第152話:スタンピード

 いったい何が起きているのか。

 しかし、今の竜胆たちに確かめるすべはない。

 何せ目の前には自分たちを殺そうとしているキメラが、雅紀がいるからだ。


「……な、なんなのですか、あれは?」


 だが、その雅紀も火柱を見て困惑を隠せていない。


(あいつの仕業じゃないのか?)


 心のどこかでは雅紀が鏡花を連れ去るため、何かしら手を下したのかと考えていたのだが、そうではなかった。

 不安は多いが、まずは新たに誕生した巨大キメラを倒すことに集中するべきだと気持ちを切り替える。


『キシャハギギベブベボベババババ――!?』


 ――ゴウッ!


 そこへ迸ったのは、空を貫いたのと同じ炎だった。

 炎は空を真っ赤に染め、翼を羽ばたかせていた巨大キメラに直撃した。


「そ、そんなまさか!?」


 驚愕の声を上げたのは雅紀だ。

 巨大キメラは突然の炎によって上半身を消滅させており、そのまま下半身だけが地面に落下してきた。

 地面を揺らすほどの衝撃と共に砂煙が舞い上がる。

 巨大キメラを焼き切った焦げ匂いが周囲を包み、竜胆たちは顔をしかめる。

 しかし、一番驚愕していたのは雅紀だろう。

 満を持して発動させたスキルを使って作り出した巨大キメラが、竜胆たちにではなく、第三者の介入によって倒されたのだから当然だ。


「……な、なななな、ななななああああぁぁああぁぁっ!?」


 これ以上に何も言えないのだろう、雅紀はただ叫び声を上げるだけで、その場から動けずにいた。


「……おいおい、この気配って、まさか?」


 竜胆は嫌な気配を感じ取ってしまった。

 それは恭介と彩音、影星も同じであり、その気配に覚えがあった。


「地上にモンスターの気配ってことは――スタンピードか!!」


 最悪の事態が、最悪の状況で起きてしまった。

 すぐにでも現場へ駆け付けたかったが、そうも言ってはいられない。


「巨大キメラはいなくなった! 一気に制圧して、俺たちも現場へ向かうぞ!」

「「「おう!」」」

「わ、分かった!」


 竜胆の号令に恭介、彩音、影星が即座に答え、遅れて鏡花が返事をする。


「さ、させません――ひいっ!?」


 残ったキメラを使って抵抗しようとした雅紀だったが、一瞬にして地面が凍りついたことで驚きの声を上げた。


「私だって、お兄ちゃんたちの力になるんだから!」


 残ったキメラの足を地面と同時に凍りつかせて機動力を奪った鏡花。

 そこへ彩音、恭介、影星が飛び掛かっていきキメラを斬り捨てていく。


「あ、あぁぁ、ああああぁぁっ!? わ、私のキメラたちが、研究成果がああああっ!!」


 目の前でキメラが殺されていく光景を見て、雅紀が発狂した。


「お前に付き合っている暇はないんだ!」


 するとそこへ声が聞こえてきた。


「あ、ああああ、天地竜胆ううううぅぅううぅぅっ!?」

「悪いが倒させてもらうぞ、久我雅紀!!」


 雅紀の視線を鏡花たちに向けさせている間、竜胆は気配を消して背後から近づいていた。

 ただし、竜胆は雅紀を殺すつもりはなかった。


(鏡花の目の前で、人を殺すわけにはいかないからな。気絶させて、支部長に引き渡そう)


 人としての心を失いたくない。それはプレイヤーになったばかりの頃に起きた事件で、竜胆を殺そうとしてきた同級生、尾瀬岳斗を不可抗力とはいえ殺してしまってから常に思い続けていたことだった。

 それに何より、鏡花に人が死ぬところを見せたくないという思いもある。

 今の竜胆なら、戦況なら、それも容易だろうと考えていた――しかし。


 ――ゴウッ!


「なっ!?」

「ひいっ!?」


 巨大キメラを葬り去ったのと同じ巨大な炎が、今度は空から竜胆と雅紀めがけて降ってきた。


「お兄ちゃん!」

「竜胆君!」

「竜胆さん!」

「天地竜胆!」


 この場にいる全員が巨大な炎を目の当たりにし、竜胆の名前を呼んだ。


「くっ!」


 瞬時の判断で大きく飛び退き、鏡花たちと一緒になって防御態勢を取る竜胆。

 しかし、戦闘経験が一度としてない雅紀は、そうはいかなかった。


「あ、あぁぁ……ああああああああぁぁぁぁああ――!?」


 ――ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!


 巨大な炎が雅紀が立つ場所へ落ちると、その場所は完全に焦土と化してしまった。

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