第142話:久我雅紀
「おい、久我。てめぇがここになんの用だ?」
やや喧嘩口調で拳児がそう聞くと、雅紀は笑みを崩すことなく、しかし視線は拳児ではない相手を見ながら口を開く。
「あなたに用はありません。用があるのはあなたですよ――天地鏡花さん?」
「なっ!?」
「え? わ、私ですか?」
面識がないはずの鏡花に用があると口にした雅紀に対して、竜胆は警戒を強めて彼女の前に立つ。
「あなたは……あぁ、お兄さんでしたね」
「妹になんの用があるって言うんですか?」
強い口調でそう言い放つと、雅紀はより笑みを深めて答えていく。
「ちょっとした噂を耳にしましてねぇ」
「噂だって?」
「えぇ。あなた、天地竜胆さんがエリクサーを手に入れたとか、なんとか。そして、それを手に入れたい理由が鏡花さんだということも、耳にしました」
恭介や彩音と話をしている時に、誰かが耳にしたのだろうかと、竜胆は内心で舌打ちをする。
しかし、それだけで雅紀が鏡花に興味を持つはずもなく、ひとまずは話を聞くことにした。
「確かにその通りです。ですが、エリクサーはもうありませんよ? すでに使いましたからね」
「えぇ、えぇ、そうでしょうとも。何せ鏡花さんが元気になっておりますからねぇ」
「おい、久我! 回りくどいこと言ってないで、はっきり言ったらどうなんだ!」
説明を長引かせているだけの雅紀の言い回しに苛立った拳児が怒声を響かせた。
「まったく、我慢のできない脳筋は嫌ですね」
「なんだと!」
「仕方がありません。端的に申し上げますと――鏡花さんが覚醒した理由を調べさせていただきたいのですよ」
「わ、私を、調べる?」
雅紀がそう言い放つと、鏡花は震える声で呟いた。
「ダメに決まっているだろうが!」
「おや? どうしてそれをお兄さんが決めるのですか?」
「決めるも何も、妹が怖がっているのに、認められるはずがないだろうが!」
「そうなのですか、鏡花さん?」
本当に分かっていないのか、困惑気味に雅紀が鏡花へ問い掛ける。
「……ぜ、絶対に嫌です!」
「そもそも、どうして鏡花を調べるんだ? 覚醒者は他にもたくさんいるだろう!」
「そうですね、覚醒者はたくさんいます。ですが……エリクサーを使うことで覚醒できる、と分かれば話は変わってくるのですよ」
(こいつ、いったいどこでそんな情報を!?)
エリクサーが原因で覚醒したかもしれない、という情報は病院にいた人間しか分からないはずで、実際に目にしたのは竜胆と環奈だけのはず。
とはいえ、病室に強烈な光が現れたのも事実であり、そこから鏡花の覚醒を知った人間がいれば、エリクサーが原因でと結びつける者がいてもおかしくはなかった。
「エリクサーは貴重なアイテムです。そう簡単に手に入れられるものではない。つまり、エリクサーによって覚醒を促すことができるかもしれない、という研究を行うには現状、鏡花さんしかいないのですよ」
「だからといって嫌がっている相手を無理やり従わせることもできないだろう!」
「確かにその通りです。なので……鏡花さん? あなたが望むだけの金額を報酬としてご用意いたします。いかがですか?」
何を言っても諦めようとしない雅紀は、お金で鏡花を釣ろうとしてきた。
「いりません! 私は協力できません、ごめんなさい!」
しかし、鏡花ははっきりと断ると、すぐに竜胆の後ろに隠れた。
「……そうですか。なら仕方ありませんね。失礼いたします」
すると、雅紀はあっさりと諦め、引き上げてしまった。
いったいなんだったのかと、竜胆は去っていく雅紀の背中を、見えなくなるまで睨みつけていた。
「……大丈夫か、鏡花?」
「う、うん。なんだかごめんね、お兄ちゃん」
「鏡花が謝る必要はないだろう」
謝る鏡花の頭を撫でながら、竜胆は視線を拳児へ向ける。
「あの人、何なんですか?」
「特殊モンスター研究所の主任であり、興味を抱いた研究のためなら何でもやる、変人だな」
「変人って……確かに、変人でしたけど」
「気をつけろよ、竜胆プレイヤー」
呆れたように変人と呟いた竜胆へ、拳児が真剣な面持ちで口を開く。
「あいつは本当に、研究のためなら何でもやってくる。それこそ、一人のプレイヤーを誘拐するなんてこともな」
「ゆ、誘拐ですか?」
「あぁ。妹さんが狙われているとなれば、可能な限り一緒にいてあげた方がいいだろう。俺からも抗議しておくが、効果はあまりないはずだ。それと、女性の護衛もつけておいた方がいい。風桐プレイヤーか、彼女が難しそうなら影星をつかせてもいい。とにかく、妹さんを守ってやれよ、いいな?」
拳児の忠告を受けて、竜胆はすぐに彩音へ連絡を入れた。
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