第135話:竜胆と鏡花

 それからしばらくの間、竜胆はプレイヤー活動を休むことにした。

 プレイヤーになって今日まで、全力で走り続けてきたという自覚もあったのだが、一番は鏡花のことを見守っていたいという思いからだ。

 鏡花がプレイヤーに覚醒することなく、今も普通の少女のままであれば、竜胆も変わることなく活動を続けていたに違いない。

 しかし、鏡花は覚醒してしまった。それも、エリクサーという外部の刺激によってだ。

 普通の覚醒者とは違う覚醒の仕方をしたこともあり、竜胆は鏡花の傍にいることを決めたのだ。


「今日は! お兄ちゃんと! デートだー!」


 そして現在、竜胆は鏡花と共に繁華街へ足を運んでいた。

 あちらこちらへ目を向けている鏡花を見つめながら、竜胆は彼女の少し後ろを歩いている。

 すると、満面の笑顔で振り返った鏡花が声を掛けてくる。


「もう! お兄ちゃん、早くいこうよ! 隣だよ、隣!」

「兄貴と一緒に買い物なんて、楽しいのか?」

「楽しいに決まってるじゃない! 私、ずっと楽しみにしていたんだからね!」


 自分のことは財布か荷物持ちくらいに思ってくれて構わなかった竜胆だが、鏡花に笑顔でそう言われてしまえば、ノーとは言えない。


「……分かったよ」

「やった! えへへー」


 苦笑しながら鏡花の横に移動した竜胆だったが、そんな彼の左腕を彼女が両腕で抱きしめた。


「……いや、それはさすがに俺が恥ずかしいんだが?」

「えぇー? 仲良し兄妹なら、これくらい普通だって!」

「いやいや、絶対に違うだろう!」


 鏡花の主張を否定して振りほどこうとしたのだが、彼女も今やプレイヤーだ。

 簡単に振りほどくことはできず、だからといって全力で振りほどこうとして鏡花を傷つけるわけにはいかない。


「…………はぁ。分かった、分かったよ」


 結局、竜胆は鏡花に左腕を抱きしめられながら、繁華街を歩くはめになった。


「あっ! お兄ちゃん、あれ! 美味しそう!」

「はいはい、いこうか」


 グイッと腕を引っ張りながら鏡花がそう口にすると、竜胆は素直についていく。

 そうして食べ歩きを繰り返しながら、今度はデパートの中へ入っていく。


「……うわぁ。人、多いね!」

「まあ、デパートだし、今日は週末だからな」

「いこう、お兄ちゃん!」


 元気いっぱいな鏡花についていくのは大変だなと内心で思いつつ、それが今までできなかったことを考えると、竜胆は贅沢な悩みを持っているんだなと実感する。


(だけど、これからはいつでもこうして、鏡花と買い物に出掛けられるんだよな)


 そんなことを考えながら、鏡花が気になったものをこれでもかと買いあさっていく竜胆。

 最初こそあれも欲しい、これも欲しいと言っていた鏡花だったが、途中からあまりに竜胆が止めないこともあり、会計中の彼の横顔をジーっと見つめていた。


「……ど、どうしたんだ?」

「お兄ちゃん、お金の使い過ぎじゃない?」

「それをお前が言うのかよ!?」


 自分の買い物は一つもしていなかった竜胆としては、まさか鏡花に注意されるとは思わなかった。


「いや、だって、私もまさかなんでもかんだも買ってもらえるとは思っていなかったんだもん。お兄ちゃん、最近プレイヤーになったばかりだし」

「あー……まあ、普通に考えたらそうだよな」


 鏡花に言われて初めて、自分のプレイヤー活動について詳しく話していないことに気がついた。

 そこで竜胆は、ちょうど昼食時になったこともあり、こんな提案を口にした。


「昼飯を食べながら、俺がどういう活動をしてきたのか、話してもいいか?」

「いいの!」

「あぁ。鏡花には詳しく話していなかったからな。それに、お前もプレイヤーになるわけだし、知っておいて損はないだろう」

「やったね!」


 鏡花が喜んでくれているのを見た竜胆は、買い物袋を受け取ると、二人でレストラン街へ繰り出した。

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