第117話:覚醒

 鏡花の体から強烈な光が放たれ、病室が真っ白に包まれる。

 何が起きたのか、竜胆にも環奈にも分からない。鏡花が無事なのかも、定かではなかった。


「くそっ! 鏡花、鏡花!」


 視界を光に遮られてしまい、鏡花の無事を確認できない竜胆の焦りは募る一方だ。


「大丈夫だよ、お兄ちゃん」

「鏡花!? ……本当に、大丈夫なのか?」


 先ほどの叫び声とは打って変わり、とても穏やかな声音で竜胆を呼んだ鏡花。

 徐々に光が収まっていき、竜胆と環奈は鏡花の姿をその目で見ることができた。


「……あなた、本当に鏡花さんなの?」


 驚きの声を漏らしたのは環奈だった。


「はい、綾瀬先生。鏡花です」


 環奈が目の前の女性を鏡花なのかと疑いたくなる気持ちは、竜胆にも理解できた。

 それほどに鏡花の見た目には変化が起きていたのだ。

 ショートだった髪の毛はロングになり、黒髪も深い青髪に変わっていたのだから。


「お兄ちゃんは、分かるよね?」

「あぁ、分かる。俺を誰だと思っているんだ?」


 だが、竜胆は疑うことをしなかった。否、疑う必要などないくらいに理解していたのだ。

 どれだけ見た目に変化が起きようと、鏡花のことを見間違うはずがない。


「ありがとう、お兄ちゃん。お兄ちゃんのおかげで、私もプレイヤーに覚醒することができたんだ」

「……俺のおかげだって?」


 だが、鏡花が口にした竜胆のおかげでプレイヤーになれたという発言だけは、理解できず首を傾げてしまう。


「エリクサーだよ」

「まさか、エリクサーがプレイヤーへの覚醒を手助けしたっていうのか?」

「そんな事例、聞いたことがないわね……」


 鏡花の答えに竜胆は疑問を口にし、環奈も過去の事例を思い出そうとしたが、彼女の記憶では出てこなかった。


「私にもよく分からないんだけど、エリクサーで傷を治してから、私の内側から声がするようになったの」

「声だって? なんで黙っていたんだ?」

「言ったらお兄ちゃんも、綾瀬先生も心配しちゃうでしょ?」


 申し訳なさそうに答えた鏡花を見て、竜胆は苦笑を浮かべる。


「そりゃそうだ。俺の大事な妹なんだからな」

「……えへへ」


 竜胆の言葉に照れ笑いを浮かべながら、鏡花は彼に抱きついた。


「……こうして見ると、やっぱり鏡花さんなのね」

「そう言ったじゃないですか、先生!」

「いや、そうなんだけどね……でも、そうね。エリクサーなんて規格外のものを使ったんだもの。私では知り得ないようなことが起きても不思議じゃないわよね」


 竜胆と鏡花の姿を見た環奈が呆れた感じでそう口にすると、続けて言葉を発する。


「だけど、今の状態になったからこそ、精密検査は受けてもらいますよ!」

「えぇ〜? 先生、私はもう大丈夫ですってば!」

「いいや。ダメだ、鏡花」


 大丈夫だと頑なに口にしていた鏡花だったが、精密検査に関しては竜胆も環奈の意見に賛成だった。


「お兄ちゃんまで……」

「何が起きるか分からないからこそ、きちんと調べないとな。それに、今後鏡花と同じような人が出てこないとも限らないんだ。怖いかもしれないけど、ちゃんと検査してもらうんだな」

「怖くなんかないわよ! ……まあ、お兄ちゃんが言うなら、検査を受けてあげるわ」


 少しばかり納得がいっていない様子の鏡花だったが、竜胆が言うならと折れてくれた。


「ありがとう、鏡花」

「だけど! 一つだけお願いしてもいいかな?」

「なんだ?」


 ただし、それには条件があった。


「お兄ちゃんが戻って来たら、私とお出かけしてね! デートだよ、お兄ちゃん!」

「鏡花とデートか。悪くないな」


 鏡花のお願いに彼女の頭を撫でながら答えた竜胆は、笑顔だった表情を引き締め直す。


「それじゃあ綾瀬先生。鏡花のこと、よろしくお願いします」

「もう行くの? 鏡花さんの側にいてあげることは――」

「いいんです、先生。いってらっしゃい、お兄ちゃん」


 何かを感じ取っているのか、鏡花は環奈の言葉を遮りながら、竜胆を送り出す言葉を掛けた。


「あぁ、いってくる」


 そして、竜胆も鏡花の言葉に力強く返事をしながら、急いで病室をあとにした。


「……必ず帰ってきてね、お兄ちゃん」


 鏡花の心配する言葉は、風に乗って遠い空へと消えていった。

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