第46話:邂逅⑤
「……はぁ、はぁ、くそったれが!」
ぬかるみから抜け出した岳斗は息を荒くしながら、右手を置いていた木に拳を叩きつけた。
ドンッという大きな音と共に木が半ばから粉砕され、そのまま倒れていく。
その隣にはスキル【聴覚強化】を持つ男性が立っており、足元にはモンスターが捕らえられている檻が置かれていた。
「おい!
「は、はい!」
八霧と呼ばれた男性はビクッと体を震わせながら返事をする。
「てめぇ、なんで俺様を助けなかった!」
「えっと、俺はこいつの監視をしないといけなくて――」
「言い訳してんじゃねえぞ!」
「ぐはっ!?」
怒りに我を忘れた岳斗が八霧の頬を殴り飛ばす。
スキル【重戦車】で強化された筋力による一撃だ、八霧がプレイヤーでなければ顔の骨が粉々に砕けていたことだろう。
とはいえ、無傷というわけにはいかない。
口の中には鉄の味が広がっていき、頬の骨には最低でもひびが入ったことだろう。
「……ぅ、ぅぅ……な、なんで」
「まだ何か言いたいことがあるのか? あぁん?」
痛みに耐えきれず声を漏らした八霧だったが、岳斗が睨みを利かせた形相を間近に寄せてくると、ここでもビクッと体を震わせてからなんとか首を横に振った。
「分かればいいんだよ、分かればな!」
「がはっ!?」
それでも岳斗は倒れている八霧の腹部に蹴りを見舞い、彼はくの字になって痛みに耐えることしかできなかった。
「おい! さっさとご自慢の聴覚で竜胆の居場所を探し出せ!」
「……わ、分かり、ました」
口の中から血を垂れ流しながら、八霧は痛みに耐えつつスキルを発動させた。
「…………あいつら、南に、向かっています」
「あぁん? てめぇ、俺をはめようとしてるんじゃねえだろうな!」
南といえば沼地のさらに奥地である。
扉は奥に行けば行くほどに強力なモンスターが出てくるようになっており、危機的状況の中で入口に戻るのではなく、さらに奥へ向かっていると聞き、岳斗は八霧の裏切りを疑い始めた。
「ほ、本当です! 理由は分かりませんけど、本当に奥へ向かっているんです!」
八霧からすれば本当のことを口にしているだけなので、何度も訴えかけることしかできない。
「……ちっ! 面倒だな」
疑いが晴れたわけではない。それでも八霧の必死の訴えを聞いて一度は信じた岳斗だったが、すぐに不敵な笑みを浮かべながら口を開いた。
「……おい、八霧」
「な、なんですか、岳斗さん?」
「このモンスターを連れて、お前が沼地の奥へ行け」
「…………えっ?」
スキル【聴覚強化】は戦闘には不向きのスキルだ。八霧にできることとすれば斥候の真似事くらいで、ただでさえ興奮しているモンスターが大量に移動している沼地である、たった一人で奥へ行けるとは思えなかった。
「そこでこいつの力を使ってモンスターを興奮状態にしてこい。そうしたらあいつもすぐ戻ってくるはずだ」
「む、無理です! 俺には無理だ! 一人でなんて、死んじゃうよ!」
死への恐怖から言葉に気を遣うこともできず、八霧は必死に訴えた。
「なら――ここで死ぬか?」
「ひっ!?」
しかし、そんな八霧の訴えは岳斗に届かなかった。
まるでゴミを見るような不快な視線を地面に転がっている八霧に向け、大剣を握る手に力がこもっていく。
そんな岳斗の姿を見た八霧は血の気が引いたような寒気を感じ、すぐに口を開いた。
「わ、分かった! 分かりました! 行きます、俺が一人で行きますから、許してください!」
少しでも動けば顔面に激痛が走るものの、岳斗への恐怖が痛みを上回りすぐに立ち上がって檻を掴み上げた。
『キシャアアアアッ!』
揺れを感じたモンスターが八霧に対して威嚇の声をあげるが、彼にとってはモンスターよりも岳斗の方が怖かった。
「さっさと行ってこい!」
「は、はい!」
『ギジャ! ギギ、ギジャアアッ!』
ガチャガチャと檻を激しく揺らしながら、八霧は出せる全速力で、モンスターを避けながら沼地を奥へと急いだ。
(……くそっ……くそっ、くそっ、くそっ! 絶対にこれだけじゃ終わらせないぞ! 竜胆って奴にも、岳斗にも、仕返ししてやる!)
そして、内心で岳斗への復讐を誓っていたのだった。
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