第69話:拳児の思惑
――時を少し遡り、協会ビルの支部長室。
「……天地竜胆、か」
拳児は支部長室の窓から、協会ビルを離れていく竜胆たちを眺めていた。
「……お前はどう見た、
支部長室には拳児しかいない――はずだった。
「……あまりにも規格外です。Aランク……いいえ、Sランクでもよかったのではないかと」
いつの間に室内に入ってきたのか、もしくは最初からそこにいたのかは分からない。
ただ、間違いなく今はそこに、支部長室の隣にある修練場へと続く扉の横に、影星と呼ばれた黒髪の女性が立っていた。
「Sランクか……久しく現れていないが、天地プレイヤーがそれに匹敵すると?」
「はい。支部長以来現れていない、Sランクに匹敵すると思われます」
影星の言葉に、日本には六人しかいないとされるSランクプレイヤーの一人、拳児は思案顔を浮かべる。
「確かに、それだけの可能性は秘めているか」
「……? 支部長もそうお感じになったからこそ、風桐彩音を側に置いたのではないのですか?」
拳児も同じ考えだったからこそ、彩音に依頼したのではないかと影星は問い掛けた。
「その通りだが……まあ、風桐プレイヤーはあくまでも中立な立場だよ」
「天地竜胆の動向を探るためでは?」
「風桐プレイヤーにそんなことはできないだろう。彼女は良くも悪くも、素直な性格だからな」
「では、どうして風桐彩音に依頼を? 私に指示を出してくれてもよかったのですよ?」
拳児の思惑が理解できず、影星は首を傾げる。
「……天地プレイヤーを縛るのはマズい気がする。彼にとっても、俺たちにとってもな」
「理解できません。確かに天地竜胆の実力は未知数ですが、単に強いだけではないでしょうか?」
「そうだな……これを見てみろ」
そう口にしながら、拳児は自分のデスクから一枚の書類を手にし、影星に手渡した。
「これは?」
「ここ最近、天地プレイヤーが持ち込んだ買取り品のリストだ」
「……えっ? まさか、これほどの量のドロップ品を?」
プレイヤー協会では、ドロップ品の買取りだけではなく、販売も行っている。
当然だが、買取りをする時にリストを作成しており、金銭のやり取りに間違いが出ないよう注意を払っている。
「荷物の運搬には矢田プレイヤーのマジックバックを利用していたようだが、だとしても数が異常だ」
「……矢田恭介が力を貸していたのでは?」
「いや、それはないだろう。これらが持ち込まれたのは彼が臨時職員として働いている時であり、出勤している時だったからな。新人プレイヤー用の扉に設定してある防犯カメラにも、彼が天地プレイヤーとは別行動していたことが確認できているからな」
影星は驚きの表情のままリストを見つめており、最後まで目を通すと小さく息を吐いた。
「……これだけの持ち込みが本当に天地竜胆一人の力で成し得られたなら、確かにいきなり協会に縛り付けるのは悪手ですね」
「そういうことだ。そんなことをしてしまえばおそらく、奴らの目にも留まることになるだろう」
そう口にした拳児は視線を再び窓の外へ向ける。
そこにはすでに竜胆たちの姿はなく、拳児の視線も彼らがいた場所を向いてはいない。
特別どこを見ているわけでもなく、支部長室から見える街並みを眺めていた。
「……この街にはびこる、別組織の奴らにな」
プレイヤー協会は人々を守るため、表立って精力的に活動している。
しかし、それらを気に食わないと思う者もいた。
それらが裏で暗躍し、別の組織を作り出した。
大小はあれど、それらの多くはプレイヤー協会と敵対する姿勢を見せている。
「探りを入れますか?」
「いや、今はまだ大丈夫だろう。幸か不幸か、天地プレイヤーの実力を知る者はあの扉で全員、死んでしまったからな」
「……かしこまりました」
岳斗やその取り巻きたちは、竜胆や恭介、そしてモンスターに襲われて死んでしまっている。
生き残ったのは竜胆と恭介のみで、恭介が情報を漏らすことはないと拳児は思っていた。
「矢田プレイヤーが復帰してくれたことで、天地プレイヤーは多くのことを彼から学んでくれることだろう。そこに風桐プレイヤーがついてくれれば、さらに成長してくれるはずだ」
そう口にした拳児だったが、そこで話は終わらなかった。
「そこでだ、影星」
「はっ」
「影から天地プレイヤーたちのことを見守っていてくれないか?」
ニヤリと笑いながらそう口にした拳児を見て、影星は小さく息を吐く。
「はぁ。結局は、そうなるのですね」
「こういう役目はお前が適任だからな」
「適材適所、ということですね。かしこまりました」
「報酬は弾むさ」
最後に拳児がそう口にすると、影星は自身の影の中に沈み、そのまま姿を消してしまった。
「……さて、これからの成長が本当に楽しみだな、天地竜胆」
そう呟きながら、拳児はいまだ痺れが残る自らの両腕を軽く振り、仕事に戻っていった。
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