第108話:ジェルゲイル③

「えいせええええいっ!!」


 弧を描きながら宙を舞い、落下していく影星。

 竜胆は地面を蹴り、落下地点へ咳回りすると、彼女を受け止める。


「影星! おい、大丈夫か!」

「……に……げろ……りん、どう」


 左腕からは血がとめどなく流れており、力が入らないのかだらりと下げたままだ。

 それでも影星は、竜胆だけでも助かってほしいと声を絞り出す。


『グララララッ! チキュウジン、ヨワイ! エサ、エサ!』


 再び高笑いするジェルゲイルは、コボルトに指示を出して竜胆たちを囲みこみ、逃げられないように壁を築いていく。


『モットキョウフ! アタエル! オンナ、コロスナ! オトコ、コロセ!』

『『『『ガルアアアアッ!』』』』


 コボルトたちが一斉に竜胆へ襲い掛かかろうと駆け出した。


「……絶対に、見捨てない」


 そう呟いた竜胆は、影星を優しく地面に寝かせた。


「……ダメ、だ……逃げろ……竜胆!」

「ここで仲間を見捨てたら、恭介や彩音に、何より妹に顔向けできないだろうが!」


 竜胆の中では、すでに影星は仲間の一人にカウントされていた。

 故に、仲間を見捨てた人間を仲間だと認めてもらえるのか? 自慢の兄だと言ってもらえるのか? そんな風に思ってもらえないと竜胆は考える。

 最初こそ疑っていた相手でも、背中を預けて危機を乗り越えようとしたのだから、竜胆にとってそれはもう仲間なのだ。


(それに、俺にとってこの状況は逆転の目が残された状況だ! 諦めるには、まだ早い!)


 飛び掛かってきたコボルトを斬り捨てながら、竜胆の瞳は決意に燃えていた。

 コボルトの群れに囲まれている状況は、スキル【死地共鳴】の効果を最大限に発揮してくれる。

 それだけではなく、余裕を見せているジェルゲイルが前に出てこない限り、竜胆は大量のガチャを引けるチャンスということでもあるのだ。


「こいよ、ザコ共! 俺が全員、狩り尽くしてやる!」

『グララララッ! チキュウジン、オモシロイ! コロセ! オトコ、コロセ!』


 ジェルゲイルには竜胆が無駄なあがきをしているように見えていることだろう。自身の勝利を確信しているのだから当然と言えるかもしれない。


「うおおおおおおおおっ!!」


 返り血を浴びながら剣を振るう姿も、ジェルゲイルにそう思わせることへ一役買っていた。


「…………かげ……ぬい……」

『ガルアッ!?』


 死ぬ覚悟はできていた影星も、諦めていない竜胆の背中を目の当たりにして、生きるためにあがく覚悟を決めた。

 少しでも竜胆が戦いやすいようにするため、ジェルゲイルにバレないよう影魔法で援護する。


(影星!)


 竜胆が横目で影星を見ると、彼女は無言で小さく頷いた。


(負担だろうに影魔法を……影星は諦めていない。それなら、最後の最後まであがいてやるよ!)


 影星の覚悟を変えたのは竜胆だが、彼はそのことに気づいていない。

 だが、影星の覚悟を見た竜胆は、自分の覚悟をさらに強固なものへと変えていく。

 お互いがお互いの意志を変え、生き残るための選択肢を選び取っていく。


(ギリギリまで数を減らすぞ! ガチャを発動させるなら、多く倒した方がいいんだからな!)


 モンスターと戦っている途中にガチャが発動したことはない。

 だが、竜胆はそれが安全のためにスキル【ガチャ】があえてそうしていると考えている。


(もしも安全のためなら、俺の意志で戦闘の最中にもガチャを発動させることはできるはずだ!)


 この予想が外れてしまえば、竜胆は現状のまま――否、体力を削られた状態でジェルゲイルと戦わなければならなくなる。

 時間を掛ければ勝率は下がる一方なのだから、ガチャの発動は勝利への必須条件となっていた。


『……グルルルルゥゥ。コロセエエエエッ! サッサト、コロセエエエエッ!!』


 竜胆が思いのほかあがいているからだろう、ジェルゲイルは苛立ちを覚えて怒声を響かせた。


『ガルアッ!?』


 直後、コボルトたちがビクッと体を震わせ、先頭のコボルトだけではなく、その後方に控えていたコボルトまでが一斉に竜胆へ襲い掛かっていく。


「くっ! これ以上は無理か!」


 グッと疾風剣を握りしめた竜胆は、横目で苦しそうにしている影星へ視線を向けた。


(迷っている暇はない。影星はもう――仲間なんだからな!)


 途中で視線を正面へ向けると、竜胆は自分の意思でスキル【ガチャ】を発動しようと声を上げた。


「今のこのタイミングでの使用を求める! 発動しろ! 俺だけのスキル【ガチャ】!」


 竜胆がそう叫んだ瞬間――目の前に巨大な魔法陣が顕現し、強烈な突風が周囲へ広がっていく。


『ガルア? ……アレ、ナニ?』


 突風は飛び掛かろうとしていたコボルトを吹き飛ばし、そのせいで後続は二の足を踏んでいる。


「……これは、いったい?」


 突然現れた魔法陣に、影星も困惑している。


「これが俺の本当のスキル、ガチャだ」

「……ガチャ?」

「俺はこれに、一発逆転を懸ける!」


 そして、竜胆の目の前にウインドウが表示された。

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