれるのかしら」


 巴美さんは軽蔑の目で昴を見、それから説教の目で俺を見た。


「いっ」


「それから貴方も。そろそろ対抗ぐらい考えた方が良いわよ」


 ごもっとも。


「は、はい」


「口だけ、にはならないようにね」











「よっ、吾郎」


「やぁ、かい


 小学時代からの親友の久しぶりの登場に、僕の心は洗われた。


「久しぶりの休日だし、楽しくできると良いんだけど」


「きっと楽しく協力できるさ。さて、ラーメン屋行くか」


「賛成」




 青崎あおざきかい


 高学歴、高身長、高収入、コミュ力抜群、運動神経抜群、1000年に1度のイケメン。そんな『六冠』をリアルに成し遂げた、日本で唯一無二の逸材だ。今ではアイドルグループ『PeerAgeピアレージ』のリーダーをしており、当然の事ながら大変多忙だという。


 僕はこの男に何度助けられただろうか。この男がいなかったら、僕は捜査一課になっていなかったかもしれない。つまり『特別捜査本部』として例の事件を担当する事も無かったかもしれない。




「ぃらっしゃーせー!」


 店に入った僕達を出迎えたのは、赤茶けた髪の女の子。高校生ぐらいだろうか。八重歯とポニーテールのよく似合う、勝気そうな娘だった。少なくとも、戒斗がじっと見るレベルの美少女だった。


 その少女に案内された席に座り、買った食券を提出する。双方とも、塩ネギラーメン大盛。


「少々お待ち下さーい」


 少女がそう言って裏へ向かう。終始元気盛り沢山で感心した。


 部屋は野菜と塩と油の匂いに包まれていた。


「さて」戒斗が口を開いた。「まずは『特別捜査本部』就任おめでとう」


「いや、祝う事じゃないんだが」戒斗のテンションに呆れて言う。「事件なんて起こらない方が良いハズだ」


「だがこんな時期に吾郎の力が必要とされたんだ」優しい笑顔を崩さずに戒斗が言った。「その点じゃあ、祝われて当然じゃないか?」


「そうか?」


「そっちの上司も、友達と祝うべきだ、と思って休暇を用意してくれたんだろ?昨日も発生した失踪の捜査を、自分が背負しょい込む形で」


「なんでそうするかね」


「吾郎は真面目にやり過ぎたんだ、くつろぐ事も覚えろ?」


 言い終わって、戒斗が水を飲む。数秒遅れて僕も飲む。


 そのスッキリとした味が、喉を洗い流した。しかし冷気が喉に残る。


「よし」水を飲み終えた戒斗が次の話の準備態勢に入った。「で、お前の最初の捜査どう――」


「失礼しまーす」


 戒斗の話が少女に遮られた。少女の両手にはラーメン。


「お待たせしましたー!塩ネギラーメン大盛二丁になりやす!」


 元気が良すぎて砕けた言い方になっているが、熱意と誠意は本物のようだ。


「ごゆっくりどーぞ」


 その言葉を残して去って行く少女。それを合図に、僕達は割り箸を割る。


「「頂きます」」


 ラーメンを一口啜ってから、戒斗が先程の続きを始めた。


「で、お前の最初の捜査、どうだった?」


「どうだった、って問題じゃないよ。だっていきなり『お祝いパーっとやって来い』で無理やり放り出されたんだから」


「無能じゃねえか、俺が言うのもなんだけど」


「それ言っちゃあおしまいだけど……確かに言えてるね」


 言うと、僕もラーメンを一口啜った。暖かい麺に濃いスープ。不安の緩衝材にはなった。











 放課後。


 俺達は帰る準備を済ませていた。


昨日「に見つかると厄介だから」という理由でへ行くのを渋った夏子の為に、俺達は代わりに行く事にした。何を恐れているかは言っていなかったが、俺達には既に察しが付いている。それで一般人、それも罪など犯していない俺達が行く事になった。この事件を解明したら夏子の助けにもなるし、人命の為にもなるし。


 メモはスマホに残すとして、もしもの時の為にハサミも筆箱に常備されている。もっとも、「男なら拳で」とか言ってる真司には無用の長物だったが。という訳で俺が二つ持っている事になる。


「行くか」


「ああ」


 二人で教室を飛び出した。


 その時。




「すいませーん!」




 突然の声に、スライディングに突入しかけた。


「そこのお二人!待って下さい!」


 そこのお二人、とは俺達の事を指しているのだろう。ここは素直に従っておくか、と後ろを振り向いたその時。


「「!?」」


 その場スライディング。




 目の前にいたのは、だった。


 電気色の髪。引き締まった顔。柔らかくて柔和な口元。鋭いのに柔和な目元。


「「て、転校生!?」」


 マズい。これを他人に見られたら。


 そう思って退散しようとした。が、再び転校生は声を出す。


「ちょ、なんで逃げるんですか!」


 このまま叫び続けられるのも厄介だ。しかしこんな所で会話を見られようものなら、学校全体の晒し者になるだろう。


「俺が聞いといてやる」


 そう言ったのは真司だった。


「は!?」


「俺ならまだマシだろ、陰キャオタクのお前よりか」


「今ディス……いや二人で行くんだろ!?」


「お前が晒しモンになるよかマシだろ!?わーったら早く行けってんだ」


 どうやら俺を助けるつもりのようだ。


「だが断る!」


「なんでだよ!」


「お前も晒し者になるだろうからね」


「今ディス……いやダメだろ!マジ逃げろ!」


 そう言っている間にも転校生は俺達に近づいている。俺達はと言うと――未だ一歩も動けず。


「あのー」


「「うげゃあああ」」


「あのー……何怖がってるんです?」


さも当然かのごとく、転校生が尋ねた。


「僕が何かいじめっ子にでも見えました?」


「「い、いや……」」


俺達は転校生が何もしない事を確認すると、一呼吸おいて答えた。


「俺達ホント、スクールカースト三軍のいじめられっ子なんで……」


「いや俺はまだ二軍の不良ですけどね」


「こんな所で貴方様と話したら学校全体の晒し者になるんじゃないかって」


「だってアンタ、話題になるくらいのイケメンですもんな」


 転校生は数秒の間、首を傾げた。そして首を戻し。


「……な~んだ」


 安堵の息を漏らした。俺達と、同じタイミングで。


「さらにいじめが酷くなるって心配してたんですね」


「は、はい」


 見る限り、彼は優しそうな人物だった。それも、三軍にも優しいタイプの。


「大丈夫ですよ、僕がいる限り手は出させませんから」


 謎の守護宣言。


「あ、僕は長島ながしまこうって言うんで」


 ご丁寧に名前まで教えてくれた。


「あ、ども」


「ちなみに俺の名前は宮本真司。こちらの三軍が、松ケ谷裕誠」


「ちょ勝手に」


「俺達は2年生だからお前より先輩だぜ?」


「こら無視すんな」


「アハハッ」


 紘樹と名乗る転校生が屈託なく笑う。


「いやいや、仲が良くて何よりっすよ」


 すぐ口砕けたなオイ。


 しかし――次の言葉はそれが霞むくらい重大な事だった。


「そうだ!せっかくだし、友達になっときましょー!」











 屋上。


 水橋巴美は立っていた。腕を柵に乗せ、体を少しでも楽にして。


 天気は晴れ。まだ梅雨の気配すら無く、心も晴れやかになるレベル。


 金髪が一筋の風に靡いた後、は現れた。


「よぉ」


 少年のような軽やかな声。しかし女声だ。巴美はその声に、淑やかに返した。


「……侵入してきたのね」


「まぁな」


 少年のような声の主が貯水タンクの上から飛び降りた。


「よっと」


フード付きパーカーにホットパンツ。赤茶けたポニーテールが風に靡いている。


「そうまでして私と話したい事があるの?


 倉十夏子と呼ばれた少女が巴美を真っすぐ見た。


「ああ。そうだぜ、さん」











「最近の怪事件について調査してる、ですって?」


「そっ」


 そう言って、持ち込んだメロンパンを口に運ぶ夏子。数秒の咀嚼の後、空にした口を開く。


「ありゃ普通の事件じゃねえ。『神徒』って能力者連中がオタクを殺して回ってるんだと」


「『神徒』?」


「ああ。神様の命令で、社会に害を為すとか言ってオタクを異世界転生させようって言ってるバカ集団さ」


「成程ね」巴美が柔らかく返す。「それはただ噂に聞いただけの話?」


「いや、実際に『神徒』に遭ったぞ。ソイツの口から、目的も規模も色々聞いた」


 そう言ってメロンパンを嚙み千切る夏子に、巴美が語り掛ける。


「まあ有り得ない話じゃなさそうね。『魔法少女』が実在する、ってくらいだし」


 それを聞いた夏子が、メロンパンを飲み込み、話に戻った。


「信じてくれるのか?」


「それはまた違う話」巴美が戒めるように言った。「『有り得ない話じゃなさそう』って言っただけだから。まだ信用できる話とも決まってないわ」


「そっか……」


 溜息を吐く夏子。それを見越したのか、巴美が付け足す。


「でもあの事件の解決なら、協力できるかもしれないわね」


「ホントか!?」


 夏子の顔色が変わった。


「ええ、ホントよ」快い、とばかりに巴美が言った。「貴方から抜けなかった魔法少女の力、ここで役立てなきゃいつ役立てる、ってね」











「そうだ、一つ言う事があるんだった」


 俺達と別れるその時、紘樹が言った。


「先輩方は、事件のあったネカフェ行くところっすよね?」


「え?」


「どうせ家に帰ってもゲームしかする事ないから、例の事件現場に行こうって魂胆でしょ」


「「なんで分かった」」


「アハハ。オタクばかり死んでるって5ちゃんとかで見て、興味を持っちゃったりした感じかなって」


「当たってんじゃねえか。ま、俺はオタクってより不良だけどな」


 真司の話を聞いて、三人で笑い合う。


「見りゃ分かりますよ。いや、大事なのはここから」


「何?」


 その途端、紘樹の声色が変わった。


「そっちには行かずに、早く帰った方が良い」




「「何だって?」」


「インターネットの悪霊が、電脳世界に人を引きずり込んで回ってるらしいすよ」


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