第90話:竜胆の選択

 翌朝、竜胆は普段よりも早く目を覚ました。

 ソファから降り、ゆっくりとした足取りで鏡花が眠るベッドの横に立つと、彼女の寝顔を眺めながら安堵の息を吐いた。


「……よかった、生きてる」


 昨日のことが夢ではなかったと実感し、胸を撫で下ろす。

 そして、自分が一つの大きな目標を達成したことに気づき、今後のことについて考えを巡らせる。


(恭介にも言われたが、これからどうするべきか、考えないといけない時期に来ちまったな)


 エリクサーによって鏡花は一命を取り留めた。

 きちんとした検査を受けなければ分からないが、鏡花を苦しめていた傷も完治していることだろう。


(恭介と彩音には、俺の手の届く範囲でなら助けてやりたいって言ったけど、本当にそれだけでいいのか?)


 竜胆はスキル【ガチャ】が規格外のスキルであることを自覚している。

 だからこそ、自分の力を手の届く範囲にとどめていいのか、それが気になっていた。


(おそらく、堂村支部長に話を通せば、もっと多くの人たちを助ける一助になることはできるはずだ。だけどそれは同時に、危険に晒される機会が増えてしまうということにもなるはずだ)


 危険が増えるということは、最悪の未来で鏡花を一人にしてしまう可能性が高くなるということにもつながる。


(……鏡花を一人にするなんて、絶対にダメだ!)


 グッと拳を握りしめながら、竜胆はまとまらない思考をなんとかまとめようと考えていく。


(安全マージンをしっかりとりながら、それでいて多くの人を助けられる方法はないか……それ以前に、そんな贅沢を俺が求めてもいいのか? プレイヤーになったばかりの俺が?)


 力を手に入れたからこそ、竜胆は葛藤する。

 今までは鏡花を守ることを、助けることだけを考えればよかったが、プレイヤーとなり、そのスキルが規格外だと知ってしまった今だからこその葛藤だ。


(……ダメだ、一人じゃ答えを出せそうにない)


 思考が巡るだけで、どうしても思考がまとまらない竜胆は、信用している二人に相談することを決めた。


「……ぅぅん」


 すると、ベッドで眠っていた鏡花が声を漏らした。


「…………あれ? お兄ちゃん?」

「ごめん、起こしちゃったか?」

「ううん、大丈夫。おはよう、お兄ちゃん」

「おはよう、鏡花」


 それから竜胆は壁に立て掛けてあったパイプ椅子をベッドの横に運び、そのまま腰掛ける。

 鏡花は横になったまま顔だけを竜胆に向けており、その表情はやや困惑しているようだ。


「どうした? 何かあったのか?」

「……お兄ちゃん、何か悩んでるの?」


 鏡花の言葉に竜胆はドキリとさせられた。


「……どうしてそう思うんだ?」

「だって、プレイヤーになる前と同じ顔してるよ?」


 そして、自分がずっと考え込んでいたことを見抜かれていたのかと驚愕を覚えた。


「……鏡花は、全部お見通しなんだな」

「だって私、お兄ちゃんの妹だよ?」

「はは、確かにそうだな」


 笑顔の鏡花にそう言われたことで、竜胆は自分のことを彼女に話そうと決意した。


「なんとなく分かっているかもしれないけど、鏡花の体はもう大丈夫だ」

「そうなの?」

「あぁ。エリクサーを手に入れて、それを昨日使ったんだ。だから鏡花は絶対に助かる」

「そうなんだ……ありがとう、お兄ちゃん」


 お礼を口にした鏡花に優しい笑みを向けながら、竜胆は言葉を続ける。


「だけど俺の目標はエリクサーを手に入れて鏡花を助けることだった。その目標が達成されて、次はどうするべきか、それを悩んでいたんだ」

「普通にプレイヤーとして頑張る、じゃダメなの?」

「どうやら俺が覚醒したスキルは特殊でさ、自分で言うのもなんだけど、規格外なんだ。だから、普通に頑張るだけでいいのか、それとも多くの人を助けるために頑張るべきなのか、それが分からないんだ」


 鏡花の疑問に竜胆は今の気持ちを正直に吐露した。

 それで何かが決まるわけではなく、自分がスッキリしたかっただけなのかもしれない。


「……でもそれって、お兄ちゃんが普通に頑張れば、全部叶うことじゃないの?」


 しかし鏡花は竜胆のためを思い、必死に自分の考えを伝えてくれた。


「どういうことだ?」

「だって、お兄ちゃんのスキルが規格外なら、お兄ちゃんが普通に頑張っていれば、助けられる人は増えるわけでしょ?」

「……それはまあ、そうかもしれない、のか?」

「きっとそうだよ。だからお兄ちゃんは、無理のない範囲で頑張ればいいんだよ」

「無理のない範囲で頑張る、か……」


 鏡花の言葉を受けて、竜胆は改めて自分でも考えをまとめることにした。


(鏡花のためなら無理をしてもいいと思えたけど、そうでなければ無理していいことなんて絶対にない。非情だと言われればそれまでだけど、無理をして鏡花を一人にするわけにはいかないんだ)


 そう考えた竜胆は、笑顔でこちらを見ている鏡花へ視線を向ける。


「……そうだよな。うん、鏡花の言う通りだ」

「もう大丈夫そう?」

「あぁ、鏡花のおかげだよ。ありがとうな」

「えへへ、お兄ちゃんの役に立てたならよかった」


 それから竜胆と鏡花は、朝ご飯が運ばれてくるまでの間、他愛のない話に花を咲かせ続けたのだった。

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