第58話:謝罪

 協会ビルに到着するや否や、協会職員の青葉から声を掛けられた。


「お、お待ちしていました、天地様! 支部長がお待ちですので、上の階へどうぞ!」

「…………し、支部長?」


 到着早々、まさかの大物が自分を待っていることを知り、竜胆は後ろに立っていた恭介と彩音へ振り返る。


「……お前たち、知っていたよな?」

「彩音さんが驚かせようって言うから」

「驚きましたか、竜胆さん?」


 申し訳なさそうな恭介とは異なり、彩音はいたずらが成功したという感じで笑っている。


「……はぁ。はいはい、驚いたよ。それじゃあ行こうか、恭介」

「そうだね」

「私も行きますよ! もう、竜胆さんの意地悪!」

「それをいたずらしたお前が言うか?」


 そう口にした竜胆がジト目を彩音に向けるも、彼女はどこ吹く風といった感じでそっぽを向いてしまった。


「そ、そそそそ、それでは、ご案内しますね!」

「……柳瀬さんはどうしてそんなに緊張しているんです?」

「はひっ!? ……そ、それは~」


 いつもは明るく元気な印象のある青葉だが、今日に限ってはものすごく緊張しているように見える。

 それが気になった声を掛けた竜胆だったが、どうやら原因は向かう先にあるようで、上階へ向かうエレベーターを凝視していた。


「柳瀬さん、私が案内するからカウンター業務に戻っていいわよ」

「ほ、本当ですか、風桐様~!」


 助け舟を彩音が出すと、青葉は両手を重ね合わせ、涙目になりながら擦り寄っていった。


「本当だから、早く戻って仕事をするよーに!」

「ありがとうございます! よろしくお願いします!!」


 そこからは非常に早く、彩音だけではなく竜胆と恭介にも素早く頭を下げ、そのままカウンターへ早足で戻っていった。


「……げ、現金な奴だな」

「まあ、そこが青葉ちゃんのいいところでもあり、悪いところでもあるかなー」

「矢田先輩、それって褒めてないですよね?」


 最後に彩音が突っ込みを入れると、恭介は苦笑いを浮かべるだけで言及することはなかった。


「まあ、いいですけど。それよりも行きましょうか、支部長が待っていますし」


 支部長という言葉にそうだったと思い出した竜胆は、エレベーターに乗ってからの移動中、どうして支部長が自分を呼び出したのかを考えていた。


(新人プレイヤー用の扉で起きたことへの事情聴取は間違いないけど、わざわざ支部長が自ら、一介のプレイヤー相手に行うことか? 疑うなら、石田が持ち出したというモンスターのことだろうけど……まさか、岳斗を殺したことへの懲罰、なんてことはないよな?)


 不安が頭をよぎる中、エレベーターは支部長室がある一〇階に到着した。

 ここからは彩音が先頭を歩き、一番奥にある扉の前で立ち止まり、ノックをする。


『――どうぞ』

「失礼します」


 中から野太い声で返事があり、彩音が答えるとそのまま扉を開いた。


「ん? どうして彩音が案内しているんだ? 青葉君はどうした?」

「柳瀬さんは仕事が忙しそうだったので、私が代わりに案内を買って出ました」

「ふむ、そういうことであれば仕方ないか」


 姿を現したのは、幅広のスーツを身に纏った、二メートルを超える強面で巨体の男性だった。


「俺がプレイヤー協会東部地区の支部長、堂村どうむら拳児けんじだ」


 椅子から立ち上がった支部長の拳児が入口まで歩いてくると、竜胆に手を差し出した。


「あ、天地竜胆です、よろしくお願いします」


 その手を握り返した竜胆は、拳児が発する圧力を一身に受けて冷や汗が噴き出した。


(な、なんだ、この人は!?)


 まるで押し潰されそうな強烈な圧力に、なんとか耐えて立っているという状況だった。


「……ふ、ふははははっ!」


 だが、突如拳児が笑いだすと、同時に竜胆が感じてた圧力が消えてしまった。


「ちょっと、支部長! 竜胆さんは大丈夫だって言ったじゃないですか!」

「いや、すまん! つい試したくなってな!」


 笑いながら手を離すと、拳児は踵を返して部屋の中央にある応接椅子を薦めてきた。


「まずは座ってくれるか?」

「……は、はぁ」


 いったい何を試したかった疑問は尽きないが、支部長ほどの人物が勧めているのだから断るわけにはいかないと、素直に椅子に腰掛ける。

 竜胆の左右には彩音と恭介が腰掛け、拳児は向かい側に座る。


「それでは天地竜胆プレイヤー。まずは謝罪を、この度は本当にすまなかった!」

「……えっ? ど、どういうことでしょうか?」


 警戒していた竜胆だったが、まさか支部長である拳児から突然謝罪と言われ、頭を下げられたことに困惑してしまう。


「俺たちが臨時採用した石田プレイヤーのせいで、天地プレイヤーには迷惑を掛けた、本当にすまない」

「あぁ、そのことですか。……いえ、あれは元を辿れば俺のせいでもあったので、気にしないでください」


 石田は岳斗とも繋がっていた。

 そしておそらくだが、石田は岳斗に脅されてモンスターを持ち出したのだろうと竜胆は考えている。

 協会の管理が甘かったのも事実だろうが、それでも支部長ほどの人間が一介のプレイヤーに頭を下げる必要なないだろうとも考えていた。


「……天地プレイヤーは、優しい人間なのだな」

「支部長が頭を下げるほどのことではないと思っているだけですよ」

「だが、君や矢田プレイヤーを危険に晒したのも事実だからね、上が頭を下げなければならない重要案件なのだよ」

「そういうことでしたら、謝罪を受け入れます」

「ありがとう、恩に着るよ」


 竜胆がそう口にすると、拳児は苦笑しながらそう口にした。

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